精霊王とマリーロゼの選択。
「……私のお父様とは、どのような方なのでしょうね……?」
マリーロゼを乗せた馬車は男爵家を出発し、一路王家にある公爵家を目指し始めた。
「……わう。」
同じ馬車の中には、真っ白な毛皮に覆われた大きな体躯の狼がマリーロゼの足下に寄り添っていた。
セレナーデの葬儀から、数日も経たないうちに招待をした覚えもない招かれざる客達はやって来た。
「公爵閣下からのお言葉である!」
一方的にさっさと要件だけを述べて、帰って行った客達は公爵家、即ちマリーロゼの実の父親からの使者であった。
リチャードは、この急な事態を受けて真実をマリーロゼに打ち明ける事を決意する。
「マリーロゼ……、落ち着いて聞いて欲しいんだ。
君の父親は生きている。
イスリアート公爵家当主バルトルト・フォン・イスリアート閣下が、君の父親なんだ。」
「……え?」
死んだと聞かされていた己の父親が生きていた事だけでも驚きだったが、それ以上に公爵であるなどとは夢にも思わずマリーロゼはすぐに信じる事は出来なかった。
「マリーロゼ、大丈夫?顔が真っ青だよ。」
「……あ、お姉様。」
ゆうりの声にマリーロゼは、落ち着きを取り戻し始める。
そんな姪の姿に心を痛めながらも、話しを続けなければならない事に手が白くなる程に力を込めて握りしめる。
「……すまない、マリーロゼ。
私にもっと力があれば良かったんだが、たかが男爵の私では公爵の要求を跳ね除ける事は出来ないんだ。」
リチャードは、一旦言葉を区切りゆうりへ視線を移し口を再び開く。
「……もしも、マリーロゼが望むならばゆうり様に連れ去って貰うと良い。」
「っ!!
叔父様っ、なにを言っているのですか?!
そんな事をすれば叔父様に咎が及ぶやもしれませんわっ!」
「そんな事はどうでもいいんだよ。
私は、セレナーデにマリーロゼの事を任されたのに守る事すら出来ない。
それならば、いっそのことゆうり様に連れ去って貰った方がマリーロゼは幸せになれるのでは無いかと思ったんだよ。」
リチャードの苦笑混じりの言葉にマリーロゼは辛そうな表情を浮かべる。
「叔父様……。」
「よーしっ!
リチャードっ!よく言った、それでこそマリーロゼのおじさんだっ!!
安心してよっ!もしも、公爵がリチャードに手を出そうとしたら私が国ごと、ぎったん、ぎったんにしてやるんだからっ!!」
「おお、この不肖ヴィクターもお供しますぞっ!ゆうり様っ!!」
リチャードの言葉に反応して、ゆうりとヴィクターが鼻息荒く気合いを発する。
「……あはは、た、頼もしいですねえ……。」
……二人の反応を見て、リチャードの顔は引き攣っていた。
そんな中、マリーロゼは瞳を閉じて己の中で覚悟を決める。
眼を開いた時には、マリーロゼの瞳には決意の光が宿っていた。
「……叔父様、私は逃げませんわ。
我が父だという公爵様の元へ参ります。」
「マリーロゼ……。」
「ええぇぇっっ!!
マリーロゼ、無理しなくて良いんだよっ!
この私に任せておけば、公爵の一人や国の一つ、簡単にやっつけちゃうんだからっ!!」
「お姉様、今は冗談を言っている時ではありませんわ。」
真顔のマリーロゼの言葉にゆうりは肩を落として、落ち込んでしまう。
「……冗談じゃないのに。」
『……。』
冗談では決してない事を知っているリチャードとヴィクターは落ち込むゆうりへ掛ける言葉が無かった。
「……ですが、私一人では不安を感じてしまいます。
ですから、お姉様が了承して頂けるならば一緒に来て頂きとうございます。」
落ち込んでいるゆうりの背中へ、マリーロゼは言葉を投げかける。
その言葉を聞いて、ゆうりの耳はピンッと反応して、尻尾を左右にせわしなく振り始める。
「あったりまえだよっっ!!
マリーロゼが駄目って言っても付いて行くからね!!」
「まあ、お姉様ったら。」
落ち込んでいた姿が嘘のように、ゆうりはマリーロゼの側に駆け寄る。
マリーロゼもゆうりの言葉に笑顔を返すのだった。
その日の夜も更けた頃に、ゆうりは同じ部屋で寝ているマリーロゼを起こさないように細心の注意を払い静かにリチャードの元を訪れた。
「……ゆうり様、お待ちしていました。」
「リチャード、早速だけど公爵をプチッと消してくるね。」
「ええ、お願いします。」
「……。」
部屋の中にいたリチャードへ冗談のつもりで言った言葉を真顔で肯定されたゆうりは、すぐに次の言葉を返す事が出来なかった。
「……え?
リチャードは、いつもみたいに止めないの?」
いつも、破壊行動をしようとするゆうりのストッパー役であるはずだったリチャードの態度に違和感を感じて思わず聞き返してしまう。
「嫌ですねえ、ゆうり様。
何故、私が敬愛する姉が慕っていたとはいえ、姉やその娘であるマリーロゼを今まで放置していた挙げ句の果てに、今更身勝手にも王都に呼び寄せるような輩をかばわなければいけないんですか?」
「……。」
輝かんばかりの素敵な笑顔で、さも当然だと言わんばかりに返答を返すリチャードにゆうりは逆に困ってしまった。
「……まあ、半分冗談です。
しがない男爵である私が、恐れ多くも公爵閣下の暗殺を企むなんて事は恐ろしくて出来るはずがありませんしね。」
「……半分冗談って、半分は本気って事じゃん。」
「……それくらい私も腹立たしいのです。」
リチャードの脳裏には、マリーロゼが生まれてから共に過ごしたおよそ10年間の記憶が鮮やかに思い浮かぶ。
「……10年です。
精霊にとっては短い時間かもしれませんが、私達人間にとっては十分に長い時間です。
その間、あの男は公爵家の情報網を持ってすれば姉とマリーロゼの近況などすぐに知る事が出来ていたはずです。
……公爵の立場という物もあったかもしれません。
ですが、せめて姉の死を前に手紙の一枚でもいい。
死を目前にした、かつて本気で自身を慕い、情を交わした相手にたった一言でも良いから送って欲しかった。」
リチャードは、爪が皮膚に食い込みそうな程に手を握りしめて、唇を噛みしめる。
「……私の考えは、貴族に似合わぬ考えだと知っています。
所詮、公爵が気まぐれに手を出した下級貴族の娘のことです。
その娘が死んだ所で公爵に何の感情も浮かぶ事はないでしょう。
……本当に、愚かな考えです。」
リチャードは、自身の考えを否定するように嘲笑する。
「リチャード、私は貴族の考えなんて知らないし、興味も無いよ。
でも、リチャードみたいに姉や姪を大切に想う気持ちは分かる。
だから、貴族なんかの考え方よりもリチャードの考え方の方が好きだよ。」
「……ゆうり様……。
ありがとうございます。」
ゆうりの言葉に、リチャードは泣きそうな笑顔を浮かべるのだった。




