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元四大元素との戦い 後編。


 試験管が宙を舞い、爆音が響き、風が唸り、鎌鼬が吹き荒れては周囲の地形や木々の形を変えていく。

 

 お互いへの攻撃の手を緩めることなく移動していた蓮と元風の精霊は、以前にアルテミス王女に扮したゆうり一行の馬車が海坊主に襲われた池の畔にまで来ていた。


「ふん! ここら辺で良いか。」


 邪魔の入ることのない場所まで移動した蓮は己の周囲に武器である注射器やフラスコを浮かばせながら、剣呑な眼差しを元風の精霊へと送る。


「“ほう? 死ぬ場所が決まったのか? ならば、早々に楽にしてやるし、他の者もすぐに後を追わせてやる。”」


 蓮の眼差しを真っ向から受け止めて無表情に言葉を返す元風の精霊は無数の鎌鼬を発生させ、蓮目掛けて放ち続ける。


「幾ら数を揃えたところで当たらなければ意味など無い!」


 四方八方より蓮目掛けて追いすがってくる鎌鼬の数々の中で、宙を飛び回りながら避けきれないと判断した物だけを赤黒い物体の充満したフラスコを使い相殺し爆散させていく。


 複数の爆散していったフラスコは薄い赤黒い色の煙だけを残して消え去っていった。


「“……意味がない訳ではない……何故ならば、鎌鼬など所詮は囮。 お前は既に俺の手の中だ。”」

「何を言ってやがる?」


 ニヤリと嗤った元風の精霊の言葉に蓮は訝しげな表情を浮かべ、眉間に皺を寄せる。


「“ふふっ! ずたずたに引き裂かれてしまえっ!!”」


 元風の精霊の叫びに応えるように、調度池の上に浮かぶ形になっていた蓮の足下より水飛沫が上がった。


「ぐっ!」


 確実に敵である蓮を葬り去るために数多の鎌鼬に意識を向けさせ、吹き荒れる嵐のような風を圧縮し続けた風の大玉が蓮を捕らえ、呑み込んでしまう。


 圧縮され続けたことで威力を増している風の檻に囚われてしまった蓮は、脱出を試みるが今までの鎌鼬のように安易に相殺することは叶わなかった。


「“くはははっっ! これで俺達を踏み台にした奴らの一匹を仕留めたぞっ!!”」


 勝利を確信した元風の精霊の狂ったような嗤い声が木霊する。


 しばらくの時を置いて、風の檻が消え去った後には蓮が存在した痕跡すら無かったように、血の一滴すら残されていなかった。


「“くくっ……余りの威力の前に血すら残さずに消え去ったか……。他の踏み台にした奴らに殺した証拠として見せるためにも、指の一本でも残しておくべきだったかな?”」


 くははははっと、蓮を倒したことを確信して、ますます狂ったような嗤い声を響かせる元風の精霊。


「“くははは……はは……かはっ……?”」


 ……だが、その嗤い声は不自然に途切れ、元風の精霊は胸元を握り締めて、苦悶の表情を浮かべ始める。


「“けほっ……ひゅっ、はっ……はっ、はあっ……なに……が?”」

「……症状出現までの時間は予想通りだな。」


 胸を締め付けるような痛みと、喉を掻き毟りたくなるような息苦しさに悶える元風の精霊へと、何処からともなく声が聞こえてきた。


「“……げほっ……きざ……ま……”」


 揺れる元風の精霊の視界の先には、口の端を上げてニヒルな笑みを浮かべた倒したと思っていた蓮の姿が、空中より溶け出でるかのように現れた。


「この僕を舐めるなよ? あの程度の攻撃など、雛菊の操る風には到底及びもしない。 そればかりか、あのヤンキー巨人婆の拳の一撃の方が威力が勝る。

 だいたい、あの程度の技など僕自身の司る闇の力を纏った“精明強幹”を用いれば簡単にねじ伏せることができる。」


 自信に満ちあふれた蓮の言葉に言い返そうとするが、激しくなっていく痛みや苦しみの前に空気が漏れるような音しか元風の精霊の喉は発してはくれなかった。


「“何をしたのか?”、“どうして負けた振りをしたのか?”。 それが今一番お前の気になることだろう?」


 蓮は己の周囲に浮かぶ試験管の中から赤黒い色をした物を苦しむ元風の精霊に見えるように翳してみせる。


「以前に僕はお前達の一部と闘った事がある。 その時に採集した実験材料はヤンキー巨人婆の所為で大半を失ったが、多少は残っていてな……実験させて貰ったよ。

 そして、お前達という存在にのみ効果がある特効薬の生成に成功したんだ。」

「“ま゛……さか……”」


 愕然とした表情を浮かべる元風の精霊に対し、ニイッと笑みを深めた蓮は周囲に浮かぶフラスコを踊るように動かしていく。


「そのまさかだな! 鎌鼬を相殺させる際に爆算させて空中にたっぷりと飛散させておいた。 そうとも知らずにお前は馬鹿みたいに嗤い声を上げ続け、体内の奥深くまで取り込んじまったみたいだな。」


 蓮は笑いながら周囲に浮かんでいたフラスコを下がらせ、大小様々な大きさの沢山の赤黒い物で満たされた注射器が、鋭い針を元風の精霊へと向けた状態で規則正しく整列していく。


 己に向けられた数多の鋭い切っ先に怯え、元風の精霊は動かなくなり始めた身体を無理矢理動かしてふらふらと真っ直ぐに浮かんで逃げようとするが既にそれすらも出来なくなっていた。


「もう一つの疑問に答えてなかったな。

 僕は雛菊のような純粋さも、桔梗のような正義感も、母君のような優しさも持ち合わせて等いない。 僕の大切な存在を、穏やかな日常を奪おうとするような下郎には容赦しない主義だ。」


 冷酷さすら感じてしまうような凍り付いた眼差しを元風の精霊へと一度だけ向け、既に興味を失ったとばかりに身を翻し、躊躇うことなく指を鳴らす。


「“いぎゃあぁぁぁっっ!!!”」


 その音を合図に一斉に凶悪な輝きを放つ注射器が元風の精霊目掛けて放たれ、シリンジの中に入っていた赤黒い物即ち特効薬が注入され、絶叫を上げながら身体の内側より膨れあがり破裂してしまったのだった。


「勝利したと思った瞬間に、負かしたと思った相手に反撃する猶予すら与えられることなく地獄に叩き落とされる。 一番味わいたくない負け方だと思わないか?……ふん! もう聞こえてすらいないか。」


 勝利の余韻に浸ることすらなく、蓮はさっさと問題児二人と合流するために移動してきた道を戻っていくのだった。



※※※※※※※※※※



「“なあ、倒す前に一つ教えてくれ。 お前らは何で精霊王を慕うんだ?”」


 元炎の精霊は炎の塊を周囲に浮かばせながら、静かに佇む桔梗へと問いかける。 


「何を言っていますの? 精霊王とはわたくし達のムッティ、即ち母たる存在。 わたくし達はムッティの子として母親を慕い、愛しているだけですわ。」


 何故当然のことを聞くのかとキョトンとした表情を浮かべて桔梗は元炎の精霊の問いかけに応える。


「“……最高に苛つくぜ。 俺達だって同じ精霊王の子であるはずなのに、どうしてこんなにも違う? どうして、お前達は幸せそうに笑い合い、想い合える?……俺達を犠牲にしている癖にっ……!”」


 周囲に浮かぶ炎の塊が元炎の精霊の昂ぶる感情に反応するかのように激しく燃え上がり、勢いを増していく。


「……確かに、貴男方には同情の余地がありますわ。 わたくしだって、同じ立場ならば悲しくて、辛くて、どうしようも無かったかもしれません。」


 己を睨み続ける元炎の精霊の瞳に、隠しようもない羨望と憎悪が燃えさかっているのを感じながら、桔梗は言葉を続ける。


「ですが、どんな理由や過去があろうとも他者を傷つけ、貶めて、ましてや滅ぼしても良い免罪符になどなるはずがありません。

 貴男方は、わたくし達を憎み、羨む前に貴男方の精霊王と決着を付けるべきでした。」

「“知ったような口を叩くなっっ!!!”」


 真っ直ぐに飛んでくる桔梗の言葉を前に元炎の精霊の我慢が限界に達し、周囲に浮かんでいた炎の塊を桔梗目掛けて放つ。


 己目掛けて絶え間なく放たれ続ける炎の塊を、桔梗は手に装備した指揮杖“桔梗専用武器☆破邪顕正”を用いて跳ね飛ばしていく。


「……憐れですわね。 幸せを願う心や愛することを忘れ、失って、他者を憎み続け、傷つけ、苦しめて自分たちと同じ場所へと堕とすことしか考えられぬようになった貴男方は……本当に……可哀想な存在ですわ。」

「“だまれぇぇぇっっ!!!”」


 桔梗の心よりの憐れみの籠もった視線と言葉に激高した元炎の精霊は、学院の本校舎よりも高く宙へと舞い上がり両手を天へと掲げ、力を集め始める。


「“あははははははっっ!! 幾ら俺達と同じ最高位の存在で有ろうともっ! 俺のこの渾身の一撃の前には塵となって消えるしか無いっっ!!!”」


 元炎の精霊の掲げた両手の上に、まるで小さな太陽のような巨大な炎の塊が出現する。


「“見下しやがってっ! お前もっこの世界も全部滅んでしまえばいいんだっっ!! だからっお前からさっさと死ねぇぇぇっっ!!!”」


 地上より慌てることなく元炎の精霊を見詰め続ける桔梗目掛けて、巨大な炎の塊を解き放つ。


 迫り来る猛烈な熱量を放つ炎の塊を前に桔梗は自信に満ちあふれた満面の笑顔を浮かべる。


「オーホッホッホッホッホッ! この程度の炎でこのわたくしを倒せると思っているとは、笑止千万っっ!! わたくしの燃えさかる熱い正義の心の前に、この程度の炎など小さな火種程度でしか有りませんわっっ!!!」


 桔梗の高笑いが周囲へと響き渡り、迫り来る炎の塊に向かって“破邪顕正”を突き出す。


「さあっ!! あの愚か者に大空高く輝く太陽の如き、我らが熱く燃えたぎる正義の心を示すのですっ!!“激・黒鋼漢(くろがねおとこ)団”!!!」

『じょいやっさっっ!!!』


 桔梗の声に応えるように野太く、逞しい漢達の気合いの籠もった声が木霊する。


「エリザベスっ! ジョセフィーヌ! 筋爆ロケット花火ですわっ!!!」

「「じょいやっさっっ!!!」」


 野太い掛け声で応えた二体は、他の砂漢達も引き連れて鍛え上げた下半身の筋肉より迸るパワーを使ってまるでロケットが打ち上がるかのように、炎の塊へと突っ込んでいく。


『筋・肉・花・火!!!』


 全てを灰燼に帰すほどの炎の熱量を持ってしても彼等を焼け尽くすことは叶わず、炎の中心へと砂漢達が到達したかと思うと目映い閃光を放ち、迸る何かが弾け爆散していったのだった。


「たーまやー! ですわっ!!」

「“なっっ?! この俺の渾身一撃があんな意味の分からない気味の悪い連中に相殺されちまっただとっ……?!”」


 目の前で起こった理解の範疇を超える存在達の出した結果に愕然とした表情を元炎の精霊は浮かべてしまう。


「オーホッホッホッホッホッ!! 次は此方の番ですわっ!!! 出番でしてよっ!“きゅーとなクラウン団”!!!」


 ボトボトと爆発に巻き込まれて色違いなアフロとこんがりとした焼き目の付いた砂漢達が雨のように落ちてくるなか、桔梗の自信に満ちた声が木霊する。


「“何だよっ?! こいつらはっくそっっ! 邪魔だっ退けっっ!! 離せっやめろぉぉぉっっ!!”」

「オーホッホッホッホッホッッ、ぐふっげほっっ」


 “きゅーとなクラウン団”な活躍に高笑いを続け途中から咽せる桔梗の視界の中では、何処からともなく取り出された十字架に元炎の精霊の周囲を飛び回り、翻弄しながら、有刺鉄線で縛り始める“きゅーとなクラウン団”の姿が有った。


 しかも、その十字架と有刺鉄線は何故か元炎の精霊の放つ炎にも溶けることはなかった。


「オーホッホッホッホッホッ!!

 わたくし達の正義の怒りの鉄拳を受けるが宜しくてよっっ! 新必殺技っ!!“爆走☆正義の提灯行列”!!!」


 桔梗を合図に、アフロをそのままに祭りのはっぴにふんどし姿の砂漢達が大きな赤く輝く提灯を持ち、列の中央には巨大な“正義”と書かれた深紅の燃えさかる提灯を威勢の良い掛け声と共に激しく且つリズミカルに担ぎ上げ、“きゅーとなクラウン団”が赤く輝く提灯を持ちながらその周囲を飛び回る。


 御輿代わりの巨大な提灯の上で高笑いを続ける桔梗の号令に従い、提灯行列は一陣の赤く理不尽な嵐となり敵目掛けて突撃を開始する。


「オーホッホッホッホッホッ! 刮目して見るが宜しいわっっ!!“漢・正義祭り”でしてよっっ!!!」

「“ひっ……ひぃぃぃぃぃっっっ!! 来るなっっくるなあぁぁぁぁっっっ!!!”」


 有刺鉄線で戒められた身体を揺らし逃げようとするが、元炎の精霊の努力虚しく深紅の理不尽な嵐に巻き込まれ、絶叫を残して消え去ってしまうのだった。


「オーホッホッホッ! オーホッホッホッホッホッ!! わたくしの正義の完全勝利でしてよっ!!

 さあっ!“激・黒鋼漢(くろがねおとこ)団”、“きゅーとなクラウン団”達よ! 勝利の雄叫びを世界に轟かせ、舞い踊るのですっっ!!!」

『せいやっ、せいやっ、せいやっ、せいやっっ!! じょいやっさっっ!!!』


 桔梗の言葉に応えて“激・黒鋼漢(くろがねおとこ)団”達が威勢の良い掛け声を上げながら、さながら喧嘩御輿のように桔梗の乗った提灯を激しく動かし、“きゅーとなクラウン団”達は提灯の周囲を盆踊りさながらに踊り出す。


「オーホッホッホッホッホッ! もっと、もっとっ! 激しく、うぎゃっっ」

「やかましいっっ!! 奇天烈極まりない不快な世界を展開してんじゃねえっっ!!!」


 提灯の上で高笑いを続けていた桔梗の後頭部目掛けて、背後にいつの間にか現れていた蓮のスリッパの一撃がスパンッと炸裂する。


「痛いですわっ! 何をなさいますの、蓮?!」

「五月蠅い! このアホの桔梗がっ!! 夢に見ちまいそうな光景を繰り広げるなっ!!!」

「にゃはは! 私も踊ってもいい?」

「踊るなっアホ!!」


 スリッパを片手に眦を吊り上げた蓮の言葉に怒っていたはずが嬉しそうに桔梗の頬が緩み、雛菊は楽しそうに踊る“きゅーとなクラウン団”の姿にウズウズとした様子で楽しげに笑う。


「まあ! 夢に見るほどに素敵な光景だなんて褒めすぎでしてよ!」

「……誰がっ! 何時っ! そんなことを言ったっ?!」

「蓮が、たった今、言いましたわ。」


 嬉しそうに頬を染めながら返された桔梗の言葉に、蓮は深いため息を付く。


「……お前に理解を求めたこの僕が馬鹿だった。」

「うみゅ? でもでも、桔梗と私が騒いで、それを蓮が止めてくれるのが、私達の日常だよね。」

「……ふん。 間違ってはいないとだけ言っておいてやる。」


 にゃはは、と楽しそうに満面の笑みを浮かべた雛菊の言葉に、蓮も口角を上げて応えるのだった。



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