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ゆうりの探しもの 前編。


 最高位精霊達とブラッドフォード達が、ゆうりとマリーロゼの元へと駆けつける方法を見つけ出していた頃……。


 真っ暗な空気も淀んだ地の底のように、負の感情が集まり瘴気が漂う場所に、纏わり付き堕とそうと心を蝕む闇を切り裂くようなゆうりの叫び声が響き渡る。


「マリーロゼぇぇぇ! 起きて、起きてってばぁぁっっ!!」

「ん……、おねぇさま……?」


 瘴気を纏った巨大な漆黒の百合の花にパックンチョされたゆうりとマリーロゼ。


 ゆうりがマリーロゼを護るために瞬時に展開した結界の中で、呑み込まれた衝撃で気絶してしまったマリーロゼを起こそうと必死な白い狼姿のゆうりの叫び声が続い木霊していた。


「マリーロゼ、大丈夫? 痛いところは無い?」

「お姉様……? お姉様っ! お姉様の方こそお怪我はありませんか?!」


 ゆうりの声で目覚めたマリーロゼは、気絶する前に何が起こったのかをすぐには思い出せなかった。

 しかし、周囲を見渡せば明らかに日常から掛け離れた場所に座り込んでしまっていることに気が付き、徐々に気絶する前の記憶が思い起こされ、ゆうりへと詰め寄ってしまう。


「あは、心配してくれるのは幸せだし私は大丈夫なんだけどさ、問題はマリーロゼでしょ!」


 ゆうりは怒っています!、という表情を浮かべてマリーロゼを見詰め言葉を続ける。


「マリーロゼが私に抱きついてきた時、驚いたんだからね!……私はマリーロゼが傷つく姿は見たくないよ。」


 怒っていたはずが、徐々に勢いを失い萎んだ風船のようになってしまったゆうりに対し、マリーロゼは申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「申し訳ありません、お姉様。 ですが、お姉様が私のことを心配して下さるように、私もお姉様の事が心配だったので、身体が勝手に動いてしまったのですわ。」

「マリーロゼ……そんなことを言われたら、何も言えなくなっちゃうじゃん。」

 

 朝に感じたゆうりの違和感は決して間違っていなかったのだと微笑を浮かべたマリーロゼの言葉に、ゆうりは苦笑してしまう。


「あーあ、もう! さっさと元凶を張り倒して、ぶっちゃけ世界平和なんて興味ないけどさ、少なくともみんなを護ったんだよってマリーロゼを驚かせる計画が駄目になっちゃった。」


 大袈裟な仕草で前足で顔を覆い泣き真似をするゆうりへと、マリーロゼも冗談交じりに言葉を返す。


「まあ、お姉様ったら! やっぱり一人で全部を背負い込むつもりでしたのね。 ふふ、大切な家族であるお姉様一人に押しつけるなど、そのような真似出来るはずがありませんわ。」


 二人は暫し危険な場所であることを忘れてクスクスと微笑み合う。

 

「……ところで、お姉様? 此処は何処なのでしょう?」


 ゆうりが側にいるなら、マリーロゼ一人では無いのであれば、どんな場所であろうとマリーロゼは恐れることなど有りはしない、と思いながらもう一度周囲を見渡す。


「……なんて、重苦しい場所……。」


 周囲の光景を改めて見回したマリーロゼは眉を顰めてしまう。


 マリーロゼとゆうりを中心に純白に輝く球体の形をした結界が張られているはずなのに、その結界の輝きすらも呑み込んでしまいそうな程に、そこは暗く淀んだ重苦しい漆黒の闇に包まれている場所だった。


「……簡単に言ってしまえば、ここは堕ちてしまった元精霊達と、そいつらに引きずり込まれた人間達の魂が混じり合い、蠢く場所かな?」


 ゆうりも周囲を見渡し、何とも言えない表情を浮かべてしまう。


 負の感情に囚われて、堕ちてしまった元精霊達が寄り集まり、さらに強い力を得ようと人間を操り、悪夢に堕とし、魔力や生命力を奪って仲間に取り込み、どんどん膨れあがってしまった、元精霊達のなれの果ての内部といえるこの場所。


「……ねえ、お姉様? 私はずっと不思議だったのですが、お姉様達がいう元精霊は何故あれ程までに滅びを願うのですか?」


 油断すれば広がる瘴気の中に取り込まれてしまいそうな場所に、緊張した表情を浮かべるマリーロゼの問いかけにゆうりは複雑な表情を浮かべ、真面目に話をするためにも人型へと変化する。


「前にさ、私が倒れて眠り続けた事があったでしょう? その時のことを覚えてる?」

「忘れるはずがありませんわ。 お姉様が目覚めて下さらず、ずっと悲しくて、辛かったですから。」


 その時のことを思い出したのか悲しげな表情を浮かべるマリーロゼの言葉にゆうりは頷き、言葉を続ける。


「あの時に話した全ての元凶と言える私の前の精霊王。 詳しく話すことはしていなかったけどさ……そいつはね、身勝手な理由で私を召喚しただけでなく、私に新しい世界を創り出させるためだけに沢山の命が生きていた世界を強制的に終わらせたの。」

「……強制的に終わらせた……?」


 意味が分からないと、分かりたくないといった表情を浮かべたマリーロゼをゆうりは静かに見詰める。


「その強制的に終わってしまった世界に存在していた精霊達は、元々そんな上司を信じちゃいなかったし、慕ってもいなかった。 だから、前精霊王が私という異世界の人間の魂の中に潜んだように、彼等精霊達もまた生き延びるために私とは別の異世界の人間を選んでその魂の中に潜んだ……それこそがリリィベルだよ。」

「……そんな……。」


 口元に手を当てて驚きの表情を浮かべるマリーロゼから視線を外し、数歩先すら見ることが叶わない闇の世界を見詰め、瞳を細めるゆうり。


「私達は最初から勘違いしていた。 マリーロゼにも前に話した“もう一人のマリーロゼ”の物語なんて、運命なんて無かったんだよ。 あったのは、前精霊王が自分の望み通りの結末を迎えるためだけの下らない道筋だけ。……私の知ってた乙女ゲームの結末なんて、前精霊王が幾つも用意したシナリオの一つに過ぎなかったんだ……。」


 ゆうりは強制的にこの世界に堕とされてから、今まで歩んできた時間を脳裏に思い浮かべる。


「あの元精霊達が怒るのも分かるよ。 あんな身勝手な野郎にまるで要らなくなったオモチャを捨てるみたいに滅ぼされそうになったんだもん。 前の世界の犠牲の上に成り立っている、この世界が憎くないわけがない。」


 ゆうりはそこで言葉を切り、黙祷を捧げるかのようにギュッと瞳を閉じ、マリーロゼも顔を伏せてしまう。

 しかし、黙祷を捧げ終わって開かれたゆうりの瞳には迷いはなく、目的を達成するための強い意志を宿した光が灯っていた。


「……でもね、彼等が身勝手な前精霊王の犠牲者であったとしても、既にこの世界には沢山の命が生まれ、生きている。 此処は前精霊王の支配する世界じゃない、此処は……此処は私の大切な家族や、人間達が生きる世界だもん。」 

「お姉様……」

「私は全部を護って救う正義の味方になんてなる気は無いし、世界だ何だよりもマリーロゼが大好きで家族や友人が大切な大馬鹿野郎だからね!

 元精霊達にとっては私は最低な奴かもしれない。 そんな私を悪だ、自己中だって言うなら言えばいいよ。 全部受け止めた上で、私は私自身のために元精霊達を倒す。

 あは! 好きで精霊王になったわけでも無し、好き勝手やらせて貰うもんね!」


 ふんっと鼻を鳴らしながら宣言するゆうりの姿に、マリーロゼは再びクスクスと笑いが込み上げてしまう。


「ふふふ、お姉様が最低ならば私も同じですわね。 彼等には申し訳ありませんが、私の大切な方々が生きている世界を滅ぼさせるなどと言う選択肢は有りませんもの。

 ……ですが、お姉様は何だかんだと言いながら、結果はともかくそれまでの道筋はみんなが幸せになれるように足掻いているように感じますわ。」

「うっ……そ、そんなこと無いもん! 私はマリーロゼを優先してるもん!」


 マリーロゼの笑みを含んだ言葉に、ゆうりは褒められることになれていない子供のように、思わず頬を赤らめて反論してしまう。 


「ええ、お姉様のそのお心はこのマリーロゼ、嬉しゅうございます。 ですが、私を優先して下さると言うことは、少なくとも私が極力悲しまない結末になるように行動して下さるということでしょう?

 ……だって、お姉様ったら先程私に言って下さったではありませんか?

 “みんなを護ったんだよっ”と、私を驚かせるつもりだったと仰いましたわ。」

「あ、あうぅ……も、もう勘弁して……。」


 マリーロゼの言葉にゆうりが頬を染め、居たたまれない様子で顔を隠そうとした時、暗闇の彼方より足音が響いてきた。


 その足音は徐々に大きくなり、ゆうりとマリーロゼの側まで近寄ってくる。


「マリーロゼ、私の後ろに。」

「……はい。」


 身体を硬くしたマリーロゼを背に庇ったゆうりが鋭い視線を向ける先より現れたのは、二人が見知った人物達。 


「え……どうしてお二人が此処にいらっしゃいますの?」

「…………。」


 無表情を貫くゆうりと、驚いた表情を浮かべたマリーロゼの前に姿を現したのは、二人の想い人であるブラッドフォードと柊だった……。



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