狙われた想い人 後編。
「“壊す……壊ス……ぜーんぶコワれてしまエ!!!”」
黒い影の狂ったような嗤い声が響き渡り、より濃密な瘴気を含んだ漆黒の竜巻が吹き荒れ、三人目掛けて放たれた数多の竜巻が、大地を削り爪痕を残しながら勢いよく迫り来る。
「舐めるなっっ!! 雷覇轟龍撃っっ!!!」
大小二振りの忍者刀を抜き放ち、フェリックスが放った紫電の龍が顎を開いて獲物に喰らい付くかのように敵へと突進し、迸る雷の一撃が竜巻を切り裂き、激しい音を立てて打ち消していく。
「えっえぇぇぇっっ?! ちょっ、騎士団長っ!! い、今更なんですけど、この御方は誰なのですかっ?!」
まるで、三つの騎士団をそれぞれに従えるブラッドフォードやヴィクトリアと並び立っても可笑しくないほどの技を放つ、突然目の前に現れ窮地を救ってくれた人物。
その人物の正体に全く心当たりが無いだけでなく、此処までの威力を放つ魔法を使える人物の噂一つ聞いたことが無いことに驚き、今更ながらに疑問の声を上げてしまうベアトリス。
「カルヴァート、君が知らないのは当然だよ。 この方こそ、ゴーシュ騎士団長の夫君、フェリックス・ヤマト・ノルドリット殿。
私が騎士団に入団するよりも前にその強さから騎士団への入団を進める声もあったそうだが、結局は他国の生まれゆえに騎士団には入れないということになったらしくてね。
……まあ、それは表向きの理由で、実際はノルドリット殿の身に万が一のことが起こった場合の色んな意味での被害を考えて立ち消えになったらしいけれどね。」
苦笑しながら己が過去に話に聞いたフェリックスが騎士団に入りたいと希望した事による一連の騒動、今なお語り継がれる夫婦喧嘩の伝説を思い出しながら、ブラッドフォードはベアトリスへと説明する。
「え……えぇぇぇぇっっ?! あの方がゴーシュ騎士団長の旦那様なんですかっ?!……ふわぁ……夫婦揃ってお強い方々なのですね……凄いなぁ……。」
ばったばったと雷を纏った二振りの忍者刀で大小様々な竜巻を薙ぎ払い、ヴィクトリアに負けない速さで縦横無尽に駆け回り、敵を翻弄しているフェリックスの姿に尊敬と憧憬を含んだ眼差しを向け、スピリアル王国最強夫婦……と感嘆のため息を付くベアトリス。
「……スピリアル王国最強夫婦……言い得て妙だね……。」
ベアトリスと会話を交わしながら、己へと向かってくる竜巻を危なげなく薙ぎ払っていくブラッドフォード。
「“邪魔をスルナァァァッッ!!!”」
ブラッドフォードを重点的に狙おうにも、不規則な動きで竜巻を打ち消していくフェリックスの存在に焦れた黒い影は苛立った声を上げ、己を中心に周囲に蔓延している瘴気を掻き集め、天にも届くような大きな一つの竜巻を作り出す。
ソレイユ寮の一部だけでなく、周囲の木々も巻き込んで、徐々に大きくなっていく竜巻を前に慌てることなくブラッドフォード、フェリックス、ベアトリスは立ち向かう。
「人ば心の弱かとこにつけ込んで、爪を立てて苦しば想いをさせるような悪か奴は許されん(許さない)!
そげな(そんな)奴はうちん炎で倒するけんね(倒します)!!」
ベアトリスの持つ愛剣が纏っていた紅蓮の炎がさらに勢いを増していく。
「鳳凰演舞翔!!」
深紅の炎の羽を舞い散らせ踊る鳳凰の如き炎の塊が、一度上空へと瘴気を切り裂き飛翔し、敵である黒い影が中心にいる竜巻目掛けて急降下する。
「そろそろ私も攻勢に転じさせて貰うよ。……私の心を弄んだんだ。 しっかりとその身で贖うがいい。」
ベアトリスに続くようにブラッドフォードが魔力を解き放つ。
ゆらりとブラッドフォードの身体から立ち上る魔力に反応して、愛剣の刀身が二回り以上巨大化して純白の炎を纏わせた刀身を振りかぶり、ブラッドフォードも必殺の一撃を放った。
「白炎火焔獄!!!」
純白の炎の渦がベアトリスの放った紅蓮の鳳凰を彩り、さらに苛烈な炎の勢いが増していく。
「……ゆうり様を傷つけるために想い人を狙うとは笑止。 貴様の悪行も此処で終いだ。」
すっと瞳を細めて魔力を高めたフェリックスの身体より、バチバチと音を立てて紫電が走る。
フェリックスの胸元で交差させるように構えた二振りの忍者刀の刀身に、音を立てて走っていた紫電が集まっていく。
交差させていた忍刀に集まっていた紫電が青紫の雷の刃となり、フェリックスはその刃を携え韋駄天の如く走り出す。
ベアトリスとブラッドフォードの放った炎が瘴気の竜巻に着弾し、荒々しい暴風と燃えさかる業火が拮抗する。
「“ナンで?!ニンゲンごときの力に競りマケルっっ?!”」
ベアトリスとブラッドフォードの炎が敵の風を上回り、安全な竜巻の中心で狂った嗤い声を響かせていた敵を丸裸にする。
「簡単なことだ。……我らが思いと覚悟が虚ろな中身しか持たぬそなたらに負ける訳が無かろう。」
ベアトリスとブラッドフォードの炎により切り開かれた道を駆け抜け、敵である黒い影へ肉薄したフェリックスの青紫の雷の刀身が閃く。
「紫吼蒼龍連斬!!」
フェリックスの繰り出した雷の刃による連撃を防御することすら出来ずに、まともに受け止めてしまった黒い影。
「“ヒィっっぎゃあアアぁァぁっっ”」
体中を駆け巡り、周囲を巻き込んで迸る落雷の直撃を受けたが如き雷撃の前に、断末魔の叫びだけを残して黒い塵となって消えていったのだった。
敵の姿が完全に掻き消えたことを確認したフェリックスは周囲へと警戒を怠ることなく、二振りの忍者刀を一度鋭い音を立てて宙を切ってから、カチンと音を立てて鞘へと納刀する。
「二人とも、怪我はないか……?」
ゆっくりと振りながらフェリックスは、ブラッドフォードとベアトリスの安否を確認するために声を掛け、二人もそれに応えるために言葉を発する。
「ありがとうございます、ノルドリット殿。 貴方の助太刀のお陰で私達は無事です。」
「ノルドリット様、危ない所を助けて頂き本当にありがとうございました。」
フェリックスに向かってブラッドフォードとベアトリスは深く頭を下げて、感謝の言葉を伝える。
「礼には及ばない。……私はゆうり様との約定により参上したまで。」
「ゆうり様との約定ですか?……一体、いつの間に……。」
多くの時間をマリーロゼか、己と過ごしていたはずなのに、いつの間にかフェリックスと約定を結んでいたゆうりの行動力に素直に驚いてしまい、疑問の声を上げてしまうブラッドフォード。
「昨夜、晩酌をしていたヴィクトリアと私の元へと御出でになり、そなたを、アルトノス殿のことを頼まれたのだ。」
「私のことをですか?」
フェリックスは静かにオウム返しに聞き返したブラッドフォードの言葉に頷く。
「……ゆうり様は、騎士団長が狙われる可能性が有ることが分かっていたのですね。」
「確信がある訳では無かったようだが、関わりのある人間達が狙われる可能性は考えていたようだな。 その中でも、狙われる確率が高い人間は話に聞くイスリアート公爵令嬢もしくは、想い人であるそなたしかおるまい。」
ベアトリスの問いかけに答えたフェリックスの言葉に、ブラッドフォードは難しい表情を浮かべる。
「……ゆうり様への人質になど最初からするつもりは無く、さっさと私を殺してその事実を伝えることが目的ですか……。」
「そのようだな。 誰しも、心より大切に想っている者を失えば、どんなに強い心や魂にも隙が生まれるというもの。……相対したがゆえに分かったが、あの者達は負の感情を好み、吸収してその強さを増していく……」
瞳を閉じたフェリックスは己が手で倒した、負の感情に囚われ、光を拒み、他者を害することしか頭にない敵の姿をもう一度脳裏に思い浮かべる。
「……あのような存在に同情する気は無い。……しかし……負の感情に囚われた者の姿は……なんと滑稽で……憐れなものなのだろうな……。」
「「…………」」
フェリックスの言葉にベアトリスは沈黙を返し、ブラッドフォードは背中にぞくりとしたものが走る。
もしも、フェリックスが参戦しなければ……もしかしたら己も負の感情に囚われ、あの滑稽で憐れな存在の一部に成り果てていたかもしれない、と今更ながらにその恐ろしさに鳥肌が立ったのだ。
今一度、ブラッドフォードがフェリックスに感謝の言葉を継げようとしたその時、三人の身体が光りに包まれる。
“四人とも私達は大丈夫だから、取り敢えず一旦退場!!”
突然、頭の中に響くかのようにゆうりの言葉が聞こえたかと思えば、三人の姿はその場より掻き消えてしまったのだった……。




