精霊王と魔力の覚醒。
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「……マリーロゼ、ゆうり様。」
「……。」
ゆうりを抱きしめてやっと涙を流す事が出来たマリーロゼの側へ、葬儀を行った牧師へ感謝を伝えに行っていたエラスコット男爵夫妻が側に戻ってくる。
リチャードが周囲の貴族へ視線を向ければ、彼等は今までの態度が嘘だったかのように悲しげな顔を浮かべ会釈だけを残し立ち去っていった。
「……すまない、マリーロゼ。
せめて、アイリーンを側に残していくべきだった。」
「……ごめんなさいね、マリーロゼ。」
「叔父様、叔母様っ。」
側にやって来てマリーロゼを心配する二人の言葉に、マリーロゼは涙で濡れた瞳のまま二人を見上げアイリーンに抱きつく。
アイリーンも、涙を流し悲しむ姪を優しく抱きしめた。
悲しみに暮れたマリーロゼの姿を視界に治め、ゆうりは自身の力の足りなさに唇を噛む。
なぜ病気を治し、寿命を延ばす事が出来ないのか、どうしてセレナーデは精霊として生き返る事を拒むのか……。
答えなど出るはずもなかった。
同時にゆうりは思う。
このまま乙女ゲームのストーリーが始まるとするならば、今度こそはマリーロゼ以外の誰の意志を無視する事になったとしても、マリーロゼを決して悲しみに暮れさせたりはしない事を……。
呪われた運命のように乙女ゲームの結末に沿って、この世界が動き出すというならば世界など必要ない。
いらない世界を滅ぼして、マリーロゼとマリーロゼの大切な存在だけを連れて新しい世界を創ればいいとすらこの時のゆうりは考えていた。
そして、母親を喪った事でマリーロゼの身に起こるもう一つの"出来事"を頭に思い浮かべながらいつでも動き出せるように待機する。
「マリーロゼ……?」
叔母の腕の中に抱きしめられていたマリーロゼの様子に変化が起こる。
「……あ…ああっ、ああぁぁっっ!!」
マリーロゼは、叫び声を上げながら焦点の合っていない目を見開き、己の身体を強く抱きしめるように身体を丸める。
「きゃっ、きゃあぁっっ!」
「アイリーンっっっ!!」
マリーロゼの身体から放たれた強い魔力の奔流に、マリーロゼを抱きしめていたアイリーンは弾き飛ばされてしまう。
アイリーンの小柄な身体は、その衝撃で数多ある墓石の一つに向かって投げ出されてしまう。
そんなアイリーンを助けようと手を伸ばすが、……リチャードの手は空を切った。
アイリーンの身体を掴む事が出来なかったリチャードの目の前で愛する妻が、頭から墓石へ叩き付けられる……、ことは無くゆうりが風の力を使って墓石に叩き付けられる前にアイリーンの身体を受け止めた。
「アイリーン、大丈夫?」
「……っ、ゆうり様……。
とても、驚きましたが大丈夫ですわ。」
急に弾き飛ばされてしまった事に驚いた様子ではあったが、アイリーンは怪我をすることなく無事だった。
「アイリーンっっ!!
アイリーンっ、無事で良かった……、すまない、君を助ける事が出来なかった……。」
「リチャード……。」
アイリーンの側へ形振り構わずにリチャードは駆け寄り、怪我がない事を確認すると愛する妻を力一杯抱きしめ安堵のため息をつく。
そんな二人の様子を尻目に、ゆうりは魔力の覚醒と同時に暴走を起こしてしまったマリーロゼへ近づいて行く。
ゆうり自身の魔力でマリーロゼの身体を包み込み、マリーロゼの体内から荒れ狂う過剰な魔力を吸収していく。
そして、マリーロゼへいつもと変わらぬ口調で安心させるように話しかけた。
「マリーロゼ。
大丈夫だよ、私が分かる?」
「……おね…えさま……?」
「うん、もう大丈夫だよ。突然の事で、こわかったね。」
体内を巡っていた過剰な魔力が無くなっていった事で、マリーロゼは徐々に落ち着きを取り戻し始める。
「まさか、魔力の暴走を起こしていたというのですかっ?!」
リチャードの悲鳴のような叫び声が響く。
本来、魔力を持って生まれた貴族の子ども達は学院に入学すると同時に特殊な魔道具を使って、魔力を覚醒させるのがしきたりであった。
何故ならば、幼いうちに魔力を覚醒させてしまうと本能の塊である幼い心が、感情の揺れに応じて魔力を暴走させてしまう事があるからだった。
それを未然に防ぐために生まれたと同時に、ある特殊な例を除けば全ての貴族の子ども達は魔力は封印されてしまう。
それはこの 王国の建国時から続く掟だった。
しかし、マリーロゼのように強い魔力を持って生まれた子どもの中には強い感情や、衝撃に伴い極希に魔力を覚醒させ暴走状態に陥る事がある。
覚醒した魔力を受け止めるだけの器が育っていれば問題は無いが、そうでなければ悲劇以外の何者でもなかった。
ゆうりは、マリーロゼが乙女ゲームの"マリーロゼ"のように悲劇を起こすことなく魔力の暴走が収まった事に安堵する。
そして、少しでもマリーロゼの心を慰める事が出来るように言葉を続ける。
「……マリーロゼ、約束する。
私がマリーロゼの側にいるよ。
精霊の私は、マリーロゼを置いていったりしないよ。」
「おねえさま……。」
真っ直ぐにマリーロゼの涙に濡れた瞳を見つめ、言葉を紡ぎながらゆうりは力を解放する。
ゆうりは、マリーロゼの傷ついた心を癒したいと、天から落ちてくる雨粒を全て色とりどりの花々に変えて見せる。
「マリーロゼを元気付けるためなら、涙のような雨も可愛らしい花々に変えてみせるよ。
……たとえ、この世界を滅ぼす事になったとしてもマリーロゼのためなら構わない。
それくらい、私はマリーロゼの事が大好きだよ。」
ゆうりのマリーロゼの事を心から思う言葉に、魔力解放に伴う疲労感に意識が霞み始めながらも微かな微笑みをマリーロゼは浮かべたのだった。
……ただし、後日この言葉に対しマリーロゼはゆうりへ感謝の言葉を告げる事になるが、"世界を滅ぼす"などの言葉はただのたとえ話だと思っている事が判明するのだった……。
そんな二人の遣り取りを聴いてしまったリチャードが胃の辺りを押さえて、眉間にしわを寄せる姿が見られるのだった。
……そして、セレナーデの葬儀よりほとんど間を開ける事はなく、公爵家からの使者が男爵家の門を潜る事となる。




