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覚醒せし最後の敵。


「いやあぁぁっっ?! ダリアっ!」


 ダリア目掛けて振り下ろされた凶刃に、プリシラだけでなく他の生徒達の悲鳴が響き渡る。

 誰もが、ダリアの華奢な身体に漆黒の刃が食い込み、大量の鮮血が舞い上がり、力なく床へと倒れ伏す姿を思い浮かべていた。


「なーに、私の可愛いマリーロゼの前でグロいことしようとしてんのさっ!!」


 しかし、リリィベルの凶刃がダリアを確実に捕らえる前に引き寄せ、リリィベルに向かって咆吼を轟かせ、衝撃波を飛ばした者がいた。


「お姉様っっ!!」


 マリーロゼの声がその人物を呼び、その声に応えるように虚空から姿を現した純白の大きな狼、ゆうりは己の放った衝撃波により吹き飛ばされて壁へとぶつかったリリィベルと黒猫から視線を外すことなく大きく尻尾を振る。


「……どうして……?」

「ダリアっ?!……ダリアっしっかりしてっっ!!」


 ゆうりの放った風により、後ろへと強く引っ張られたことで尻餅を付いてしまっているダリアの元へとプリシラが駆け寄り、リリィベルの凶刃が掠めたことで腕から流れ落ちる鮮血を見て小さく息を呑む。


 しかし、ダリアには己の腕の怪我よりも信じているリリィベルに殺されそうになったことの方が衝撃であり、大きな瞳に涙を浮かべてしまう。


「……ちょっと、其処のお馬鹿の侍女!」


 リリィベルと黒猫から視線は反らさずに、背後に庇っているダリアが涙を流している事に気がついたゆうりは、マリーロゼへと話しかける時とは違い厳しい口調で言い放つ。


「なっ?! 何て言い様ですのっっ」


 その口調に怪我をしているだけでなく、大切な人に裏切られて涙を流す相手への話し方ではないと眦をプリシラが吊り上げるが、ゆうりはそれを鼻で笑い飛ばす。


「お馬鹿の侍女! 私は沢山の人の気持ちを裏切った、あのお馬鹿を擁護する気持ちは小指の甘皮ほども無いけどさ、君は信じると宣言したんでしょう?」

「……ですが……私の声は届く事も無かったばかりか……リリィベル様にとって殺したいほど……」

「ほんっとに、このお馬鹿主従っ!! 君には、あのお馬鹿が最後の力を振り絞ってでも、君を護ろうとした声が聞こえなかったのっ! 君に助けを求めていた癖に、最後は君を護ろうと足掻いた声すら無かったことにするつもりっっ!!」


 ゆうりの視線の先では涙ながらに訴えるダリアへと、リリィベルの本当の心は決してダリアを傷つけたいと思っていなかったのだと告げる。


「……私を護ろうと……リリィベル様……リリィベル様ぁぁぁっっ!!」

「ふん! 信じると決めたなら、最後まで信じなよ。 少なくとも、君の心にはリリィベルの本当の声は届いていたんでしょう。」

 

 ダリアが拒絶されて以降に感じ取っていたリリィベルの違和感は、決して気のせいでは無かったのだ。

 ずっと、元精霊に心を操られながらもダリアへと助けを求め、全てを奪われていく絶望の中で最後に残った小さな光であるダリアだけは、操られた自分の凶刃からせめて護ろうと抗ったのだ。


 そのことにゆうりの言葉で気が付いたダリアは、リリィベルの名を必死で叫ぶ。


「ふふ……あはははははっっ!! 遅いよ、もう遅いっ! 今更、気が付いたって全部手遅れだっっ!!」


 ダリアの叫びを嘲笑うかのような黒猫の狂った嗤い声が教室内に木霊する。


 ダリアとゆうりが会話を交わす間にも、マリーロゼの側に寄りそう柊以外の最高位精霊達が元凶である黒猫へと止めを刺そうと武器を構え行動を既に開始していたが、結界のような物に阻まれた挙げ句、溢れ出るように現れ始めた歪な何か、即ち瘴気を纏い、悪しき存在へと堕ちた元精霊の一部だった物に阻まれる。


「……あ……わた……しが……わたし……いやあぁぁぁぁぁっっっ!!!!」


 赤い血が滴り落ちる漆黒の刃を見詰め、リリィベルにとって最後に残された光とも言えるダリアを己の手で殺そうとしてしまったことに慟哭の叫びを上げて、その魂は完全に元精霊の一部へと堕ちて吸収されてしまう。


 リリィベルだった存在の頭部に飾られていた一輪の白百合も黒く染まり、その身体より瘴気が激流のように激しく渦巻き、溢れ出す。


「あはははははははははっっっ!!!」


 狂ったように嗤い続けるリリィベルの身体の輪郭が崩れ、人では無い異形の姿へと変化していく。

 

「あははははははっっ!! もっと、もっとっ! 力をちょうだいっっ!!!」


 元精霊の声に応えるように学院の敷地内にある茨と黒百合が巻き付いた、白亜の一振りの槍に山吹の花が絡むように咲いている封印の石像が鳴動し、甲高い音を響かせて一瞬で弾け飛び、まるで地獄の底より立ち上るかのような瘴気が吹き上がる。


 山吹の施した封印の中には、精霊を戦争の兵器へとしようと数多の人間達が集い、愚かにも自滅の道を辿った数百年前にあったベギーアデ王国の者達が集め、暴走した精霊を助けたことで核を失っただけの膨大な魔力の塊と悪意と欲望にに満ちた人間達の魂が封じられていたのだ。


 数百年の年月を掛けて誰にも気が付かれないようにジワジワと元精霊に人間達の魂は吸収され、穢された魔力の塊は元精霊にとって心地の良い、精霊王と言う存在を倒すには足りない力を補強する物と成り果てていた。

 

「まったく、もう……あんにゃろうは、何でこんなにも面倒臭い物を遺していくかなあ……あーあ、やんなっちゃう。」


 狼の状態でありながら器用にもゆうりはムスッとした表情を浮かべ、己だけでなく周囲の人間達へも伸びる元精霊の攻撃を弾き飛ばす。


「あはははははっっ!! 無駄だよっ無駄無駄っっ!! 悪夢に堕としてぜーんぶ僕の力にしてあげ、ぎゃふっっ」

「うるっさいなあ! ちょっと、黙っててよっっ!!」


 桔梗の高笑いが可愛くなるような嗤い声を響かせる元精霊に向かって、ゆうりは取り敢えず側にあった机や椅子に魔力を籠め纏めて投げつける。


「蓮! 牡丹! 桔梗! 取り敢えず、巻き込まれそうな人間達を転移させてっっ!! あんの野郎の力の一部にされたら、余計に五月蠅くなりそう!!!」


 蓮達へと指示を出しながら、ゆうりは学院の敷地外へと元精霊の力が及ばないように、加えて戦闘に伴いできる限り影響が出ないように強力な結界を張り巡らせる。


「分かった、母君!」

「了解よん! ほらほら、さっさと避難しちゃうわよん!」


 鬱陶しい攻撃を避けながら蓮と牡丹はゆうりの言葉に従い、側にいた人間からどんどん学院の敷地外へと転移させていく。


「了解ですわっ! 行きますわよっナーフィア、ハフィーズっ!! 人間を転移させるのは慣れておりませんので原形を留めないかも……では無く、ちょっと可愛らしい失敗をしてしまうかも知れませんが、我慢して下さいまし!!」

「はあっっ?! ちょっと待てっ! 何だ、今のすげえ不安に俺達を陥れる言葉はっ?!」

「お待ち下さいっ! ナーフィアをそんな不安しか感じない桔梗様に任せる訳には……」


 同じくゆうりの指示に従ってナーフィアとハフィーズを転移させようとした桔梗は、聞いた人間全てが不安に陥るような言葉を発する。


 転移自体は精霊達にとってさほど難しい事ではないが、その対象が精霊よりも脆い人間であった場合繊細な力の調整が要求されるのだ。

 それゆえに、豪快な力の使い方を好む桔梗にとっては平時ならばともかく戦いながら一緒に行うなどと言うことは苦手な事だった。


「……五月蠅いですわね。 男は度胸と言いますでしょう!! 些細なことを気にしてはなりません!! 大人しくしていなければ座標がずれますわよ!!」

「些細かっっ?! 原形留めないことが些細なこと……」

「ええいっっ!! 強制転移ですわっっ!!!」


 桔梗は向かってくる敵を召喚していた“激・黒鋼漢(くろがねおとこ)団”と、縫い直されたことで以前よりも遥かに可愛らしい道化人形へと姿を変えた“きゅーとなクラウン団”で、薙ぎ払いながらナーフィアとハフィーズを転移させ、二人の姿は悲鳴だけを残して消え去ってしまったのだった。

 

「マリーロゼっ! お前もすぐに安全な場所に転移させる!!」

「柊様っ!」


 マリーロゼを背に庇いながら闘う柊は、すぐにでもマリーロゼを転移させようとするが、それに気が付いた元精霊は攻撃の標的をマリーロゼを護る柊へと向けた。


「あはははははっっ!! 逃がさないよっ! その美しい魂は僕が貰うっっ!!」

「……くっ!」


 柊目掛けて人間では呼吸すら(まま)ならないほどの濃密な瘴気が押し寄せる。


 四方八方より押し寄せる瘴気の竜巻のような集中的に柊を狙った攻撃の前にマリーロゼを転移させることすら儘ならなず、他の最高位精霊の前にも邪魔をするかのように他の敵が立ちふさがる。


「……っ! 柊様っ!!」


 柊の腕の中に抱きしめられたマリーロゼは柊の背後に迫る瘴気の塊に気が付き、悲鳴のような声を上げる。

 

「っっ?!」


 マリーロゼの声で気が付いた時には、瘴気の塊はすでに目の前まで迫っていた。

 避けることはできないと判断した柊は、腕の中のマリーロゼをさらに強く抱きしめて護ろうとする。


「私の大切なマリーロゼと息子に手を出そうとしてんじゃないっっ!!」


 柊へと攻撃が直撃しそうになった時、人の姿に戻ったゆうりが二人を背に庇うように現れて瘴気の塊を“精霊王専用武器☆天下無双”で弾き飛ばす。


「お姉様っ!!」

「お袋っっ!!」

「あは! 二人とも、大丈夫?」


 元精霊王だけで無く、倒しても、倒しても、次々と現れる敵を前に無言でゆうりは屠り続けていたのだが、悲鳴のようなマリーロゼの声を聞きつけて、一瞬で数多の敵を薙ぎ払い二人の元へと駆けつけた。


「掛かったねっ!!」


 元精霊が喜色を含んだ声を上げると同時に、攻撃をはね飛ばしてマリーロゼと柊へと意識を向けたことで隙を作ってしまったゆうりの足下より、音を立てて瘴気を纏った漆黒の茨が飛び出しゆうりの身体を絡め取る。


「こんなので私をどうにか出来るとっっ」


 身体に絡みついた茨を吹き飛ばそうとゆうりがするよりも早く、茨が飛び出して出来た穴より巨大な黒百合の花が出現する。


「え゛?」


 眼前に現れた巨大な黒百合の蕾に、嫌な予感がして頬を引き攣らせたゆうり。


「お姉様っっ!!!」


 ゆうりの危機だと感じたマリーロゼは、向かってきていた敵の攻撃を弾き飛ばそうとしていたことで緩んでいた柊の腕より飛び出してしまう。


「っっ?! マリーロゼっっ!!」


 すぐに気が付いてマリーロゼへと伸ばした柊の手は空を切り、マリーロゼを捕らえることは出来ず、ゆうりへと抱きついたマリーロゼごと、花開いた黒百合にぱっくんと軽快な音を立てて二人は呑み込まれてしまう。


「マリーロゼっっ!! お袋っっ!!」

「母君っ! マリーロゼ! 嘘だろっっ!!」

「いやっムッティッッ?! 二人とも返事をして下さいましっっ!!」

「マードレ……マリーロゼ……? 巫山戯るなっ! 二人を返せ!!


 二人を呑み込んだ黒百合は大きく開いていた花びらが嘘のように固い蕾へと戻り、生え出てきた暗く淀んだ瘴気の広がる穴の中へと戻り始める。


「あはははははっっ!! 光輝く魂を二つも手に入れた! このまま闇へと堕としてぜーんぶ僕の力にしてやる!!」


 どうしても欲しかった精霊王の力だけで無く光輝く魂を持ったゆうりと、精霊王の力はないものの人間の中では強い力とゆうりに負けない輝く魂を持ったマリーロゼの二人を手に入れた元精霊は、ますます狂ったような嗤い声を響かせる。


「巫山戯るなっっ!! 二人は返して貰う!!!」

「わたくしも参戦致します!!!」


 ゆうりとマリーロゼの一番近くにいた柊は、捕まえることが出来なかった己の手を悔しげに強く握り締め、怒りの籠もった眼差しを元精霊へと向ける。 

 

 元精霊は柊を筆頭とした最高位精霊達から向けられる怒りや憎悪などの心地良い負の感情に酔いしれたかのように恍惚とした笑みを浮かべる。


 そんな怒りに心を埋め尽くした柊へと、二人を取り戻すために加勢しようとした最高位精霊達。


“四人とも私達は大丈夫だから、取り敢えず一旦退場!!”


 しかし、そんな最高位精霊達の負の感情に埋め尽くされそうになった心の中に、黒百合の花に呑み込まれたはずのゆうりの声が響き渡ると同時に、最高位精霊達は学院の敷地内に残っていた全ての人間達と共にゆうりの力によって学院の敷地外、ゆうりが張った結界の外へと弾き出されてしまったのだった。



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