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最後の大切な人。


 ブラッドフォードとの、まるで夫婦漫才のような既にお約束になっているじゃれ合いが終わり、アルテミス王女としての真面目な表情を浮かべたゆうりへと、再び顔面で砂漢の縫いぐるみを受け止めて撃沈することになったブラッドフォードの代わりにエミリオが声を掛ける。


「王女殿下、そろそろ学院へと向けて出発されますか?」

「そうだね、行こっか。……復活しないと置いて行くよ、ブラッドフォ……」


 エミリオの言葉に応え、撃沈しているブラッドフォードにも声を掛けるゆうりの言葉が途中で不自然に途切れ、学院の有る方角の窓の外へと視線を向ける。


「ゆうり様?」

「殿下、どうされたのですか?」

「……殿下?」


 ゆうりの側にいたベアトリス、スカーレット、ヴィンセントがそれぞれ不思議そうな表情を浮かべ、ゆうりが見詰める窓の外へと彼等も視線を向ける。


「……ゆうり様、何か有ったのですか?」

「……どうやら、悠長に馬車に揺られている暇は無さそうだね。」


 真面目な表情を浮かべたゆうりがぼそりと呟き、その言葉を拾った事情を知っているブラッドフォードとベアトリスに緊張が走り、只ならぬ雰囲気を感じ取ったエミリオ、スカーレット、ヴィンセントの三人も気を引き締める。


「ブラッドフォード、君は今すぐに学院敷地内にいる人間全員を退去させてくれる?」


 ブラッドフォードへと視線を向けることも無く、厳しい声音を残しゆうりの姿は一瞬で掻き消えてしまう。


「ゆうり様っっ!!」


 止める暇も無く消え去ってしまったゆうりの姿に思わず手を伸ばし、ゆうりが行ってしまったであろう学院へと向けて今すぐにでも駆けつけたい気持ちを手を強く握り締めることで抑え、ブラッドフォードはサントル騎士団長としての責務を果たすため即座にエミリオ達に命令を下す。


「エミリオ! 今すぐ緊急事態のために王女殿下の名の下に退去命令を発令! ベアトリス、スカーレット、ヴィンセント、君達は私の指示に従い各寮へ伝達に走れ。 ただし、それぞれが先輩と組んで二人一組で行動するように!

 これより、敷地内にいる全ての人間の退去が終了するまで、ソレイユ寮を行動の中心とし、全指揮は私が執る!!」

「「「「はいっ!」」」」


 硬い表情を浮かべたブラッドフォードの言葉に、一斉に四人が身を翻し走り出す。

 

「……ゆうり様、どうかご無事で。」


 共に有ったとしても、精霊王であるゆうりの足手まといにしかならない脆弱な人の身である己が、ブラッドフォードはどうしようも無く悔しかった。

 だが、ブラッドフォードは悔しさに囚われることなくしっかりと前を向き、少しでもゆうりが心置きなく戦えるように出来ることをしようと振り返ることなく歩き出すのだった。



※※※※※※※※※※



「ご機嫌よう、一昨日の舞踏会はまるで夢のようでございましたわね!」

「ご機嫌よう、本当にその通りですわ! 運営を担当された皆様のあの麗しいお姿!」


 王立エレメンタル学院のアインスの教室には、すでに多くの貴族の子息達が舞踏会の興奮を共有しようと集まっていた。


「うふふ、妾達ったら噂の的ねえ! まあ、あんなに美しい姿を披露したのだから当然よねん。」

「オーホッホッホッホッホッ! あの夜のローストビーフは美味しかったですわ! 今度は是非とも桜に作って頂かねば!!」

「……舞踏会なのに覚えていることが食い物のことだけかよ。 牡丹は牡丹で途中から姿を消してただろう。」

 

 注目を集めていることに嬉しそうな声を上げるのは、やたらと機嫌の良い牡丹と通常時以上にキレのある高笑いを響かせる桔梗。

 その二人へとぼそりと蓮が呆れたような表情を浮かべて突っ込みを入れる。


「……マリーロゼ……それ、付けてくれているんだな。」

「……柊様……だって、柊様より初めて頂いた贈り物ですし……ご存じ無かったのかもしれませんが……この花を選んで下さって……嬉しかったのです。」

「……マリーロゼ……。」


 その傍らでは、柊が舞踏会の夜に送った赤いチューリップのブローチを付けたマリーロゼへと声を掛け、お互いを意識し合って顔を紅くした二人が熱い眼差しを送り合い、見つめ合っていた。


「……なあ、ハフィーズ。 あの二人って、何処からどう見ても両想いだよな?」

「……その通りだと私も思います。」


 好きで見ていた訳ではないが、何となく一緒に行動することが多くなったナーフィアとハフィーズは朝から甘酸っぱすぎる二人の雰囲気にげっそりとした表情を浮かべ、口から砂を大量に吐き出したい気分だった。



 そんなマリーロゼ達の一団とは離れた場所に、萎れた花のような雰囲気を纏ったダリアと、そのダリアに寄り添うプリシアの姿が有った。


「……ダリア……元気を出して」

「ありがとう、プリシラ。 大丈夫、まだ私は大丈夫です。」


 拒絶されたあの日より、ずっとダリアは諦めることなく何度も、何度も、リリィベルの元へと足繁く通っては悪い方向へと歩み続けることを少しでも止めようと声を掛け続けていた。


「……もう止めた方が良いわ。 あの子には他人のどんな言葉も届かないのよ。」


 どんなに言葉を尽くしても、拒絶の言葉しか吐かないリリィベルの姿にプリシラの我慢は限界だった。

 しかし、そんなプリシラへとダリアは眉を寄せ、己の考えを言葉に出して整理するかのようにプリシラへと呟く。


「……ねえ、プリシラ。 私ね、リリィベル様より距離を置いて見てから何となく違和感を覚えたことがあるの。」

「違和感?」


 唐突なダリアの言葉にプリシラは首を傾げてしまう。


「ええ……私が声を掛ける度に確かに拒絶の言葉をリリィベル様は言われます。

 でも、私の気のせいかも知れないけれど一瞬……一瞬だけ助けを求めるような、泣きそうな表情を浮かべるんです。」

「そんなこと無いわよ。 あんな子が泣きそうな表情を浮かべるなんてあり得ませんわ。」


 困惑した表情を浮かべるダリアへと、プリシラは真っ向から否定の言葉を掛ける。

 学院に入学してからの傍迷惑なリリィベルの言動しか知らないプリシラにとって、リリィベルがそんな表情を浮かべるとはどうしても思えなかった。


「…………。」


 しかし、プリシラの言葉にもダリアの表情が晴れることは無く、何処か納得のいかない表情を浮かべていた。



 教室内にいた生徒達がそれぞれに会話に花を咲かせるなかで、音を立てて教室の扉が開いた。

 普段と変わらぬ音のはずなのに、何故かその音は嫌に教室内に響き渡る。


 開いた扉から中に入ってきたのは喪服のような漆黒のドレスに身を包み、一輪の白百合の花を頭に飾ったリリィベルだった。


 異様な雰囲気を纏ったリリィベルに、明るい話し声が響いていたはずの教室内は水を打ったように静まりかえった。

 そんな周囲の雰囲気など気にも留めずに、教室内を見渡し目的の人物を見つけたリリィベルはうっそりと笑みを浮かべ、嬉しそうに言葉を発する。 


「ごめんね、ダリア。 少し良いかな?……私、今までに貴女に言った沢山の酷いことを謝りたくて……」


 教室内にいる柊を筆頭とした異性には眼もくれない嫌な雰囲気を何時も以上に纏うリリィベルの姿に、最高位精霊達は警戒を強める。

 

「……リリィベル様……?」


 ダリアの側にいたプリシラも、今までとは違い悲しそうに反省しているのだという表情を浮かべるリリィベルの姿に困惑した表情を浮かべてしまう。

 

 ダリア自身もリリィベルの纏う雰囲気に違和感を感じてはいたものの、もしかしたら本当にリリィベルに己の言葉が少しでも伝わっているのかも知れない、と考えゆっくりと近付いて行った。


 ゆっくりと近付いてくるダリアの姿に、ますます笑みを深めたリリィベルはダリアに向けていた瞳を唐突に閉じる。


「リリィベル様?」


 閉じられた瞳が再び開いた時、浮かべられていた笑みは消え去り、虚ろな濁った瞳がダリアの姿を映し出す。


「……ダ……リア……?」

「リリィベル様っっ?!」


 先程まで笑っていたはずのリリィベルが、まるで幽鬼のような生気の無い表情を浮かべた事に驚き、少しでも早く駆け寄り抱きしめようとしたダリアへと、いつの間にかリリィベルの肩の上に出現した黒猫がニンマリと狂喜の宿った笑みを浮かべる。


「……ダリ……ア……ダリアっ……にげてっっ!!」

「え?」


 虚ろだった表情に一瞬だけ意思の光が戻ったものの、その微かな光はすぐに狂喜に呑み込まれ抗うことも出来ずに、リリィベルの身体は意思に反して漆黒の鋭い刃を構え、リリィベルの叫び声に反応して足を止めたダリアへと突進する。


「あははははっっ! 自分の手で最後の大切な物を壊しちゃえっっ!!」


 黒猫の嗤い声と言葉に、その目的を悟った最高位精霊達がリリィベルとダリアの間に入ろうとするが、黒猫の放った衝撃波により一瞬動きを止めてしまう。


 その間にダリアとリリィベルの距離は無くなり、眼を見開いたダリアに向けて漆黒の鋭い刃が命を奪うために振り下ろされる。


 教室内にいる生徒達の目の前で鮮血が舞い、数多の悲鳴が響き渡った……。



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