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聖誕祭の舞踏会 策動編。


 輝くシャンデリアの下で、アルテミスはブラッドフォードと踊りながら牡丹が静かに舞踏会の会場に背を向ける姿に微笑を浮かべ、壁際で桔梗や蓮達が騒ぐ様子に結界が張ってあることを理解しているからこそ苦笑し、マリーロゼと柊がダンスの輪を外れてバルコニーへと歩む姿に子供の成長を見守るような穏やかな笑みを浮かべる。


「……皆が気になりますか?」


 そんなアルテミスの表情をずっと観察していたブラッドフォードは、少しだけ強引にアルテミスの身体を引き寄せる。

 そのまま、チークダンスのように緩やかな旋律が流れ始めれば、アルテミスも普段にも増して密着している身体に頬を染める。


「ち、近すぎませんか?」

「おや、周囲の方々に比べれば遠いくらいでしょう? 宜しければ、もっと近付きましょうか?」

「け、けけけ、結構です! 余所は、余所ですから!」


 アルテミス王女としての大きな猫を被っている以上、易々と手を出す事が出来ないアルテミスは顔を俯かせて悔しそうに、恥ずかしいそうに眉を寄せてしまう。


 そんなアルテミスの心の動きが理解できたブラッドフォードは嬉しそうに笑みを溢す。


「……もう、そろそろですわ。」

「……何のことですか?」


 恥ずかしそうに俯いていた顔を上げ、アルテミスは天井を見上げ呟く。

 アルテミスの視線につられるようにブラッドフォードも天井を見上げれば、ひらりひらりと薄紅色の花弁が舞い散り始めた。


「……これは……」


 一人、また一人と天井へと眼を向ければ誰もが感嘆の声を漏らしてしまう。

 シャンデリアが輝いていたはずの天井は、薄紅色の花弁が満開に咲き誇っていた。


 会場の屋上から舞踏会の会場に紛れ込んでいた牡丹と桜も、壁際にいた桔梗や蓮達も、バルコニーより戻ってきたマリーロゼと柊も、その幻想的な美しさに酔いしれる。


「“ソメイヨシノ”。 桜の花の種類の一つでね、フェリシアにしか無い私の……私の故郷を偲んで生み出した花だよ。」


 ブラッドフォードにだけ聞こえるように、アルテミスとしての喋り方を止めたゆうりは風を使って話しかける。


「……ゆうり様?」


 悲しげで有りながら、懐かしそうに眼を細めて舞い落ちる薄紅色の花弁へと手を伸ばし、一枚の花びらを手の平で受け止めるゆうりの姿は、まるで消えてしまいそうなほどに儚げであった。

 そんなゆうりの姿に戸惑った声をブラッドフォードはゆうりの名前を呼んでしまう。 


「私の国ではね、この花が嫌いな人は少ないんじゃないかな?

 毎年、この花が咲く頃に仕事が忙しかったお父さんも、お母さんも、休みを合わせて家族や友達を誘い合ってお花見をしてたんだよ。

 あは! 私もその時だけはお母さんの横でおむすびを握ったり、簡単なお手伝いをしたなあ。……普段は台所には入室禁止令出されてたし。」

「ゆうり様っ!!」

 

 切なそうに、嬉しそうに語るゆうりの姿は、今にも消えてしまいそうな程に頼りなげでブラッドフォードは、人目も憚らずに背中から覆い被さるように掻き抱いてしまう。


「ちょっ?! ブラッドフォード?!」


 突然のブラッドフォードの暴走に、ゆうりは結界を張り人の眼には普通に桜の花に見とれているように見せかける。


「絶対に駄目です、ゆうり様。 私には許容できません。……どうか、私を置いて行かないで下さい。」



 切羽詰まった様子の言葉にブラッドフォードの温もりを背中に感じながら、ゆうりはキョトンとした表情を浮かべてしまう。


「……は? 何を言ってんの?」


 ゆうりにとっては恥ずかし過ぎる体勢に赤面し、もぞもぞとブラッドフォードの腕の拘束から脱出しようと試みる。

 そんなゆうりを決して離さないとばかりに腕の力を強めたブラッドフォードに、ゆうりはグエッと苦しそうな声を上げた。


「この花を見つめるゆうり様は……、今にも私の側から消えていなくなってしまいそうに感じました。」

「いなくなる訳無いじゃん?……っていうかさ、この花をブラッドフォードに見せて上げよっかなって思ったんだよ。」

「……私にですか?」


 いい加減手を緩めろ、とばかりにブラッドフォードの腕を軽く抓るゆうりは、もぞもぞと今度こそ脱出しようと藻掻くが、苦しくはないものの緩くもない拘束に疲れたようにため息を付いて断念する。


「全部に片が付いたら、みんなでお花見をしたくてさ。 だけど、私の作った弁当は嫌だからブラッドフォードが作ってよ。 そんで、私の故郷の伝統的な花見の仕方を教えるから……ブラッドフォードが嫌じゃなかったら、毎年私のためにお弁当を作って、みんなで桜の花の下で騒いで……他にも沢山の思い出を作っていきたいって……思ったの。」


 言葉も出ないほどに驚きの表情を浮かべたブラッドフォードに、ゆうりはしてやったりと笑みを溢してしまう。

 

「……だからさ、消えたりなんてしないよ。 これからは、精霊達だけでなく、マリーロゼとも毎年お花見するって決めてるから。……まあ、ブラッドフォードがどうしてもって言うなら……ふ、二人でして上げないこともないけど!」


 照れ隠しに憎まれ口を叩きながら、そっぽを向いたゆうりの言葉にブラッドフォードは幸せそうな笑みを浮かべてしまう。


「では、ゆうり様。“どうしても”貴女と二人でお花見をさせて下さいませんか?」

「……あは、しょうが無いなあ。」


 背中からゆうりを抱きしめる体勢のブラッドフォードの手に、己の手を重ねたゆうり。

 二人は暫し幸せそうに互いの温もりを感じ、微笑み合うのだった。



※※※※※※※※※※



 舞踏会開始後より、座るまもなく動き続けていたアルテミスを気遣い、ブラッドフォードは舞踏会の会場に設けられた長椅子に座るように誘導する。


 そのままアルテミスと共に過ごそうとしたブラッドフォードだったが、数人の警備を担当していたはずの兵達が王城より至急の伝達が届いていると呼びに来た。


「……伝達ですか……?」

「はい、至急お伝えするようにと。 ただ、この場では余りにも人が多すぎますから……。」


 ブラッドフォードは兵達の言葉に違和感を覚え口元に手を当て考えるが、その思考を断ち切るようにアルテミスが声を掛ける。

 

「ブラッドフォード、わたくしは大丈夫です。 ですから、行って下さいませ。」

「……しかし……分かりました。」


 迷ったブラッドフォードだったが、アルテミスの言葉に思考を切り替える。

 呼びに来た兵達では無く、他の兵にすぐに補佐官であるエミリオを呼んでくるように伝達する。

 

「騎士団長、至急のことですし早くお伝えしたいのですが……」

「おや? 確かにそれも重要かも知れないが、王国の至宝とも言うべき王女殿下の側を離れる以上は、それなりの人物と交代する必要があるだろう?……違うかい?」

「…………」


 ブラッドフォードを少しでも早く引き離し、アルテミスを一人にしようとするかのように急かす兵の言葉に瞳を細める。


「騎士団長、遅くなって申し訳ありません。」


 無言で見つめ合う兵とブラッドフォードの元に、サントル騎士団長補佐官のエミリオがベアトリス達三人を伴い足早に到着する。 


「いや、構わない。……エミリオ、私宛に王城より至急の伝達が届いているらしい。」

「……それは……分かりました。 王女殿下の護衛はお任せ下さい。」


 ブラッドフォードの言葉に微かに眉を動かすが、エミリオはそれ以上は言葉にしなかった。 


「殿下、暫し御前を失礼します。」

「ええ、ブラッドフォード。 伝達の内容が悪い知らせではないと良いのだけれど……。」


 微笑を残してブラッドフォードは兵達と共にアルテミスに背を向けて歩いて行くのだった。



 ブラッドフォードが立ち去り、何処か普段通りの穏やかな笑みの中に不安げな表情を浮かべたアルテミスの元へとすぐに一人の男が歩みよってくる。


 その姿を視界に捕らえたアルテミスは穏やかな微笑を変えること無く微笑み続けるが、護衛であるエミリオ達、特にスカーレットは何かが違うと感じるその人物、クリムゾンに警戒を強める。


「……まあ、先生。 どうなさいましたの?」

「アルテミス王女殿下、貴女と話をしたくて来てしまいました。……如何でしょう? 今宵は美しい月も出ておりますし、僅かな時間で構いませんから貴女と共に過ごす幸福を私に与えては下さいませんか?」


 アルテミスの側に跪き、愛を請うかのように囁くクリムゾンの言動に護衛達は眉を顰めてしまう。


「……ノルドリット先生、婚約者のいる淑女に対しそれは……」

 

 妹である以前に護衛であるスカーレットにとって、目の前で婚約者のいる王女へと暗に二人で過ごそうと誘う兄の言葉は無視できなかった。


「お前には言っていない。」

「なっ」


 クリムゾンを諫めようとするスカーレットの言葉に、棘のある冷たい言葉と睨み付ける様な視線を送るクリムゾン。

 その頑なな違和感を感じずにはいられないクリムゾンの言動に、スカーレットは二の句が継げなくなってしまう。


「ノルドリット殿、王女殿下の護衛として承伏しかねます。」

「……ほう?」


 剣呑な光を宿したクリムゾンの眼差しがエミリオを捕らえる。

 無言で睨み合いを始めた二人へと、アルテミスの凛とした声が響き終止符を打つ。


「先生、分かりました。 護衛である彼等も共にで宜しければ会話を交わす程度ならばお付き合いしましょう。」

「王女殿下っ?!」

「本当ですか? では、早速参りましょう!」


 アルテミスの言葉に護衛達は息を呑み、クリムゾンだけが濁った瞳に歓喜の感情を浮かべる。

 王女としては間違った判断ではあったかもしれないが、アルテミスが同行しないとすれば今のクリムゾンは何をするか分からない雰囲気を纏っていた。


 必要時は王女の仮面など脱ぎ捨てるつもりで、アルテミスは護衛達を伴いクリムゾンの誘いに乗って歩き出す。


「(私の方は別にどうとでもなるけどさ……ブラッドフォードは大丈夫かな。 一応、ブラッドフォードには言い忘れてたけど護衛が付いてるし大丈夫だよね。)」


 取り敢えず、目の前にいる負の感情に囚われてしまったクリムゾンを流石に見捨てる訳にもいかないと、ゆうりはため息を尽きたい気持ちを押し殺してブラッドフォードの心配をするのだった。



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