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聖誕祭の舞踏会 嵐の前の静けさ編。


 ダンスホールの中央でアルテミスとブラッドフォードが踊るなか、会場の片隅で熱心に用意された料理の数々に舌鼓を打つ桔梗と、時々文句を言いながらも世話を焼く蓮の姿が有った。


 そんな二人の元へと、やっと王国の貴族達との会話に一区切り付いたナーフィアとハフィーズが合流する。


「……なんつー食べ方してんだよ。」

「もぎゅ、んんーんぅん?」

「行儀が悪い。 食べるか喋るかどっちかにしろ、アホの桔梗。」


 呆れた眼差しで頬に食べ物を詰め込んだ桔梗へと声を掛けるナーフィアに答えるように、桔梗がくぐもった声を出すが、軽く後頭部を蓮に叩かれ食べるか、喋るかするようにと注意されてしまう。


「もぎゅもぎゅ……」

「……結局食べることを優先するんだな。」


 皿に取った料理を食べることを優先した桔梗へと、三人はますます呆れた視線を投げかけ、ある意味桔梗らしいと結論づける。


「んん、ゴックン! ふはっっ!……何をなさいますの、蓮っ! 乙女の頭を叩くなど紳士にあるまじき行為ですわ!!」

「アホか。 僕の知っている乙女は口に料理を詰め込んだりしねえよ。」

「うっ……乙女だって口に料理を詰め込みたい時の一つや二つ有りますわっ!!」


 どんな時だよ、と突っ込む蓮の姿に周囲に良く二人の会話や桔梗の料理をひたすら食べるような行動がばれないな、と思ってしまうナーフィアとハフィーズ。


「何となくあんたらの疑問は察するに余りあるから言っとくが、桔梗や僕を中心に結界を張っているから問題は無い。 お前達は僕たちの関係者だから気が付いたのだろうが、それ以外の有象無象の人間共には壁の花になっているようにしか見え無いし、会話も聞こえることはない。

 その上、人間の興味を削ぐようにしているから注目を浴びることもないしな。」

「道理で……此処に来てから他者の視線が無くなったはずだ。」


 蓮の言葉にナーフィアとハフィーズは納得したとばかりに頷く。

 新たに手にチキンを握った桔梗は何処からかぶりつこうかと眼を輝かせていたが、チラリとナーフィアへと視線を向けて言葉を発する。


「しばらく此処でわたくし達と居ればいいのですわ。 そうすれば、二人の婚約者の座を果敢にも得ようと突撃してくる令嬢という名の肉食獣の餌食となることはありませんもの。」


 言い得て妙な桔梗の言葉に二人は思わず沈黙してしまう。

 確かに、二人の婚約者の座を狙い眼を爛々と輝かせ、互いに牽制し合う令嬢達の姿は肉食獣と言っても過言ではないと感じてしまったのだ。


「……桔梗の言葉に甘えさせて貰うぜ。 つーか、マジ怖えーよ。 あいつらの前に出ると、喰われると思うときがあるからな。」

「……同意見ですね。」


 クシャクシャと頭を掻くナーフィア、その時のことを思い出したのか顔を青ざめさせてしまうハフィーズ。


「ご愁傷様だな。」

「そうですわねえ。 特にハフィーズの方は、片思いをしているラティーファという乙女は彼女たちとは真逆の性格ですも、ふぎゅっっ」


 口元に食べ滓を付けてポロっとハフィーズにとって決して無視できないことを漏らした桔梗の頭をスパンッと良い音を響かせてハフィーズは叩いてしまった。


「ど、どどど……知っ……?!」

「“どうして知っているのか”か?」


 動揺してしまっているハフィーズの言葉を蓮が推測する。

 蓮の言葉に勢い良く何度も頷くハフィーズに、憐れみの籠った視線を蓮は投げ掛けてしまう。


「痛いですわっ! 先程から乙女の頭をなんだと思っていますのっ! わたくしの頭は太鼓ではありませんのよっ!!」


 叩かれた後頭部を押さえ、顔を上げた桔梗はキッとハフィーズを睨み付ける。

 同時にハフィーズの片想いの相手の名前を知ってしまったナーフィアは、桔梗に詰め寄り胸元を掴み持ち上げ、力任せに揺さぶってしまう。


「き、きききき、桔梗っ?! まさかっラティーファって、俺の腹違いの妹のラティーファのことかっ?! 」

「やめっ、止めて下さいましっ! りばーすっ! りばーすしちゃいますわっ!!」


 勢いよく揺らされ、気分が悪くなったのか顔色を青ざめさせ、口元を桔梗は押さえながら叫び声を上げてしまう。


「おい、落ち着け! お前は顔面で桔梗の吐物を受け止めたいのかっ?!」

「っっ?!」


 蓮の言葉に今度はナーフィアが顔色を青ざめさせ、すぐにパッと手を離してしまう。


「うぎゅっっ?!」


 突然支えを失った桔梗は重力に従い地面に落ち、短い悲鳴を上げてしまう。


「うぅぅ……酷い目にあいましたわ。」


 口元を押さえ、よろけながらも立ち上がった桔梗はジトッとした眼差しをナーフィアへと向ける。


「今のが貴方の人にものを尋ねる際の礼儀ですか?……まあ、良いですけれど。

 ハフィーズが嬉し恥ずかし片思いをしているラティーファとは、ナーフィアが思い浮かべているラティーファで間違、いぎゅっ」


 一つ大きなため息を付いた桔梗は、ナーフィアの疑問に答えるべく口を開き説明を開始したが、再びその後頭部をスパンッといい音を響かせて衝撃が襲う。


「黙りなさい、喋るんじゃありません。 縫い付けますよ。」

「何を縫い付けるつもりですのっっ?! それに何でわたくしを叩きますのっ?!」

「貴女の人の秘密をばらそうとしているお喋りな口をです。 そして、叩いた物は蓮様よりお借りしましたスリッパです。」


 未だに微かに頬を染めてはいるものの、動揺から回復したハフィーズはスリッパを片手で掲げながら悪びれもなく答える。

 涙眼になりながら何度も叩かれている後頭部を押さえ、桔梗は抗議の声を上げる。


「そんなこと聞いてはおりませんわっっ!! わたくしの繊細な頭を何度も叩いて、わたくしの素晴らしい頭脳に何か有ったらどうされるおつもりですのっっ!!」


 肩を怒らせて叫ぶ桔梗の言葉を三人の男達は暫し無言で考え、順番に思ったことを述べてしまう。


「繊細さとは真逆で図太……生命力が半端無さそうだし、素晴らしい頭脳か……? はた迷惑の間違いじゃ……。」

「とても世界が平和になって良いのでは無いでしょうか?」

「叩いて何か支障を来すほど繊細な作りって玉じゃあ無いし、逆にアホが治ると思うがな?」


 ナーフィア、ハフィーズ、蓮と順番に思ったことを言い切った三人に、さすがの桔梗も衝撃を受けてしまう。


「ガビーン!!!」

「……衝撃音を口で表現するような元気はあるんだな。」


 口で衝撃を受けたとばかりに表現した桔梗へと蓮が突っ込みを入れ、桔梗は流れてもいない涙を拭く振りをしながら宣言する。


「わたくしのまるでエリザベスの胸鎖乳突筋から大胸筋へ流れていくように美しく、もしくはジョセフィーヌの広背筋から大殿筋へと流れていくように魅力溢れる繊細且つ大胆な心に罅が入りそうですわ!!

 ……この罅を癒すには、先日すでに会って友人となりましたラティーファへとナーフィアとハフィーズの有ること、無いこと、喋りまくるしか有りませんわね!」


「「止めろっっ!!(止めて下さいっっ!!)」」


 オーホッホッホッホッホッ!、とすでにお馴染みとなってしまった高笑いを響かせる桔梗へと、言ったからには桔梗が必ず実行することを知っているナーフィアとハフィーズが焦った様子で詰め寄り、意見を翻させようとあの手この手で懐柔を試みる姿を見つめ、蓮は珍しく穏やかで楽しげな笑みを浮かべるのだった。



※※※※※※※※※※



 桔梗と蓮、そして砂漠の主従が人間の興味も削いでしまう結界の中で騒いでいる頃、マリーロゼと柊の姿はダンスホールで踊る煌びやかな紳士淑女の中にあった。


 舞踏会に参加している者達が若者であることに合わせたのか陽気な音楽が流れ、合間を縫うように雰囲気のある優雅で落ち着いた旋律も奏でられる。


「マリーロゼ嬢、少し休憩しよう。」

「そうですわね、アグニ様。 舞踏会が始まってからずっと挨拶回りに、ダンスにと動き回りましたものね。」


 頬を紅潮させて楽しげに微笑むマリーロゼの表情に、頬を微かに緩め優しい眼差しを送る柊はダンスを踊り火照った身体を冷ますためにバルコニーへとマリーロゼをエスコートする。


「……やはりこの服装では夜風を冷たく感じてしまいますわね。」


 肩が大きく開いたドレスを着ているマリーロゼにとって、秋も終わり冬が始まろうとしていると言ってもいい季節の夜の風の冷たさに、火照っていた身体も一瞬で冷えてしまい微かに身を震わせてしまう。


 しかし、それも数秒に満たない出来事ですぐにマリーロゼの周囲は微睡んでしまうような春の日向の温かさに包まれる。


「柊様、ありがとうございます。」

「いや、俺の方こそ悪かったな。 人の子には夜風が冷たすぎるとは思っていなかったから、こんな場所に誘ってしまった。」


 申し訳なさそうに眉を寄せる柊の言葉に引っかかる物を感じ、マリーロゼも眉を顰めて唇を尖らせてしまう。


「あら、柊様? 私はもう十五ですし、春になれば十六ですわ。 いつまでも、子供ではありませんのよ。」


 マリーロゼの拗ねたような言葉に、朝焼けに包まれながら公爵家の屋根の上で交わした雛菊との会話を通して多くのことに気が付いてしまった柊は苦笑してしまう。


「……そうだな。 お前は……マリーロゼは俺が思っているほど子供ではないし……精霊である俺とは違い年を重ねるからな。」

「……そうですわね。 私はずっと変わることのない柊様とは違い年を重ね成長し、老いて逝く……。」


 分かりきった事を口にして、マリーロゼは折角の舞踏会で弾んでいた心が萎んでいくことを感じる。


「……最近な、その事実を雛菊と言葉を交わす機会があったんだ。 マリーロゼだけじゃなく、アイオリアも、お袋の想い人も、みんないつかは俺達を置いて逝く。」

「……はい。」


 柊は満点の星空を見上げ、気が付いてしまったマリーロゼへの想いを抱えた日からずっと考え続け、同時に人間達と関わる己の家族を見つめ観察していた。

 

 そして、一つの結論に柊は達していた。


「最初、俺は短命な人間へと向けてしまった想いをなんて不毛な感情なのか、と思ったんだ。」

「……そうですか……。」

 

 マリーロゼは想いを寄せる相手からの言葉に、顔を俯かせてギュッと手を握り締める。


「……だが、お前達と関わる内にこの想いは決して不毛な感情などではないと気が付いたんだ。」

「……え?」


 続けられた柊の言葉にマリーロゼは瞳を瞬かせ、顔を上げ静かに夜空を見つめる柊の横顔へと眼差しを送る。


「人間は確かに俺達を置いて逝ってしまう。 これは、気に入った人間全てを精霊にしない限りどうしようも無い事実だ。 しかし、全ての人間を精霊にするなど出来るはずがない。」

「それは、そうですわね。」


 柊は夜空へと向けていた視線をマリーロゼへと向け、無自覚に微笑を浮かべる。


「お前達に、マリーロゼに出会ってから俺達は人間達で言う成長を心と魂がしているのだと思う。」

「心と、魂の成長ですか……?」


 柊の脳裏には、ゆうりを筆頭とした大切な家族達の姿が思い浮かんでいく。


「マリーロゼに出会ったお袋が他者を思いやる心を取り戻し、己の弱さを乗り越えた。」


 ずっと、孤独に囚われて他者を思いやる心を失っていたゆうり。


「マリーロゼに会いに行ったお袋を追いかけた雛菊が、純真な笑みを向けてくれるアイオリアに出会った。」


 失うことを恐れて、手を伸ばすことを躊躇っていた雛菊。


「茶の入れ方や料理を教えることになった桜が、お前達の前では力の抜けた微笑を浮かべるようになった。」


 ゆうりの代理を勤め上げようと常に己を厳しく律していた桜。


「遙か昔は張り詰めた空気を纏っていた山吹が愛する者に出会い、マリーロゼが切っ掛けで子孫の元へ会いに行くようになった。」


 愛する者と出会い、失って、その血を引く者達を見守るだけだった山吹。


「お前達に興味を持ち、牡丹は広い世界へと視線を向け始めた。」


 フェリシアという狭い世界の中で変わらぬ日常に満足し、ただ惰性に時を過ごしていた牡丹。


「マリーロゼだけでなく、あの砂漠に生きる人間達と知り合ったことで桔梗は友を得た。」


 人間など意に介さず暴走するように行動していた桔梗。


「マリーロゼを知り、その叔父夫婦に眼を向けたことで、蓮は理解者を得ることが出来た。」


 好奇心と知識欲を満たすこと以外に興味など無いと人間に背を向けていた蓮。


「……そして、俺自身も他者に恐れられることなく関わることなど出来ないのだと諦め掛けていたが、お前達と出会って少しずつだが、変化できているのだと思う。」


 他者の怯えた眼差しに辟易し、他者と関わることを拒絶して傷つけることも、傷つくこともない自分の殻の中に閉じこもっていた柊。


「……柊様……。」

「……思い出は何時か色褪せるかも知れない。 でも、お前達に教えて貰った優しさや強さを己の中に刻み込み生きていけるなら……」


 例え、いずれは目の前で真っ直ぐに柊を涙が浮かんだ瞳で見つめる少女が、大人になって老いて消えていったとしても……


「きっと、お前達は俺達と共に生きているのだと、想いは何時だって共にあるのだと思えたんだ。」


 柊の言葉は水が乾いた大地に染みこむように、マリーロゼの心を潤していく。

 同時に、最初からマリーロゼの側には答えが有ったのだと、迷っていた心では気が付くことの出来なかった事実に気が付いてしまう。


「……柊様の言う通りですわ。 だって、私の側には何時だって愛するお母様の想いが側にあるのですもの。」


 いつかマリーロゼの寿命が尽きて、例え想いを重ねた相手を置いて逝くことになろうとも、心から想う相手の中に少しでも何かを残し、幸せを願うことが出来たなら……。


 己は柊へと愛する心を伝えることを後悔などしないと、どんな結末を迎えることになろうとも、柊と一緒に出した答えならばマリーロゼは受け入れられると、答えを見つけ出し心を定めることが出来たのだった。


 迷い続けた答えを導き出したマリーロゼの姿は、今までよりも遥かに凛とした魂の奥底から輝く光を放っていた。


「私に大切なことを気付かせて下さりありがとうございます、柊様。」


 マリーロゼの光を纏ったかのようなその姿は、まさに何時かのゆうりが言葉にして褒め称えたように気高く美しい輝きを放つ大輪の薔薇の花だった。


「いや、礼を言うのは俺達の方だ。

 ……マリーロゼ、俺達と出会ってくれてありがとう。……その……気に入るかは分からないが、俺からの感謝の気持ちを込めて……これを……贈ろうか、と。」


 柊は今までの静かな微笑を称えていた姿が嘘のように、視線を彷徨わせ微かに色づいた頬を誤魔化そうと隠し持っていた物を取り出し、マリーロゼの目の前に差し出す。


「……え? ですが、大変申し訳ないのですが私は何もお返しできる物など……」

「良いんだ。 俺からの感謝の証なのだから。」

「……ありがとうございます。」


 最初は戸惑ったものの、片想いしている相手から贈り物が嬉しくないはずが無い。

 マリーロゼはそっと柊の手から、片手で受け取れるほどの大きさの小さなリボンの付けられた贈り物を、宝物を受け取るかのように両手で受け取る。


「柊様、開けてみても宜しいですか?」

「マリーロゼに贈った物なのだから、好きにすればいい。」 


 照れ隠しからそっぽを向いてしまった柊へと許可を求めてからゆっくりとマリーロゼの小さな手がリボンを紐解いていく。


 マリーロゼの反応を確認しようとチラチラと目線を向ける柊の視界に、贈り物を眼にして驚きから笑顔へ徐々に変化していく表情が映る。


「……綺麗なブローチ……これは赤いチューリップですか?」

「ああ。……そのな……恥ずかしい話なんだが、俺は女へ何を贈ればいいのか全く分からなくて、お袋の想い人に相談したんだ。……あいつもお袋へ贈り物をしたかったらしく、お揃いの意匠の物を贈ることにした。」


 恥ずかしそうに説明する柊の言葉に、マリーロゼはさらに嬉しくなってしまう。

 なぜなら、柊はマリーロゼを“女”として意識しているのだとも取れる言葉を口にしたのだから。


 柊にとっては深い意味は無かったのかもしれない。

 だが、いつかは必ず己を異性として意識させて振り向かせてみせると、マリーロゼは満面の笑顔を柊へと返すのだった。


 

 しかし、そんな二人の世界に浸っていた彼等は気が付かなかった。

 二人の姿を見つめていた影があったことに……。


 そして、その影が踵を返し静かに立ち去っていったことに、誰も気が付くことはなかったのだった。



※※※※※※※※※※



 ……余談だが、一騒動有った舞踏会が終わり、次の日にマリーロゼが来ていた服に輝く柊の贈った“赤いチューリップ”のブローチを見たゆうりは、悪戯な笑みを浮かべて二人に尋ねる。


 その“赤いチューリップ”の花言葉を知ってるの?、と……。


 ブラッドフォードから一番この色が良い、と熱心に進められた柊は同時に教えられたチューリップの花言葉“博愛”“思いやり”を口に出し、あまり花言葉に詳しくはないマリーロゼは首を振る。


 ゆうりは、さらに微笑んでそれぞれの色にも意味があるのだと、調べるように二人へと伝えるのだった。


 不思議に思った二人が“赤いチューリップ”の花言葉を調べ、赤面してしまったのは言うまでもないことだったのである。



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