柊と贈り物 後編。
「やれやれ、私が持ってきた話題とは言えさ、少しは血の上った頭も冷めた? 四人とも?」
本来エリオットが座る最高級の執務用の椅子に座りながら、やれやれといった様子のゆうりは呆れたように己の目の前で全身びしょ濡れになりながら頭を押さえて悶える四人を見下ろす。
「……あのなあ、お袋! 止めようとしていた俺はともかく、首締められて落ちかけてた奴にまで冷水ぶっかけた挙げ句、金だらいを落とす奴が何処にいるっっ?!」
冷水で全身濡れ鼠になり前髪から雫を滴らせ、金だらいがぶつかった後頭部を押さえながら柊が抗議の声を上げる。
「え? 此処に居るじゃん。」
柊の怒りの籠もった抗議の声に、ゆうりは悪びれもせずにしれっと答えた。
「ぐっ……俺か? 俺が可笑しいのかよ?! 何で“何言ってんだ、こいつ”みたいな眼で見られるんだ!!」
「……サラマンダー様、ありがとうございます……大丈夫です、もう慣れましたから……」
己のためにゆうりへと抗議してくれている柊へと、諦めの混じった虚ろな瞳をエリオットは向けてしまう。
「王……悪いな、お袋がいつも苦労を掛ける……」
「……言わないで下さい……悲しくなってしまいますから……」
お互いの苦労を何となく分かり合えた気持ちになった二人は同時に深いため息を付く。
「……言いたいことがあるなら、はっきりと言いなよ。」
「「言ったことを打ち返す気持ち満載の凶器を仕舞ってから言ってくれ(下さい)!!」」
手に出現させたゆうりの“精霊王専用武器☆天下無双”を構えたゆうりに二人は突っ込む。
「……ま、いいや。 バルトルトも、少しは冷静になったみたいだしね。」
「……すみません、ご迷惑をお掛けしました……」
濡れて額に張り付く髪をかき上げながら、バルトルトは無表情だが落ち込んだ雰囲気で謝罪の言葉を口にする。
そんなバルトルトを見て安心したゆうりは手に持っていた凶器を消し去り、濡れた髪や服だけでなく絨毯などを一瞬で乾かす。
……だが、頭から浴びせられた水は乾いたはずなのにジメッとした雰囲気を未だに纏っている男が一人いた。
「ブラッドフォードは……えっと、別に他意は無かったし、過去の女性遍歴に関しては受け入れた上で返事してるんだから、変に勘ぐるの止めてよね!……贈り物を選ぶ相手が、マリーロゼだから簡単に相談できるのであって、他の……他の異性に贈る物なら相談なんてしないよっっ!!」
ゆうりのそっぽを向きながらの言葉に、三角座りをしていた体勢からブラッドフォードはガバリと顔を上げ、ゆうりへと喜びと嬉しさで一杯の瞳を向ける。
「ゆうり様……っ! そうですよね! マリーロゼ嬢へと贈るからこそ、私に相談できるのであって、それ以外の方々に贈る品物ならばゆうり様だって私に相談されませんよね!
申し訳ありません! 誰よりも愛しいゆうり様の私への想いを疑うような、いえ! 疑ってはいないのですよ! ただ、ちょっとだけ嫉妬とかしてくれないのかなあ、と拗ねてただけなんです!
ゆうり様に愛されていると実感できて、とても、とても幸せです。」
嬉しさから頬を染めて、心から溢れるほどの愛しさを隠すこともなく幸せそうに頬を緩めるブラッドフォードの姿に、ゆうりの方がどうしようも無く恥ずかしくなってしまう。
「うっ……む、息子の前でラブコメみたいな恥ずかしいことを言うなあぁぁぁっっ!! ブラッドフォードのばかあぁぁっっ!!」
みるみるうちに顔を真っ赤に染め上げ、半泣きになったゆうりはいつの間にか手に出現させていた大人の頭部より一回りは大きいアヒル隊長~エリオットばーじょん~をブラッドフォード目掛けて力一杯ぶつけて転移してしまう。
「ぐふっっ!!……あっ! ゆうり様! せめて私の言葉に恥ずかしがる貴女を抱きしめさせてくだ、がはっ!!」
縋り付くかのように手を伸ばして叫ぶブラッドフォード目掛けて、二匹目の色違いのアヒル隊長~バルトルトバージョン~が後頭部に落ちてくる。
「……なんというか……殴り愛?」
「端的に二人の関係を表していますな。」
「……なぜ、このアヒル? の人形は私やバルトルトの顔をしているんだろう? もの凄く似ているのに、口だけアヒルのくちばし……」
一連のゆうりとブラッドフォードの掛け合いを見てぼそりと柊が感想を漏らせば、バルトルトが神妙な雰囲気で同意し、エリオットは足下に転がってきた己と同じ顔をしたアヒル隊長に微妙な視線を投げかけるのだった。
※※※※※※※※※※
「サラマンダー様、見苦しい姿をお見せしてすみません。 マリーロゼ様への贈り物に関してでしたか?」
エリオットの執務室からブラッドフォードの執務室へとバルトルトに横槍を入れられることがないように、話す場所を変えることにした二人。
精霊として姿を人目に映らないようにした柊を伴い目的の場所へと移動し、ブラッドフォードは応接用の椅子に座るように柊を促す。
そして、自ら用意した紅茶をティーカップへと注ぎ、コトリと柊の前へと差し出しブラッドフォードは微笑を浮かべながら話を切り出した。
「ああ、その通りなんだが、そのなんというか……お袋がいつも苦労を掛けてすまない。」
「いえ、悪戯や好奇心のままに瞳を輝かせ、行動されるゆうり様もお可愛らしいですから苦労などしておりませんよ。」
ゆうりの名が出るとさらに幸せそうに頬を緩ませ、背後で花が舞うような微笑を浮かべるブラッドフォードの姿に、安堵と呆れの入り交じってしまうような複雑な表情を息子としては浮かべてしまう。
「……俺のことはあの二人を含めて柊と呼んで構わない。」
「おや、そうですか? 光栄です。 私のことは是非、父と呼んで下さいね。」
「ぶっっ……げほっ」
ブラッドフォードの言葉に危うく口に含んでいた紅茶を再び吹き出しそうになってしまうが、何とか根性で耐え忍んだ柊は、涙眼になって思わずブラッドフォードを睨んでしまう。
「いや、申し訳ありません。 一応、今のはまだ冗談ですよ? 流石に気が早すぎますよね。」
「はあ……お袋を好きなのは構わないが、紅茶を飲んでいる時に冗談は止めてくれ。」
疲れたようにため息を付く柊へと、思わずブラッドフォードは動きを止めて見つめてしまう。
「……宜しいのですか?」
「何がだ?」
「……ゆうり様の子供である貴方達には反対されると思っていたのですが……。」
ブラッドフォードの信じられないことを確認するように、平静を装っているが微かに眼を見開き、驚いた表情を浮かべて問いかけられた言葉に柊は首を傾げてしまうが、すぐにブラッドフォードの言いたいことを理解して苦笑してしまう。
「他の奴らに何かを言われたか?」
「いえ、そんな事は有りませんが……余り喜んでは頂けないとは思っています。」
「……そうか。」
ジッと柊の真意を探ろうと見つめてくるブラッドフォードに対し、普段と変わらぬ不機嫌そうな表情で柊はゆっくりと口を開く。
「やっとお袋らしく生きる事が出来ようとしている新たな門出を、俺自身の我が儘で困らせるつもりはない。
俺達があんたとのことを本気で反対すれば一番傷ついて困るのはお袋だろう?……そうでなくても、今まで沢山傷ついて、辛い思いをしたんだ。 いい加減幸せになったとしても、好きな男の側で幸せそうに笑ったとしても、罰は当たらんだろう。」
「……柊様。」
ニイッと口角を上げて凶悪な眼差しで柊はブラッドフォードを睨みながら、脅し文句とも取れる言葉を口にする。
「ふん。 俺に親父と呼んで欲しければ、お袋を悲しませ無いことだ。……もしも、悲しませたその時は楽に死ねると思うなよ?」
「ええ、私がゆうり様を悲しませることなど決してあり得ませんが、肝に銘じておきましょう。」
真っ直ぐに柊の視線を受け止め、ブラッドフォードも覚悟を決めている笑みを浮かべ柊に答えるのだった。
話題が一旦逸れてしまった二人だったが、改めてマリーロゼへの贈り物を頭を付き合わせ、ああでもない、こうでもないと考え始める。
「……よく分からないんだが、やはり宝石だとかの方が喜ぶ物なのか?」
首を傾げ、うなり声を上げながら思い悩む柊へとブラッドフォードは首を横に振る。
「恋人でもない男性から高価な品物を受け取って、マリーロゼ嬢は心から喜ぶ性格ではないと思います。 どちらかと言えば、戸惑ってしまうでしょうね。」
「そ、そうか……では、菓子や花か?」
暫し考えてブラッドフォードは首を横に振る。
「柊様は、初めてマリーロゼ嬢に贈り物をされるのですよね?」
「ああ、そうだな。」
「では、形に残る物の方が良いでしょう。 菓子は食べてしまえばそれまでですし、花もいずれは枯れてしまいますから。」
真面目な表情を浮かべたブラッドフォードの言葉に、柊は頭を抱えてしまう。
「……悪いが、宝石も、菓子も、花も駄目となると俺にはお手上げだ。 それ以外、何も浮かばん……。」
「……おやおや、困りましたね。」
頭を抱え、思わず弱音を吐いてしまう柊へと苦笑し、ブラッドフォードは一つの提案をする。
「柊様、相談なのですが……は如何ですか?」
「……だが、貴金属は駄目なのだろう?」
「貴金属ではありますが、値段の余り高すぎない、尚且つ普段でも身に着けられるような物を選べばいいのです。 そして、それに意味が籠もっているならば尚良しでしょう。」
ブラッドフォードの言葉に不思議そうに首を傾げ、それ以上に良さそうな贈り物を思い付けない柊はブラッドフォードが提案した“物”に決めることとした。
「マリーロゼが少しでも喜んでくれるならば、そうしよう。 だが、俺も一緒に意匠を見に行っても良いだろうか?」
「ええ、その方が私も良いと思いますから。 ふふ、きっとゆうり様も喜んで下さるでしょう!」
柊とブラッドフォードは、それぞれに贈る相手であるマリーロゼとゆうりの笑顔を思い浮かべて喜んでくれることを願うのだった。




