間章 スピリアル王国の第一王子様 後編。
満点の星が彩る夜空に、光り輝く満月を背に優雅に空に浮かぶ純白の天馬は美しい少女をその背中に乗せて、徐々に王城の方へ舞い降りてくる。
その光景にジークフリートは眼を奪われ、警戒心も警備の兵士を呼ぼうと思っていた事すら忘れてしまっていた。
「貴方達はいったい……?」
感嘆のため息が溢れるように、囁いてしまったジークフリートの声に驚いてしまったのか天馬の背中から、少女はバランスを崩し落ちてしまう。
「きゃあっ!」
「危ないっ!」
ジークフリートは思わず少女を受け止めようと走り出し、その両手で少女を抱きとめる。
抱きとめた少女の身体は、ジークフリートが受け止める瞬間に"風"の力でふわりと浮かび上がり、重さを感じることなく受け止める事が出来た。
しかし、ジークフリートは天馬が風の力を操り少女の身体を浮かび上がらせた事を魔力の流れで感じ取っていた。
ジークフリートは少女が風を操る存在、即ち風の属性の精霊で、天馬に具現化出来る程の強い力を持った高位精霊との契約者であると確信した。
「……君は……。」
「……。」
少女を真っ直ぐに見つめたジークフリートは、言葉を続ける事が出来なかった。
何故ならば、精霊の瞳を発動させていたジークフリートの視界には少女の魂の色が映っていたからだった。
その少女の魂の色は、今まで見た事も無い程に澄み渡り、輝くように美しい薔薇色だった。
--こんなに美しい魂の色は見たことが無い!
ジークフリートは心の中で歓喜の声を上げる。
何時までも見ていたいと思わせる少女の魂の色から、無理矢理意識を反らし少女の顔を確認すれば再びジークフリートの心は少女に囚われる。
翡翠のように美しい瞳、夜の闇を集めて絹にしたような煌めく黒髪、白い肌に整った顔立ち。
ジークフリートは、少女の存在そのものに魅了され、心も、魂すらも絡め取られてしまう。
ジークフリートと少女の眼差しが重なり合う。
"ドクンッ"と胸が高鳴り、ジークフリートは自覚する。
名前すらも知らぬ少女に、一目で恋に堕とされてしまったのだと……。
--彼女がいい……、いや、彼女でなければ駄目だ。
--他のどんな女性もいらない、彼女だけが欲しい……。
ジークフリートは熱の籠もった熱い眼差しを少女へ向ける。
少女は、ジークフリートの眼差しが恥ずかしいのか頬をバラ色に染め上げた。
--なんて可愛らしい人なんだ。
ジークフリートの眼差しを受けて、頬を薔薇色に染め上げる少女を心より愛しく思った。
「……あの……、危ない所を抱きとめて頂きありがとうございます。
その、ご迷惑をお掛けしてしまって……。」
鈴が鳴るような可愛らしい声に、ジークフリートは笑みを浮かべる。
「……迷惑などと思うはずがありません。
貴方に怪我が無くて良かった。」
頬を染めながら、抱きとめて貰った事へ感謝の言葉を紡ぐ少女から決して視線を外すことなく、ジークフリートは柔らかな微笑を持って答えた。
「あ……、えっと……。」
異性と会話を交わす事に慣れていないのか戸惑ってしまった様子で、頬だけでなく耳まで紅く染めて羞恥心から少女は俯いてしまう。
少女の顔が見えなくなってしまった事を残念に思いながらも、ジークフリートは考える。
少女を自身の后として迎えるために、まずは名前や、彼女の家の爵位を知る必要があると……。
「まるで月の光のように麗しくも可愛らしい人、貴方の名前を私に教えて頂けませんか。」
ジークフリートは、そっと少女をバルコニーへ降ろしてその前に跪き、愛を請うようにあつい熱をはらんだ瞳で少女の片手に口づけながら名前を教えて欲しいと懇願する。
その姿はまるでお伽噺の騎士が姫君に忠誠を誓う姿か、はたまた王子様が愛しい姫君の愛を請うような一場面だった。
うるんだ瞳で少女が可愛らしいその唇から、言葉を紡ぎ出そうとした時それを邪魔をする者がいた。
「その子に近寄るなぁぁぁっっ!!
猫かぶりっ!女の敵っ!腹黒王子ぃぃぃっっ!!!」
「っ?!」「きゃっ!」
予想外の突然の闖入者が現れ二人は驚愕の声を上げてしまう。
少女の契約精霊である天馬は風を使って少女背中に乗せると、すぐに天高く飛び立ってしまう。
「待てっっ!!
私の姫君を連れて行くなっっ!!」
「誰がお前のだっ!!腹黒王子ぃぃぃっっ!!!」
ジークフリートが今まで言われた事もないような暴言を残し、天馬は夜の闇に消えていった。
「殿下っ!
何事ですかっ?!」
ジークフリードの叫ぶ声に反応して部屋に入ってきた兵士達に返事を返しながら、ジークフリートは考える。
明日の朝一番に、父親である国王陛下に面会を申し込まなければならないと……。
そして、国王の許可を得て少女の探索を始め、必ず見つけ出す事を心に誓う。
--身のこなしから考えても、それなりの爵位を持った家の娘だろう。
--契約精霊がいるという事は、年齢も絞り込める。そして何よりも、高位精霊と契約を結んでいる者など多くはない。
--必ず貴女を見つけ出してみせるよ、だからその時こそ私に名前を教えて欲しい。
--そして……、どうか私の后に……。
愛しい少女の姿を胸に思い浮かべれば、同時に苦々しい存在まで浮かび上がってくる。
「……例え、高位精霊であったとしても次は邪魔など許さないよ。」
ジークフリードの邪魔をした挙げ句に、数々の暴言を残して愛しい少女を奪っていった天馬へ端正な顔を歪めて宣戦布告をするように小さく呟く。
その小さな声は、誰の耳に入る事もなく夜の闇に消えていった。
だが、フリードは知らない。
彼の探し求める少女は、精霊と契約を結んでいるわけではないことを……。
そして、何よりも少女の側に精霊がいる事を周囲が隠し続けていることも……。
今はまだ知る由もなかったのである。




