人形が結ぶ二人の友情。
「ずびまぜん……人前で泣いてしまうなど淑女でありながら恥ずかしいですわね。……ずび、ちーんっ!」
「おいこら、桔梗。 てめえ、俺の服で鼻をかむんじゃねえっっ!!」
「あら? ごめんなさいまし。 目の前にありましたのでついやってしまいましたわ。」
数の暴力で押し切った“きゅーとなクラウン団”による手裏剣を投げるかのように投げつけられるようになった手持ち看板の前に屋上より撤退し、追いかけてくる“きゅーとなクラウン団”から逃げるために廊下を爆走するリリィベルの怒号と悲鳴を聞きながら、普通に会話を交わすナーフィアと桔梗の姿が屋上に有った。
「お前な、普通慰めた相手の衣服で鼻水を噛むアホが何処にいるつーんだよ。」
「此処に居ますわ!」
「無い胸を張って答えるんじゃねえ!」
「失礼なっっ! わたくしの胸はまだまだ成長段階なのですわ! その内、メロンのように見事な大きさになるのです!!」
まるで兄妹喧嘩をするかのように会話を交わす二人の姿に、ハフィーズは冷や汗をかいてナーフィアへと声を掛ける。
「……殿下……」
「あぁっ? 今こいつと話を付けている最ちゅ……」
「……相手は最高位精霊様ですよ?」
ナーフィアの言葉にぎゃーぎゃーと騒ぎ、じゃれるかのようにナーフィアを叩こうとムキになっている桔梗の頭を鷲掴み、腕のリーチの差により攻撃が当たらないようにしていたナーフィアはハフィーズの言葉が一瞬理解できなかった。
「「……」」
暫し無言で見つめ合ったナーフィアとハフィーズ。
しまった、という表情を浮かべたナーフィアは桔梗の頭を離し、ハフィーズの方へと歩みよったがために勢いよく前へと突進することとなり、そのうえ目標であったナーフィアもいなかったがために桔梗は大きな音を立てて転んでしまった。
「あ、やべ……は、はは。……えぇっと、桔梗サマ? 大丈夫ですか?」
「……からかった上に転ぶ原因を作った人物に言われても腹立ちませんか?」
「……だったら、何て声を掛けりゃあ良いんだよ?」
「……」
微妙な表情で至極もっともな意見を言ったハフィーズに、自分の所為で国が滅ぶかもしれないと涙眼のナーフィアが言い返す。
再び二人が無言になってしまい、どうするべきなのか考えているとガバリと勢いよく頭を上げた桔梗が、心底気持ち悪いといった表情で声を荒げる。
「何ですの、何ですのっっ?! その言葉使いはっ! 先程までのように普通に喋っては下さらないのですかっっ?!」
「……あー、一応曲がりなりにも最高位精霊様相手ですし? 何処からどう見ても歩く災難としか思えない桔梗サマであったとしても多分、おそらく敬語とか諸々使わないと失礼かなあ、と。」
「……殿下、色々漏れ出しています。 隠すべきことがチラホラではなく、がっつりと見えてますから。 あと、多分やおそらくはたとえ桔梗様が相手ではあっても要らないのではないかと。」
「二人とも失礼ですわっっ!!」
詰め寄ってきた桔梗から乾いた笑いを浮かべながら、視線を反らすナーフィアの本音が漏れる言葉へとハフィーズが無表情に突っ込みを入れる。
むうっと頬を膨らませた桔梗は、すぐに良いことを思い付いたとばかりに満面の笑みを浮かべた。
「では、ナーフィア。 これより先、わたくしに今のような態度を続けるというならば、それこそがわたくしの意に沿わぬ不敬と致しましょう!」
「はあっ?! お前何言ってんだ?!」
「……は? 一体何を仰っているのですか?」
良い考えだとばかりに輝く笑顔を浮かべた桔梗の言葉に、ナーフィアとハフィーズは驚きの声を上げる。
「オーホッホッホッホッホッ!
敬語とは相手を敬い、敬意を現す上で使う言葉! 敬語を使うナーフィアの言葉を受け取っているわたくしが、それに不快感を感じ、不敬に思うならば即ちそれは敬語では無く不敬語!!
わたくしが敬意を感じ、好意的に受け止めるならば他者から聞けば不敬であるどんな言葉であったとしても、わたくしにとっては敬語となるのです!!」
オーホッホッホッホッホッ、と高笑いを続ける桔梗の姿と言葉に、ナーフィアとハフィーズはポカンとした表情を浮かべてしまう。
「……おいおい、なんつー強引でメチャクチャな理論だよ……」
「しかも、桔梗様のあの様子では本気で仰っていますよね?」
桔梗は諦めの混じった表情を浮かべる二人の様子を無視して、ナーフィアをビシリと指さし話を進めていく。
「メチャクチャでも、強引でも良いのです! わたくしは表面を取り繕ったナーフィアと仲良くなりたい訳ではないのです! ちゃんと本心から話すナーフィアと会話を交わしたいのですわ!!」
「……今までだってちゃんと本心から話をしていただろう?」
桔梗の言葉にナーフィアは心底分からないと眉を寄せる。
「違いますわ! 言っておきますがナーフィア! わたくしにとって、他の人間に比べれば気に入っただけの人間であるならば取り繕った態度など気にも留めませんわ!
ですが、わたくしはそれなりに永い時間を生きて参りましたが、貴方ほど気に入った、仲良くなりたいと思った人間はおりません。 わたくしの作った人形の外見に惑わされることなく、わたくしが籠めた想いに気が付いてくれた希有な魂の持ち主である貴方と、取り繕わない言葉で会話を交わしたいと思ったのです。」
桔梗の真っ直ぐすぎる言葉にナーフィアは何と応えて良いのか迷ってしまった。
桔梗のいう言葉がまるで王子であるナーフィアではなく、ただのナーフィアと会話を交わしたいと言っているように聞こえたからだ。
王子という身分を通して繋がっているナーフィアの人間関係。
王族として生まれたからには、親や兄弟達と言葉を交わすにしても最低限の王子としての振る舞いが求められるのは当然のことだと考えていた。
だからこそ、己の大好きな縫いぐるみや可愛い物が大好きな性格を必死に押し殺し、隠し続けていた求められる外見に見合った王子像をいつの間にか演じていたナーフィア。
それは、ナーフィアにとって呼吸をするかのように当たり前のことだった。
「ナーフィア、わたくしにとって貴方の持つ王子だとか帝国の王族という身分は何の魅力もなければ、意味もありませんわ。
だって、わたくしが好ましく思ったのは可愛い物が大好きで、縫いぐるみを作るのが上手なぶっきらぼうな乙女心を解する少年ですもの。」
ナーフィアの心は桔梗の数々の言葉に戸惑い、理解できない感情に震えてしまう。
だが、それでもたった一つだけ分かることがある。
「おいおい、桔梗。 どんだけ俺のことが大好きなんだよ。」
「普通に友人のように好ましく思っておりますわよ?」
「いーや、今の言葉は他人が聞いたら熱烈な愛の告白だと受け取ると思うぜ。」
「んなっっ?!」
低く喉で笑うナーフィアの言葉に一瞬で林檎のように顔を紅く染めて、ワタワタと言い訳のような言葉を並べ始める桔梗の姿に、いよいよ笑いが止まらなくなるナーフィア。
「本当に訳がわかんねえ奴だよな。 だけど、まあ友達くらいにはなっても良いぞ。 そん変わり、先に言っておくけどよ、俺はメチャクチャ口が悪いし、今までみたいに遠慮はしないぜ? それと、俺のことで国を巻き込むのも無しだからな。」
慌てる桔梗の姿を見れば見るほにど止まらない笑いの所為で涙すら浮かんできた眼を苦笑したハフィーズからハンカチを受け取り拭きながら、ナーフィアはニヤリと笑う。
「オーホッホッホッホッホッ!! 相手にとって不足無しっ、どんとこいですわ!!」
ナーフィアの言葉に桔梗はパッと表情を明るくして、普段以上に嬉しそうな高笑いを響かせるのだった。




