ダリアの心とふぁんしーと…… 前編。
晴れ渡った美しい青空が続き、“精霊召還の儀”に向けて勉学に励む少年少女達が通う学舎に、妖しい笑い声が響き渡る。
「オーホッホッホッホッホッ! 次の短編集のお題は“とある王国の幼なじみ三人組”! これで決まりですわね!
……うふふ、わたくしの“萌えを愛する同士探知能力”という名の乙女の感による素質のありそうな乙女達へのさりげなーい、且つチラリと興味を惹きまくるように魅せて差し上げた甲斐があったというものですわ!」
胸元に大切そうに薄い本を抱きしめ、機嫌よさげに廊下を歩く桔梗は今にも歌でも歌い出しそうなほどだった。
「……ん?」
そんな機嫌が良い桔梗が裏庭の見える窓のある廊下に差し掛かった時、微かな人の声が風に乗り開いた窓より聞こえてきた。
裏庭という人気のない場所で誰かの声がすることを不思議に思った桔梗は、窓より身を乗り出して外を確認する。
「……あらまあ! これぞ乙女の事件ですわ!!」
裏庭の様子を眼にした桔梗は、瞳を爛々と輝かせて身を翻し、空き教室の一つへと駆け込んでしまう。
教室の中から出てきた桔梗の服装はすでに学院の女生徒用の制服ではなかったのだった……。
嬉々として裏庭へと向かう桔梗が窓から眼にしたもの、それは一人の令嬢が複数の令嬢達に囲まれている姿だった。
※※※※※※※※※※
「いい加減にして下さらないかしら? お前達のような貴族としての品位を貶めることしかできない方々の居場所など、この伝統あるエレメンタル学院には有りませんわ。」
銀色の緩やかなウエーブの掛かった髪に、目元にある泣き黒子が印象的な伯爵令嬢、プリシラ・タルイットを筆頭にした数人の令嬢達が、嫌悪と怒りの混じった視線でダリアを取り囲み見つめていた。
「……申し訳ありません。 リリィベルには私からきつく言って……」
「話になりませんわね。 その言葉は何度目ですの?」
ビシリと手に持った美しい飾りの付いた扇をダリアへと向けるプリシラ。
ダリアはプリシラの言葉に瞳を揺らし、強い眼差しを向けてくるプリシラへ視線を返すことが出来なかった。
そんなダリアの表情にプリシラは一瞬だけ苦しそうな表情を浮かべるが、すぐに感情を押し殺して口を開く。
「……曲がりなりにも、私の幼なじみであったはずのダリア・コリンズ伯爵令嬢! 貴女へと最後の忠告を致します。」
「……プリシラ……」
幼い頃にリリィベルの侍女に選ばれて以降、滅多に会うことは無かったけれど、幼き頃は姉妹のように仲睦まじかった二人。
悲しげなダリアの顔を眼にして、心に浮かんでしまった幼い頃の思い出を振り払うかのように、さらに瞳に力を込めたプリシラは、友と思っているダリアと決別することになろうとも、ダリアの身を護るために忠告することを決意していた。
「コリンズ伯爵令嬢、貴女は分かっているのですか?
彼女の行動はいずれ貴女にとって大きな災いとなりますわよ。 貴女が……貴女が本気で彼女のことを思うのでしたら、平手打ちをしてでも止めるべきですわ。……これ以上、他の貴族達の不興を買ってはなりません。」
「私のことを心配して下さってありがとうございます。……ですが、私はリリィベル様を信じると決めたのです。 私まで離れてしまえば、あの方は本当に独りぼっちになってしまう。」
己を心配してくれて厳しい言葉を掛けてくれているプリシラへと、感謝しながらもダリアにも譲れない気持ちがあった。
「……プリシラ、私もリリィベル様が私の言葉に耳を貸して下さっていないのも、……私を見て下さっていないことも分かっているのです。」
「でしたら!」
ダリアは儚げな笑みを浮かべて頭を横に振る。
「これから先も、リリィベル様は私のことを振り返ることもなく、私の言葉も届かないかもしれません。 ですが、私が諦めてしまえばおそらく誰の言葉もリリィベル様に届くことが無くなってしまう。」
「……貴女は、あの愚か者の犠牲にでもなるつもりなの? あれに、それだけの価値があるとでも?」
不愉快な感情を隠しもしないプリシラの表情に、ダリアはクスリと笑ってしまう。
ダリアの脳裏には、初めて出逢った時のリリィベルの邪気のない満面の笑みや、リリィベルの後を追って転んでしまった自分へと駆け寄り手を差し出すリリィベルの姿など、今まで共に過ごした日々の思い出が色褪せることなく刻まれていた。
そして、学院に入ってからのリリィベルの言動を見守り続けていたダリアは同時に思ってしまう。
私達は何処で道を誤ってしまったのだろうか、と……。
「犠牲ではありませんよ。……プリシラには信じられないことかもしれませんけれど、昔から確かに猪突猛進で思い込みの激しい困った所もリリィベル様には有りましたが、特に拍車が掛かったのはここ最近なのです。……だから、どんな手段を用いることになろうとも必ず屈託のない笑顔を浮かべていた頃のリリィベル様に戻って頂きます。」
「ダリア……」
周囲でダリアとプリシラの会話の行方を静かに見守っていた令嬢達も息を呑む。
プリシラへと何かの覚悟を決めた眼差しを向けたダリアは、最初の瞳を揺らしていた姿を消し去り を見つめ返すのだった。
プリシラはそんな決意を、覚悟を決めてしまった友人の姿に歯がみする。
他の誰もが気が付いて無くても、プリシラは気が付いてしまったのだ。
ダリアが此処まで忠義を尽くし敬称を付けて対応する人物、それが一体誰なのかを。
様々な思惑が絡み合い、大切な友人はプリシラの手の届かない、どうすることも出来ない場所へとすでに足を踏み込んでしまっているのだ、と。
一貴族の、伯爵令嬢でしかない己ではどうしようも出来ない友の行く末が、少しでも明るい物で有る事を祈るしかできないことがプリシラには辛く、悲しい気持ちで心が溢れてしまうのだった。
そんな令嬢達の会話を、庭師達が丹精込めて美しく整えた草木の合間から聞いていた者がいた。
「(……あの大人しいだけの子供だと思っていた侍女が、このようなことを思っていたとは……驚きですわね!)」
ジャスティマンの衣装に身を包んで草木に溶け込むように隠れていた桔梗は、驚き眼をしばたたかせていた。
「……ですが、折角衣装に身を包みましたのに完全に登場するタイミングを失ってしまいましたわ……」
むう、っと悔しそうな表情を浮かべる桔梗は思わずガサリと音を立ててしまった。
「っ?! 其処にいるのは誰ですのっっ!!」
「「「っっ?!」」」
その物音に令嬢達も、今までの会話を他者に聴かれていたかもしれないと固い雰囲気を纏う。
令嬢達を代表するようにプリシラが声を上げれば、桔梗は思わず巡ってきた登場の機会に歓喜した。
「オーホッ……わーはっはっはっはっ!!」
妖しい高笑いが裏庭に木霊する。
令嬢達が余りの怪しさ満点な笑い声に怯え、身体を緊張に硬くするなか、プリシラだけは怯むことなく警戒を続ける。
「乙女の嘆きに呼び出され、健やかな少年少女が集いし学院に巣くう悪を討つっ!
人呼んでっ愛と平和を護りし正義の戦士! ジャスティマンっっ!!」
「(……なんですの、あれは?)」
「(プリシラ様! 駄目ですわ! 眼を合わせては!)」
「(そうですわ! きっと、眼が合うと懐かれてしまいますわ!)」
「(いいえっ! きっと呪われてしまいますわ!)」
「(……あの、皆様それは言い過ぎでは……。 ですが、まさかリリィベル様の仰っていた存在に会うことになろうとは思っておりませんでした……本当にいたのですね……)」
ビシィィッッと会心の登場ポーズを決めた桔梗は満足げな笑みを浮かべ、令嬢達は予想を遥かに超えた存在に呆然としてしまうが、それぞれの感想を小さな声で囁き合う。
「幼き頃の友情と、忠義の心に揺れし健気な儚げ系侍女よ!」
「……え?……えっと、私のことでしょうか……?」
ビシィィッッっとダリアに向けて指を指す、ノリノリな桔梗は芝居がかった大袈裟な言動で令嬢達の心を置き去りに話を進めていく。
「そう、君のことだっっ!
健気な儚げ系侍女よ! 俺様が参上したからには、大海を旅する不沈の戦艦に乗ったかの如く安心するが良い!! 君の悩みを今すぐこの俺様が万治解決して見せる!!」
威勢のいい台詞を言いながら、別のポーズを決めたジャスティマンの身体から眩い光が立ち上ぼり始める。
あまりの出来事に、理解と対応が追い付いていない令嬢達が警鐘を鳴らす本能に従い退避しようと行動を開始したが、時すでに遅くジャスティマンの魔法は完成してしまった。
「要するに、あの猪突猛進怪人に警告を発するその他大勢が必要なのだろう? ならば話は簡単だ!」
ジャスティマンを中心に発せられていたまばゆい光は徐々に消えていき、消えた光の変わりに現れたかのようなその“存在達”。
「……ふう……」
「……眩暈が……」
「……わたしも……」
その姿を眼にしたダリアとプリシラ以外の令嬢達は、悲鳴を上げることなくゆっくりと座り込むように倒れ、気絶することで自分たちの心を護った。
「俺様がこの学院に来るに辺り、改良に改良を重ねた新たなる我がふぁんしーで、きゅーとな部下達!! 早速お前達の出番がやって来たぞ!」
フルヘルメットで隠れて分からないながらも、おそらく笑顔を浮かべているジャスティマン曰わくふぁんしーで、きゅーとな部下達の姿に絶句するダリアとプリシラ。
彼女たちは表情を引き攣らせ、心の底から思った。
“ああ、私達もみんなと同じように気絶したかった……”と。




