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マリーロゼと自覚した心。


 運命かもしれないと、ときめいた柊との出会いからリリィベルの行動に変化が現れた。


 今までのように意中の男性陣を追いかけるには追いかけるのだが、その頻度は下がったのだ。

 最初は、何かを企んでいるのかもしれないと身構えていたアルテミス達だったが、その理由はすぐに判明した。


「あっあの! アグニ様、わた、私と一緒に次の講義は並んで……きゃあぁぁっっ! 恥ずかしいっっ!」


「ア、アア、アグニ様! 宜しければ、一緒に……その……きゃあぁぁっっ! 言えないわ!」


「ええっと……こ、これを受け取って……きゃあぁぁっっ! これ以上はムリよっっ!」


 ……この数日、何度か柊に話しかけようとするリリィベルの姿が見られたのだが、その度にボフンッと顔から湯気が出そうなほどに紅く染め、キャアキャアと悲鳴を上げながら言葉の途中で逃げていくのだ。


 そして、何かに付けては柊へと熱い眼差しを贈り続け、その視線に気が付いた柊が視線を向ければ慌てて顔をそらし、柊が顔を向けるのを止めれば再びリリィベルが熱い眼差しを送るという姿が見られていた。



 そんな変わってしまったリリィベルの言動に違和感を感じていた最高位精霊達とアルテミス、そして事情を知っているマリーロゼとベアトリスは全ての講義終了後に王族専用の学院内にあるサロンに集まっていた。


「……ねえ、これは一体どういうことなのかな……?」


 余りのリリィベルの行動の変化に首を傾げたゆうりは、とても不思議そうに言葉を紡ぐ。


「オーホッホッホッホッホッ! ずばり恋する乙女ですわね!!」

「……桔梗のアホと同意見なのは癪だが……柊、不憫な奴だな……」

「……コリンズ伯爵令嬢の考えは、私にはよく分かりません……」

「妾にも全くわからないわよん。 でも、尊い柊の犠牲で全てが丸く収まったことだけは確かねん。……柊、貴女の犠牲は三日くらいは忘れないわ。……さっさと成仏しろよ。」


 高笑いしながら桔梗は答え、蓮は同情する眼差しを柊へと送り、ベアトリスは困った笑みを浮かべ、牡丹は合掌した。


「ちょっと待て! 相手がどういうつもりなのかは、まだ分からないだろうっっ?!

 それと、牡丹っっ!! お前は犠牲になった存在を三日しか覚えて無いのかっっ?! それ以前に俺はまだ死んで無いっっ!!!」


 散々な言いぐさに狼狽した様子で柊は椅子を蹴り倒すほどの勢いで立ち上がり、それぞれに対して抗議の言葉を叫ぶ。


「……うふふ。 良かったですね、柊様? 彼女のような可愛らしい美少女に恋い焦がれられて?」


 抗議の声を上げる柊に対し、口を開いていなかった人物の言葉にビクリと反応する柊。


「……ま……マリーロゼ……?……何を……その……怒ってるんだ?」

「あら? 柊様は面白いことを仰いますのね?……私の何処が怒っていますの?」

「……だ……だが……」

「怒っていますの?」

「……何でもない……」


 柊に対して静かに笑顔を浮かべたマリーロゼが、口元を扇で隠しながら美しい完璧な笑みを浮かべていた。

 ……だが、笑みを柊へと浮かべているはずのマリーロゼのその眼差しは氷のように冷え切っていた。


「……まあ、何を持って柊を獲物……じゃなかった標的に選んだかは定かではないが、今のところは警戒して置くくらいか?」

「オーホッホッホッホッホッ! わたくしがしっかりと見張っておきますわっ!」

「……ま、その内飽きるでしょ!」

「そうよねえ……あ、マードレ? 折角だからこのままフェリシアに行かない? 桜ちゃんがお団子作るってこないだ言ってたわよん。」


 話は終わりとばかりに、別の話題へと変わっていく中で一人柊は焦った声を上げる。 


「おいっっ! あいつが飽きるまで俺の状況はこのままなのかっっ?!」

「あらん? しょうが無いじゃない? あれが餌である以上は、命を奪う訳にはいかないでしょ?……ぷぷっ」

「牡丹っっ!! お前、絶対面白がっているだろうっっ!!!」


 まるでじゃれ合うかのように笑いながらからかう牡丹と、ムキになって怒る柊。

 その姿を少しだけ離れた椅子に座ったマリーロゼは困惑したような、悲しげな表情を浮かべていたのだった……。



※※※※※※※※※※



 学院内のサロンに集まった日の夜。

 普段通りにソレイユ寮を抜け出して来たゆうりは、早速狼の姿に戻ってマリーロゼの隣で丸くなっていた。


「お姉様、起きていらっしゃいますか……?」

「うん? どうしたの、マリーロゼ?」


 部屋の明かりを消して、眠る体勢に入っていたゆうりは小さな声で己を呼ぶマリーロゼの声に眼を開けた。


「起こしてしまって、ごめんなさい。」

「まだ寝付いてなかったし、大丈夫だよ。 それよりも、どうして不安そうな顔をしてるの?」


 ゆうりは顔をマリーロゼの方へと向け、首を傾げる。

 窓から入る月明かりに照らされたマリーロゼの顔は何処か困惑したような、心の中に不安を抱え込んでしまった表情をしていた。


「……ねえ、お姉様? 私は最近可笑しいのです。」

「可笑しい?」

「はい。 コリンズ伯爵令嬢が牡丹様達を追いかける時は不愉快ではありましたが、それ以上は特に何も感じていませんでしたの。」


 マリーロゼは心の中を整理するかのように、ぽつりぽつりと語り出す。

 何となくマリーロゼが戸惑っている理由が分かったゆうりはどうしたものかと、マリーロゼの言葉を聴きながら思考を巡らせていく。


「えっと……柊のこと……かな?」

「どうしてわかりましたの?」

「うん……なんとなくね。」


 ゆうりの言葉にマリーロゼは驚き、眼を丸くする。

 多分みんな薄々気が付いてるんじゃないかな、という言葉を呑み込んでゆうりは無難な言葉を返す。


「……なんとなくですか……お姉様? お姉様もこのような気持ちを経験したことが有りますか?

 最近の私は、やはり可笑しいのです。 だって、彼女が柊様に近付く姿を見ると胸の辺りがモヤモヤするのです。……柊様に近付かないで欲しいと思ってしまうのです。」

「……うん。」

「彼女に好意を示される柊様のことも嫌だと思います。……愚かなことですが、柊様に対してまで苛立ち、八つ当たりのような言動をとってしまうことすら有るのです。」

「……」


 その時の柊への態度を思い出してしまったのか、落ち込んでしまうマリーロゼ。


 ゆうりは色んな意味で複雑な気持ちだった。

 まさか、己の子供である柊へとマリーロゼが恋心を抱くとは思っていなかったのだ。

 誤魔化すことは簡単だが、大人へとなろうとしている多感な時期であり、恋心に心を揺らしてしまっているマリーロゼを前にして今のゆうりは自分の気持ちを、マリーロゼをとられたくないという独占欲を優先して丸め込もうとは思えなかった。


「……ねえ、マリーロゼ。 眼を閉じて、私の言葉を頭の中で思い浮かべてみて。」

「え?……分かりましたわ。」


 ゆうりの言葉に素直に眼を閉じたマリーロゼ。

 出会った頃に比べて本当に大きくなったなあ、と感慨深げに見つめながら寂しげな笑みを浮かべたゆうりは語り出す。


「ここからはもしもの話だよ。

 例えばさ、柊の側にいるのが彼女じゃなくてベアトリスやスカーレットだったとする。」


 ゆうりの言葉にその光景を思い浮かべたのかマリーロゼは微かに眉を寄せる。


「それで、柊がその子の手を取って、滅多に見せない微笑をその子にだけ向けてるの。」

「……」


 続けられたゆうりの言葉にますます眉を寄せてしまうマリーロゼ。

 

「……それを見つめる事しか出来ないマリーロゼは、今どんな気持ち?」

「……悲しいですし、辛いですわ。……嫌だと、私に背を向けないで欲しいと思います。」


 マリーロゼの悲しげな言葉に、この言葉を続ければきっと自覚しちゃうんだろうなあ、と思いながら苦笑してしまう。

 どうして子供の成長ってこんなにも早いのかな、などと一抹の寂しさを宿した声音でその言葉を口にする。


「……じゃあ、その相手がマリーロゼだったら?」

「えっっ?!」

「はい、眼を開けない。」


 ゆうりの言葉に面食らってしまったマリーロゼは、慌てた様子で眼を開けてしまう。


「ですがっっそんなこと有るはず……」

「良いから閉じて思い浮かべる。」

「……」


 戸惑いながらも素直に眼を再び閉じて、ゆうりの言葉を思い浮かべ始めるマリーロゼ。


「……柊が目の前にいるの。 マリーロゼの両手を握って、引き寄せて、抱きしめて、耳元で“愛してる”って「これ以上は許して下さいましっ!」……大丈夫?」


 ゆうりの言葉を忠実に思い浮かべていたマリーロゼは、羞恥の余り頬を薔薇色に染め上げて潤んだ瞳で悲鳴のような声を上げ、ゆうりの言葉を中断させた。


「……うぅ……お姉様……」

「あは、ごめん。 でも、分かりやすかったでしょ?」

「……」


 マリーロゼの首まで紅くなった顔を覗き込みながら、複雑な思いを押し込めてゆうりは苦笑する。

 己の顔を覗き込んでくるゆうりへと、居たたまれない様子のマリーロゼは紅くなった顔を隠すようにフイッと視線を反らしてしまう。


「お姉様は……もしや私は……」

「うんっ! 立派な恋する乙女だね……柊に。」

「っっっ!!」


 恋する乙女という言葉にさらに顔を紅くしたマリーロゼは無言で悶えてしまう。

 ゆうりはそんなマリーロゼに追い打ちを掛けるように、マリーロゼが不思議がっていた最近の可笑しいと感じていたことを説明し始める。


「あはー、要するにマリーロゼが感じてたのは嫉妬と独占欲じゃないかな? 他の女の子達に対して、恋い慕う相手である柊をとらないで欲しい。 柊にも己以外の異性に笑顔や優しさを向けないで欲しいとかさ。」

「……私ったら貴族の娘でありながら何て感情を……」


 貴族の娘として生まれた以上、バルトルトが嫁ぐように決めた相手に向けるべき感情を柊へと抱いてしまった己の愚かさに唇を噛みしめる。


「……あんまり難しく考えない方が良いよ。」

「ですがっっ!!」

「……あのさ、マリーロゼ。 忘れているみたいだから言っておくけど、ある意味最高位精霊である柊に嫁ぐ方が王族に嫁ぐより難しいからね? 人間の利害関係や立場に関係なく、精霊は気に入った相手しか側に置かないのだから。」

「……それは……」


 マリーロゼは困惑した表情を浮かべてしまい、その姿にゆうりは微笑む。


「まあ、私達精霊の花嫁に人間がなるのはとても覚悟がいると思うよ。 だって、生きる時間が違いすぎるもの。」

「……時間……」

「私達は永遠に近い時間を生き続ける。 でも、人間はどんどん老いて姿も変わり、百年も満たない短い生を終えて私達を置いて行ってしまう。」

「お姉様……それは……」


 精霊と人間との間にある時間という名の決定的な違いをマリーロゼは初めてゆうりに突きつけられてしまった。

 この先、己がどんなに年老いて姿が変わり、ゆうりにとっては短すぎる生を終えたとしても、今と変わらない姿でマリーロゼのいない世界をゆうりは生き続ける。

 そして、それはマリーロゼが恋した相手である柊も同じなのだ。


「……私は……」


 貴族としての役割、恋した相手と違う時間。

 思い悩み始めたマリーロゼは、少なくとも全てが終わるまでは恋心に蓋をしようと結論を出す。

 そして、ふと己と同じようにゆうりへと恋した人物がいたことを思い出す。


「お姉様は、もし人間から恋心を向けられたらどうされますか?」

「え、有り得ないでしょ。」

「もしもですわ。」


 マリーロゼの言葉に今度はゆうりが困惑した表情を浮かべてしまう。


「……相手次第かもしれないけどさ、少なくとも私は……私が心から好きになった人ならば……もう置いて行くのも、置いて逝かれるのも、絶対に嫌だよ。」


 ゆうりの脳裏に浮かぶのは己が置いて行くことになってしまった家族や友人達。

 再び会うことが出来たとはいえ、もう二度とあんな悲しいことはごめんだと心から思っていたし、もしもこれから先に未来で誰かに恋することがあるならば、その相手にもまた置いて逝かれたくないと思っていた。


「お姉様、可笑しなことを聞いてしまって申し訳ありません。」

「あははっ、気にしないでマリーロゼ。 それよりも、そろそろ眠らないと起きれなくなっちゃうよ。」

「……そうですわね。 お休みなさいませ、お姉様。」

「お休み、マリーロゼ。」


 悲しげな表情を浮かべたゆうりへと、何と言って慰めれば良いのか分からなかったマリーロゼ。

 ゆうりは何事もなかったように笑みを浮かべ、眠るようにマリーロゼを促す。


 二人はそのまま瞳を閉じて睡魔に身を任せる。

 心の何処かに感じてしまった寂寥感から、ゆうりは眼を反らしてさっさと夢の世界へと落ちようと眼を固く閉じるのだった。



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