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ノルドリット兄妹。


 牡丹の言葉を受けて教室から飛び出し、アルテミスの元へと向かうスカーレットが人気のない廊下へと差し掛かった時、彼女を呼び止める声があった。


「スカーレット。」

「兄さん。」


 スカーレットを呼び止めた人物、それは散々リリィベルに追いかけ回されて普段以上に気怠さと疲労感を漂わせたクリムゾンだった。


「なんか凄く疲れてない?」

「お前ね、疲れるに決まってるだろう。 なんなんだよ、あの無駄にあまりある行動力と突っ込みどころ満載な思考回路のあの子。 凄い疲れるんだけど……このたった数日で、もう教師止めたいってくらい疲れ果ててるんだけど!……絶対、嫌がらせじゃん。 俺、こんなにも嫌われるような真似をあの子になんかしたっけ? 身に覚えがまったくないんだけど?」


 ため息を付きながら周囲に人目がないことを確認して、かっちりとした詰め襟の首元を緩めながらげっそりとした表情を浮かべる兄の姿をスカーレットは鼻で笑って答えた。


「ふんっ! 妹の僕が言うのもなんだけど、女と見れば見境無しに手を出してるからだろう!」

「おまっ、人聞きの悪いこと言うなよな。 俺は、来る者拒まず、去る者追わずなだけだし。 それに、相手の決まってる子や、人妻には手を出してねえから。」


 教壇の上に立っていた時にはあった多少の真面目な雰囲気や言葉使いをしていない、妹や家族に対する時の普段通りの言動をしているクリムゾンは、妹の言葉に対して顔を引き攣らせる。


「だったら、あの子の相手も適当にすればいいよ。

 ねえ? サントル騎士団長と並び称される愛の遍歴者さん?」

「いやいやいや、あいつは無理! 可愛い顔してる美少女だけど、性格があれな時点で生理的に絶対無理だから!

 後な、これだけは言っておくけど、あの野郎と俺は全然違うから。 あいつは人妻でも誘われたり、情報を得るためなら手を出すけど、俺は相手のいる子と生徒には手を出さないって決めてるから。」  

「……何そのこだわり。 どっちにしろ、複数の女性に手を出している時点で大差ないよ。 この女ったらし、色ボケ男、女の敵。」

「ぐっっ……」

 

 害虫を見るような冷たい眼差しを実の妹に向けられたクリムゾンは、日頃の行いのこともあり流石に何も言い返せなかった。


「……俺だってね、理想の女性を見つければその人以外には絶対に脇目もふらずにいる自信有るから。 俺が女の子のアプローチを断らないのは恥を掻かす訳にはいかないのと、理想の女の子だといいなという一抹の期待があるからで……」

「はんっ! 不誠実な兄さんの理想だとか言う女がそこら辺にほいほいいる訳無いよ。……だって、叔母様なんでしょう?」

「……お、おう。」


 生ゴミを見るような眼で実の妹に見られて泣きそうな、後ろめたい気分になり視線を反らしてしまったクリムゾン。


 そんなクリムゾンの初恋であり、理想の女生とは何を隠そう我らがゴーシュ騎士団長にして、スピリアル王国の最終防衛ラインであると同時に、最終戦闘兵器と名高い人類最強の生物……ではなく人物。


 “(くれない)の戦鬼”こと、ヴィクトリア・ルウ・ノルドリットだった。


 妹からの呆れたような微妙に生温かい視線を全身で感じながら、クリムゾンは何故かは分からないがますます後ろめたさを感じてしまう。


「別に俺は叔母上のような体格や強さを求めている訳じゃない。 一般的な貴族の女性にそれは酷なことだと分かってるし、騎士を目指す女性であっても叔母上程の戦闘能力を求めるのはとても難しい条件だとも分かってる。

 ……まあ、正直に言えばあの豪快な強さも叔母上の魅力だとは思う。 だが、それ以上にあの男以上に漢らしく、潔く、高潔で、何処までも高みを目指す強さ! そして、あの包容力と好奇心旺盛であり、尚且つ優しさを伴った情け深い性格! 八重歯の光る笑った顔なんてもの凄く可愛らしい叔母上と並び立つような女性はなかなかいないだろうな……」


 ウットリと、まるで恋した乙女のような表情を浮かべたクリムゾンに対して、スカーレットはげっそりとした表情を浮かべてしまう。


「……素手で人喰い熊を殴り倒し、百獣の王と言われる獅子でさえも叔母様の眼光に怯えて猫になる、王国中の騎士連中から鬼門扱いされ、叔母上の訓練を受けるくらいなら地獄の方がまだマシだと勇猛果敢な大の男をマジ泣きさせ、失神させる騎士団長。

 王国内で物理的に敵に回したくない人物順位で圧倒的に二位を引き離して長年一位の栄光を掴み続け、叔母様と戦場で闘った事がある他国の強面な将軍位に上り詰めた騎士達すら、未だに叔母様の名を聞いただけで泣き喚いて失禁するという噂が付きまとう“(くれない)の戦鬼”。

 大酒飲みの愛妻家……じゃなかった愛夫家な僕たちの叔母様であるヴィクトリア・ルウ・ノルドリットみたいな人物が複数いたら、王国だけじゃなくて世界は終わりじゃないかな。」


 女性の話をしているはずである二人の会話であるが、もし運の悪い他者が通りかかり二人の会話を耳にしたとしても決して同じ女性の話をしているとは、それ以前にスカーレットの言葉だけを聞けば女性の話だと決して思わなかっただろう。


「そうだな。 あんなに魅力的な女性が何人もいたら王国だけでなく、世界中の男達を虜にして大変なことになるよな。」

「……」

「俺がもう少し早く生まれていたらなあ……正直、あんな素晴らしい女性を射止めた叔父上が羨ましいよ。」

「……もう少し早く生まれていても結果は変わらなかったと思うけどね。」


 スカーレットは微かに頬を染めて頷く兄の姿に何とも言えない視線を送り、物理的にも数歩距離をとったのだった。


「……一生言って、そのまま独身を貫きなよ。 カーマイン兄さんもいるしね。 少なくとも、叔母様だって女を取っ替え引っ替えする兄さんの行動は好ましくないだろうし。 その内、お仕置きして貰えば?」

「えぇぇっっ?! お、叔母上にお仕置きして貰うなんてそんな恥ずかしい真似……」

「紅くなった頬に両手を当てて恥ずかしそうな期待の籠もった表情を浮かべるなっ! 何を想像してるんだっっ!!」

「え?……いや、まあ……」

「ますます頬を染めるなこの愚兄っっ!!!」


 頬を真っ赤にして何かを想像する兄と、巫山戯んなとばかりに叫ぶ妹。

 そんな二人の姿を実はずっと見ていた者達が居た。


「ふあっ、も……もう、ダメですわ……ふふふ、うふふふ……」

「で、殿下、見付かっちゃいます! も、もうちょっと、我慢、ぶはっっ」

「ヴィンセントまでっ! は、はやくあちらへ……くっ……」


 スカーレットが歩いて行く予定だった進行方向の先にある廊下の曲がり角より、三人の押し殺したような笑い声が聞こえてきた。


「っっ!」

「っっ……誰ですか!」


 誰もいないつもりで素で話をしていたノルドリット兄妹は、聞こえてきた笑い声に驚く。


「アルテミス王女殿下……」

「……」 


 スカーレットの言葉に応えるように、曲がり角の先より現れた人物達の姿を見たスカーレットとクリムゾンは苦い表情を浮かべてしまう。


「盗み聞きをするつもりではなかったのだけれど、二人の会話を勝手に聞いてしまってごめんなさい。」


 瞳に涙を浮かべて笑いを堪えるアルテミスが申し訳なさそうな表情を浮かべ、同じような顔をしたベアトリスとヴィンセントを従えて立っていたのだった。



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