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精霊王と夜空の散歩。

 

 マリーロゼとゆうりが出会って、数十日が過ぎ去った。

 特に、ゆうりが騒ぎを起こすという事もなく穏やかに時間は過ぎ去っていったのだった。

 その間、マリーロゼとゆうりは多くと時間をともに過ごす事となった。

 


 そんな穏やかな春の夜の事だった。

 雲一つ無く、美しい満月と星々が夜の闇を優しく照らす中で、二人は一緒にベッドで横になり星空を眺めていた。


「お姉様は、最初にお会いしました時に空より降りてこられましたわよね?」

「うぐっ……。 あの時は、華麗に着地を決めるつもりだったんだよ。

 それが何かこう、足を滑らせたというか、縺れたというか、うまくいかなかったんだよ。」


 白いシンプルな寝衣に身を包んだマリーロゼの言葉に、ゆうりは苦虫を噛み潰したような顔をして答えた。


「あ、悪いと言っているのではありませんの。

 ただ、お姉様は空を飛ぶ事が出来るのかと不思議に思っただけですわ。」


 マリーロゼは、ゆうりに言葉が足りなかったことで誤解させてしまったのかと急いで訂正の言葉を口にする。


「……? 言ってなかったっけ? 確かに、私は空を飛べるよ。」

「そうなのですね。 ねえ、お姉様?

 空を飛ぶのはどういうお気持ちなのですか?」

「そうだねえ、とっても気持ちいいよ。 空から眺める景色は、キラキラとしてとても綺麗だもの。」

「……。」


 ゆうりの語る空から見た景色の数々に、マリーロゼは瞳を輝かせる。


「……いつか、私も空からの景色を眺めてみたいですわ。」


 マリーロゼのゆうりを羨むような言葉に、ゆうりは何かを思い付いたような顔をする。


「あはっ、じゃあ今から夜空の散歩と洒落込もうかっ!」

「えっ!」


 戸惑った声を上げるマリーロゼを尻目にゆうりは、横になっていた身体を起こし行動を開始する。


「待って下さいましっ! 今からはさすがに無理ですわっ!

 それに、春とは言え夜は冷えますもの風邪を引いてしまいますわっ!」

「だーいじょぶ! 私がマリーロゼに風邪を引かせる訳無いじゃんっ。

 ちゃんと寒くないように結界を張るし、私の飛ぶ速さならこの国中を回ってもすぐに帰ってこれるよ!」


 ゆうりの言葉にマリーロゼの心は揺れ始める。

 理性ではダメだと思っているのに、まだ少女であるマリーロゼの好奇心が大いに刺激されてしまうのだ。


「……本当に、すぐに帰ってこれますの?」

「もっちろん!!」


 好奇心に負けておずおずと確認するように問いかけるマリーロゼは、ゆうりの自信に満ちた言葉と笑顔に頷いてしまうのだった。





「お姉様っ! 凄いですっ、本当に空を飛んでいますわっ!!」


 ゆうりの背には、初めて体験する大空に感激のあまりいつもの落ち着いた雰囲気とは違い子どもらしくはしゃぐマリーロゼの姿があった。


 そんなマリーロゼを己の背中に乗せたゆうりは、狼の姿からマリーロゼを乗せるならばと純白の天馬(ペガサス)の姿となっていた。

 ゆうりは驚く姿が見たくてわざと教えないまま、マリーロゼの目の前で天馬へ姿を変えて見せた時の、大きな瞳がこぼれ落ちそうな程に大きく眼を見開き驚くマリーロゼの姿も可愛かったなあとしみじみと思い返していた。



 天馬の姿のゆうりは、マリーロゼの声に応えるように天へと駆け上る。

 雲一つ無い晴れ渡った空に浮かぶ大きな満月の優しい光が二人を包み込み、金と銀の砂子蒔絵のような星空は何処までも鮮やかだった。


「……お姉様、ありがとうございます。

 お姉様と出会えてからというもの、男爵家の周辺しか知らなかった私の小さな世界は一変しました。

 世界はとても広いのだと、知らない事はたくさんあるのだという事を思い知りましたわ……。」


 マリーロゼは、天馬の姿を取っているゆうりの背中で静かに言葉を紡ぎ出す。


「……。」

「お姉様、今まで私は叔父様達から与えられていた事しか学ぶ事をしていませんでしたの。」


 マリーロゼは、己の過去を振り返るように静かに目を閉じる。


「ですが、それだけではお母様のような立派な淑女にも、叔父様が一目置く精霊であるお姉様の契約者となるにしても足りない物が多すぎる事を知りましたわ。」

「……人間や貴族の事情や学ぶ事は私には分からないよ。 でも、マリーロゼは自覚できたならば良いんじゃないかな。」


 ゆうりは、“自覚も何もないアホな貴族のボンボンなんていくらでもいるしね”という個人的な感想はあえて言葉にすることはなかった。


「……私は男爵家とはいえ貴族の家系に生まれた以上、もっと早く自覚すべきでしたわ。

 貴族という立場を理解して、自身の知識の少なさや見識の狭さも自覚して、己から学ぶ姿勢を示すべきでしたの。」


 マリーロゼは思いを馳せる。

 小さな男爵領という箱庭の中で、己は優しい母親や叔父達に見守られ真綿でくるむように大切に育てられ、与えられた環境に満足していただけだった。


 しかし、ゆうりと出会い、精霊達と出会い、世界はとても広く、未知なる物がたくさんある事を知った。

 世界が広がっていったことで、知らない事がたくさんある事も、貴族として未熟すぎた事を自覚したのだ。

 

「……ねえ、お姉様。」

「なーに?」

「いつか、私は貴族としても、淑女としても、立派に成長して見せますわ。

 ですから、これから先の私の成長する姿を見て下さいませ。

 そしてお姉様から見て、私がお姉様の契約者として相応しく成長していましたら、どうか私と契約を結んで頂けませんか?

 私は、私の世界を広げてくれて、未熟な私を大好きだと言って下さるお姉様と契約を結びとうございます。」


 マリーロゼは心に誓う。

 いつか必ず、このスピリアル王国で一番と認められるような淑女へ成長することを……。

 そして、己の至らなさを気付かせてくれて、世界を広げてくれたゆうりの契約者として相応しく成長してみせる事を……。


「もっちろんだよっっ!!!」


 マリーロゼの言葉に心から嬉しそうな声を上げるゆうりへ、マリーロゼは固く心に誓うのだった。



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