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砂漠の主従とヒーローの正体。


 王立エレメンタル学院敷地内にある王族専用のサロンに突然三人の人影が空中に現れる。


「うおっ!」

「っ!」


 突然地面が消えてしまった感覚に驚きながらも、しっかりとナーフィアとハフィーズは危なげなく床への着地を決めた。

「さてと……わーはっはっはっはっ! 怪人の魔の手の迫る危ない所だったな、乙女心を解する少年よ!」

「「……」」

 腰に両手を当てて高笑いするジャスティマンの姿に、突っ込むべきなのか、知らない振りをするべきなのか逡巡する二人の様子に構うことなくジャスティマンは話を進めた。

「正義の味方であるこの俺様が正体を明かすのは最大の禁忌っ!

 しかぁしっっ! これも全ては余のため人のため! 俺様は禁忌という言葉に怯むことなく正体を明かすこととしよう!……俺様、いや、わたくしは……」

「「エアデ様ですね。」」

 勿体ぶったノリノリの言い回しで正体を明かそうとするジャスティマンへと、ナーフィアとハフィーズは半眼した眼差しを向けてさっさと終わってくれとばかりに言い放った。

「ええぇぇぇっっ?! 何故ですのっ?! バッチリ、しっかりと完璧な変装をしたはずでしたのに、どうして分かったのですかっ?!」

 ナーフィアとハフィーズに言い当てられた事に、フルヘルメットをスポンッと外したジャスティマン改め、桔梗は心底驚いた表情を浮かべる。

「……普通は分かると思いますが……」

「……エアデ様以外にあのような行動を取り、尚且つ転移などという真似ができる人物は多くないと思います。」

 ため息を付きたいのを我慢して正体が分かった理由を説明する二人へと、がーんっという音が響きそうな衝撃を受けた表情を桔梗は浮かべる。

「……何てことですのっ! わたくしの完璧なる変装を本気で見破るとはっ!……二人とも、やりますわね!」

「「……」」

 桔梗の言葉にますます二人は疲労感を感じずにはいられないのだった。


 桔梗はその場でクルリと回り、ジャスティマンの衣装から学院の女生徒の制服姿へと服装を変化させる。

「オーホッホッホッホッホッ!

 正体を見破られたことはまずは置いておきましょう。 時間もあまりないですし、単純明快に言いますわ! わたくしはムッティに貴方達と言うよりはナーフィア、貴方のことを責任もって対処するように言われてますの!」

 高笑いと共に発せられた言葉の内容と、何故か桔梗が身につけている学院の制服姿にナーフィアとハフィーズは困惑してしまう。

「……エアデ様、私のことを対処とは一体どういうことですか? それに、私の対処をエアデ様に命じたムッティとは?」

 まさか、と思いながら桔梗へと問いかけたナーフィア。 精霊の世界のことなど人間であるナーフィアには人智の及ばないことであるが、最高位精霊だという桔梗へ命令を下せる存在など、どう考えても伝説に登場する世界を創造したという人物しか思い当たらなかった。

「あら? ムッティとはわたくしのお母様のことですわ。 即ち、我ら精霊の母であり、世界を創造せし精霊王様のことです。」

 当然でしょう、とばかりに返された桔梗の言葉にその答えを想像していたとはいえ、二人はスケールの大きい話に絶句してしまう。

 そんな二人の脳裏には桔梗に輪を掛けて突っ走る母親だという高笑いする精霊王の姿が思い浮び、今すぐ部屋に籠もり現実逃避したくなった。

「なんだか失礼な想像をしておりませんか?」

「……イエイエ、そんなことは有りません。」

 二人の思考を読まずとも感じ取り、ジトッとした眼差しをナーフィアへと送る桔梗にナーフィアは眼を反らしながら答えた。

「……まあ、良いですわ。」

 納得した表情ではなかったものの、普段とは全く違った真面目な雰囲気を纏い始めた桔梗の姿に、現実逃避しかけていた二人の思考が呼び戻される。

「わたくしの精霊契約を交わす予定のナーフィア。 そして、桜の精霊契約を交わす予定のハフィーズ。 貴方達には、この学院でこれから巻き起こるであろう“戦い”を話しておかなければなりません。……ナーフィア、貴方は特に細心の注意を払って言動や関わる人間を選択しなければ全てを失うだけでは済まなくなるでしょう。」

「……!」

「何をっっ」

 告げられた内容に眼を見開いた名前を挙げられた本人であるナーフィアよりも、従者であるハフィーズの方が桔梗の言葉に敏感に反応する。

「今此処で全てを話す時間はありませんわ。 詳しい話は本日の全ての授業が終わった後にこの部屋で行います。」

「この部屋? エアデ様、此処は何処なのですか?」

 強烈な桔梗への対応で精一杯だった二人は、自分たちが桔梗によって何処に転移させられたのかまだ知らなかった。

「まだ言ってませんでしたわね。 此処は、スピリアル王国の王族専用のサロンでしてよ。」

「「……っ! はあぁぁっっっ?!」」

 笑顔で告げた桔梗の言葉に二人は一瞬理解が出来なかった。 ジワジワと言葉の意味を呑み込むことができた二人は、自分たちのいる場所の余りのまずさに悲鳴を上げずにはいられなかった。

 自覚は無かったとはいえ、スピリアル王国の王族専用という名を掲げている部屋へと無断で侵入してしまったのだ。

 あまりのまずさに二人は冷や汗をかき、顔色を青ざめさせる。

「あら、どう致しましたの? 二人とも真っ青ですわ。」

 二人の胸中を理解できていない桔梗は不思議そうに頭を傾げる。

「エ、エエ、エアデ様っ今すぐこの場から私達を転移させて下さい!」

「わたくしの名はエ、エエ、エアデでは有りませんわ。 そうですわね、二人には桔梗と呼ぶことを許しましょう。 このわたくしの名を呼ぶ栄誉を自慢して下さって良いですわよ! オーホッホッホッホッホッ!!」

 誰かに不可抗力とは言え部屋の中にいる姿を見られないうちに、この部屋の中から立ち去りたいと焦った様子で桔梗へと詰め寄るナーフィアへ桔梗は高笑いで答える。

「だあぁぁぁっっ!! ぜんっぜんっ、話が通じねえっっ!!」

「っ! ナーフィア、窓の外も駄目だ! 警備兵が外にいる!」

「マジかっ! 畜生、どうすれば……」

 慌てて逃走経路を探す二人へと、のほほんとした様子で何故二人が慌ててるのか分からないがその姿を面白うそうに眺めていた桔梗が声を掛けた。

「よく分かりませんが、この部屋に入る許可は貰っていますわ。」

「あ? 何を言ってやがるんですか? 王族の許可を貰ってるとのたまうんですか、正義大好き精霊様?」

「ナーフィア! 言葉使いが崩れている上に、本音が漏れているぞ!」

 良いとは言えない状況に焦った表情で桔梗へと言葉を返すナーフィアへ、ハフィーズは頬を引き攣らせて諫めようとする。

「まあ! 正義大好きなんてそんなに褒めないで下さいまし!」

 頬を押さえて照れくさそうに笑う桔梗に、一度殴ってしまいたいとばかりに拳に力を込めるナーフィアを全力でハフィーズが取り押さえる。

「うふふ、許可はちゃんと王族としてわたくし達と共に学院へと通うことになっているムッティから貰っていますの。 ですから、二人がこの部屋にいても可笑しくはありませんわ。 流石に、わたくしは一緒に外へと出る訳にはいきませんけれど。」

 殿方と一緒にいたと誤解されるのは恥ずかしいですもの、と告げた桔梗に二人の頬が引き攣る。

「わたくし達と学院に……?」

「王族として通う……?」

 二人の脳裏に浮かんだのは現在この学院に唯一席を置いている王族であり、入学式の数日前に正式に挨拶を交わした人物である王女アルテミスの姿だった。

 桔梗から何処からどう見ても人間にしか見えなかった王女の正体を告げられた二人は、驚愕の悲鳴を再び上げずにはいられなかったのだった。

 しかし、桔梗の貼っていた結界によりその悲鳴は部屋の外に漏れることはなかった……。



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