精霊王と変わり者の叔母様。
マリーロゼと行動する事が多いゆうりであったが、一緒に過ごす時間の中で他に比較すれば唯一少しだけ退屈だと思う時間があった。
それは、一日3回の食事の時間だった。
精霊王となったゆうりも食事を取る事は変わらずに出来た。
しかし、全く食事を取らずとも空腹を覚える事が無くなった事に気がついたのは、この世界に来てから早い段階であった。
その事に関して、最初はゆうりだって空腹すら覚えぬ己の身体の変化に戸惑ったものだが、永い時を過ごす内に徐々に慣れていってしまったのだった。
マリーロゼと出会って最初の食事のさいに、ゆうりの分の食事が用意されていない事に疑問を持ったマリーロゼは素直に問いかけた。
そんなマリーロゼの問いかけにゆうりは笑顔で答える、“食べれるよ”と。
その答えに慌てたのは、リチャードやヴィクターだった。
彼等は、契約精霊が人間の食事に興味を示す事もないため食事を取る事がないと思っていたのである。
「まあ、絶対に食べなきゃいけない訳でもないよ。
最近は、好きな物以外は食べてないしね。 少なくとも、私の好物は人間には用意でき無いもん。」
ゆうりの続けられた言葉にリチャードとヴィクターは、ほっと胸を撫で下ろしたのだった。
余談だが、ゆうりはフェリシアにある自分の屋敷に故郷の料理を作れるように長い年月を掛けて、料理のレシピを教え込んだ専属の料理人がいるのだった。
少なくとも、この異世界においてゆうりを満足させる料理が作れるのは彼女だけであった。
そんな男爵家の食事の時間が終わると、覚悟を決めたような面持ちでマリーロゼの叔父であるリチャードはゆうりに向き直りおずおずと口を開いた。
「……ゆうり様、少し宜しいでしょうか?」
「うん、いいよ。 どうしたのリチャード?」
そんな態度のリチャードの言葉に、頷きながら面倒な貴族の連中でも口を挟んできたのかと心の隅でゆうりは考えた。
「……近いうちに実家に用事で戻っていた私の妻が帰って来る予定なのです。 ゆうり様が宜しければ、紹介したいのですが……。」
「へえ、マリーロゼに奥さんはいると聞いてたけど帰ってくるんだ。 私も、リチャードの奥さん見てみたいから会いたいな。」
リチャードの言葉にゆうりは興味を示し、その様子を見てリチャードは複雑そうな表情を浮かべる。
「……ゆうり様、その、何というかですね。
私の妻は、名前をアイリーンというのですが、世間的には変わり者という評価を頂いている女性なのです。 私自身は好ましく思っているのですが……。」
「……変わり者?」
歯切れの悪いリチャードの説明を聞いてゆうりは、疑問符を浮かべる。
「はい……。 この貴族社会において、女性が専門的な勉学に励む事をあまり好ましく思わない風潮がある事は確かなのです。
その風潮のためか、過去の歴史を調べ、そこから学びを得ようとする妻は変わり者と言われているのです。
ですが、変わり者と言われてなお彼女は自身の好きな事に全力で情熱を傾けるような性格でして……。
まあ、そんな情熱を宿して輝く彼女の瞳や姿がとても綺麗なのですけれどね。」
「……え? 私にまで堂々と惚気ちゃうの?」
精霊王であるゆうりへ戦々恐々とした態度を取っていたリチャードが、目の前で堂々と惚気た事にゆうりは驚いてしまう。
「社交界を知らぬ私の言葉ではあまり参考にはならないかもしれませんが、私も、お母様も叔母様の事は大好きですわ。」
「マリーロゼが大好きなら、良い人なんだね!
ふふん、人間の評価基準は私には関係ないもん! マリーロゼの大切な人と仲良くなれると良いなあ、……ちょっと嫉妬しちゃうかもだけど。」
笑顔でマリーロゼの意見に賛同しながらも、マリーロゼに大好きと言われる叔母に多少の嫉妬をしてしまうゆうりだった。
その数日後に、話題のリチャードの妻は男爵家へ帰り着いたのだった。
「ゆうり様、彼女が私の妻でアイリーンといいます。 アイリーン、ゆうり様にご挨拶を。」
「お初にお目に掛かります。 リチャードが妻、アイリーンですわ。」
「初めましてっ! 私はゆうりだよ、ゆうりって呼んでね。」
「お言葉に甘え、ゆうり様とお呼びさせて頂きますわ。
どうぞ、私の事もお好きなようにお呼び下さいませ。」
濃い金色の髪に蒼い瞳の理知的な雰囲気の女性が柔らかな微笑みを浮かべて、ゆうりへ淑女の礼をする姿が有った。
挨拶もそこそこに、マリーロゼや、体調が多少は良いセレナーデを含めた女4人のお茶会が始まった。
「お姉様、叔母様は凄いのですわ。 礼儀作法やダンスだけでなく、沢山の知識をお持ちですの。」
「マリーロゼは、私を過大評価しすぎなのです。
己のやりたい事をする以上は、周囲を納得させるだけの教養を身につけたに過ぎませんもの。」
「あら、私もアイリーンの知識量の多さにはいつも驚かされていますわ。」
「まあ、お義姉様まで照れてしまいますわ。」
マリーロゼはゆうりへ大好きな叔母とも仲良くなって欲しいのか、一生懸命に叔母の良い所を語って見せていた。
「リチャードから、アイリーンは歴史が好きだと聞いたけど、どこら辺が好きなの?」
ゆうりの素朴な疑問に、セレナーデの顔が一瞬引き攣ったがすぐに平常の顔に戻る。
「……私、少しはしゃぎすぎたようですわ。 しばらくベッドで休ませて頂いた方が良さそうですわね。
うふふ、皆様申し訳ありません。 今日は、楽しかったですわ。」
「え? 大丈夫ですか? お母様、私がお部屋まで送りますわ。」
セレナーデは、優雅に立ち上がり退室する事を告げる。
そんなセレナーデに心配した様子のマリーロゼが部屋までついて行くために立ち上がる。
ゆうりもそんなマリーロゼに続こうとするが、背を向けたゆうりの身体を掴み引き留める者がいた。
「よくぞ、よくぞ、聞いてくれましたわ、ゆうり様っ!!」
「……え?」
ゆうりを引き留めたのは、蒼い瞳に情熱の炎を燃やすアイリーンだった。
爛々としたその瞳は、まるで獲物を仕留めようとする肉食動物の双眸にも似ていた。
そんなアイリーンの様子に戸惑うゆうりの目の前で無情にも、部屋の扉は閉まってしまうのだった。
「まずは、なんと言ってもロマン溢れる事ですわ!!
過去の偉人達がどんな判断を下したのか、其処に至るまでの道のり、周囲の環境っ!!
ああ、想像が止まりませんわっ! そして、そんな彼等を取り巻く文化や社会的な価値観はどのように変化したのかっ!
何よりも、人間や世界はどのように変化して、今この時代に繋がっているのかっ!!
謎を一つ、一つ、解き明かすような、あのわくわくとした高揚感っ!! ああ、もう、たまりませんわっっ!!!
後は………」
「……もう、勘弁して……。」
アイリーンの止まらない情熱を語る声は、夜更けを過ぎても終わる事はなかったのだった。




