最高位精霊の戦い 中編。
何処までも広がる砂漠の中に点在するサッビアレチント帝国領内にあるオアシスに、ハフィーズを初めとした護衛の男達に囲まれたナーフィアの姿が有った。
「……だあぁぁっっ!くっそ!
……スピリアル王国の学院になんざ……行きたくねえ……」
「……殿下……お気持ちは分かりますが……」
サッビアレチント帝国の王子の一人であり学院に行きたくないと悪態を付くナーフィアと、切っ掛けとなった人物を思い出し諦めたように遠い目をするその護衛のハフィーズ。
彼等がスピリアル王国に向けて移動しているのには、彼等にとってどうしようも無い理由があった。
……二人の運命がある意味変わったのは、最高位精霊の一人である桔梗と出会ってしまった事が始まりだった。
出会っただけで有ったならばまだしも、精悍な顔立ちとは正反対に可愛らしい縫いぐるみや野に咲く花々を好むナーフィアの編んだ編みぐるみが桔梗に気に入られてしまった。
そして、あっという間に彼は契約者になる承諾を精霊である桔梗から貰ってしまったのである。
その後、再び桔梗と相まみえる事になったナーフィアとハフィーズ。
その際は何故か身の危険を感じる数々の言葉と、二人を取り押さえようとする筋骨隆々の逞しい黒光りする集団に追い詰められる事となるが、天の助けとばかりに現れた桜により一連の騒動は終幕したのである。
……ただし、その際に幸か不幸か従者であるハフィーズが桜より契約する承諾を得てしまったのだが……。
スピリアル王国に比較すれば精霊との契約者も少なく、王族であろうとも契約者はいない時すらあったサッビアレチント帝国にとっては、契約者の誕生、しかも王族とそれに近しい貴族より誕生した事は何よりも歓迎すべき事柄だった。
しかし、精霊との契約に関して二人に学ばせようとも、どうしてもスピリアル王国よりは劣った内容になってしまうと考えた王は二人へと留学する事を命じたのである。
それゆえに、二人は王命とあらば断る事も出来ずに一路スピリアル王国を目指して王宮を出発したのだった。
ナーフィアにとっては王族の一人として恥ずかしくないように、そして何よりも見くびられる事がないように振る舞わなければならぬ以上は、卒業するまでの二年間は気の休まる時など無いとも言える。
だからこそ、気心しれた友でもあるハフィーズの前でだけ拗ねたように唇を尖らせ、本心を吐露してしまうナーフィア。
……だが、彼等が一番王国へと行きたくない理由は精霊との契約者が帝国以上に多い国であれば、桔梗とも会う可能性が今まで以上に高まるのでは無いかと危惧したのである。 もっとも、桔梗にとっては王国も帝国も大した違いは無いのだが……。
「……ワリィな。……お前を巻き込んじまった。」
拗ねたような表情を泣きそうに歪め、ナーフィアはハフィーズに視線を反らし謝罪の言葉を口にする。
「殿下……いえ、ナーフィア。 俺のことは問題無い。 むしろ俺にとっては、フィオーレ様と契約して頂けると言って貰えた事で今回の王国行きも、お前の護衛として側にいる事が出来て正直安心した。」
「……ハフィーズ……」
ナーフィアに向かって微笑を浮かべたハフィーズの言葉に、ナーフィアは心が温かくなり嬉しくなって照れくさそうな笑みを浮かべた。
「……ハフィーズ……ありがと……」
「萌ですわっっ! 萌ですわあぁぁっっっ!! 主従愛萌ですわあぁぁっっっ!!!」
「「……」」
ナーフィアの感謝の言葉を遮って、何処からともなく聞こえてきた関わりたくもない人物の絶叫に主従揃って顔を蒼白に染め上げる。
「ハフィーズっ! 休憩はもう良いよな? 良いだろ! 今すぐ出発だっっ!!」
「御意っっ! 皆っ! 危険を察知したっっ!! 今すぐこの地を出発するっっ!!」
主従二人の声に急かされるように、ナーフィア一行は土煙を上げて一刻も早くその場所を離れたいとばかりに爆走を始めるのだった。
そんなもの凄い勢いで夕焼けに向かって爆走する馬車を見送るように、黒い歪な楕円形の何かの前に山吹と雛菊が立ちふさがり対峙していた……?
「いやあぁぁっっ!! わたくしの萌がっ! 萌が遠ざかっていくぅぅっっ!!!」
「はいはーい、桔梗ちゃん? 良い子だから現実に戻ってくるのよん!……いい加減、妾もぶち切れそうよおっっ!」
遠ざかっていく馬車に向かって手を伸ばし、牡丹に勝手に馬車を追いかけないように襟首を掴まれジタバタと藻掻く桔梗と、敵を前にしているにも関わらずマイペースに行動しようとする桔梗へと青筋を浮かべて取り押さえている牡丹。
「……何故かしらあん?……本来、妾だって勝手気ままに行動する方なのに、どうして桔梗ちゃんが相手だと妾が常識に囚われてしまう事になるのかしら……」
遠い目をして思わず呟いてしまう牡丹は、日頃の桜の苦労の一端を知った気分だった。
「嫌ですわあぁぁっっ! わたくしの萌えぇぇっっ!!」
「……桔梗ちゃん? あの馬車を追いかけたければ、まずは目の前のあれを倒すのよん……。」
ジタバタと藻掻き続ける桔梗へと牡丹は目の前の敵に集中させようと努力していた。
そんな二人の様子を何処に眼が有るかは分からないが見ていた歪な何かから、哀れんだ眼差しを送られている気がする牡丹。
「……ソイツ……アタマ……大丈夫ナノカ……」
「……」
……ある意味哀れむような、関わりたくないような感情が含まれた歪な何かの言葉で、牡丹は己の感じていた敵の眼差しに含まれた意味は勘違いでは無かったと理解し今すぐ家に帰りたくなった。
しかしそれでも、そんな敵にさえ心配されてしまう桔梗の事を牡丹はフォローしようと己を奮い立たせ思考を巡らせるが、結局は桔梗をフォローできる言葉を見つける事が出来ず無言で視線を反らしてしまったのだった。
牡丹と歪な何かの遣り取りが一応聞こえていた桔梗は頬を膨らませ、両手を腰に当てて怒り出す。
「失礼ですわっっ! ちょっとだけわたくしの愛する萌の気配を感じ取って暴走しただけではありませんか! そんな失礼な事をおっしゃる貴方には容赦いたしません! わたくしの本気を受けてみると宜しいですわっっ!!」
桔梗は言葉を紡ぎ終わると同時に、天へと手を伸ばすと光に包まれ白地に金色の細工の施された指揮杖が現れた。
「オーホッホッホッホッホッ!
ムッティより正義を貫けと与えられしっ! この“破邪顕正”とわたくしの正義を愛する心の前に邪悪なりし者よっ! 平伏しなさいっっ!!」
桔梗が“桔梗専用武器☆破邪顕正”を振りかざせば、眼下に広がる広大な砂漠よりロケットが打ち上がるように次々と黒光りする何かが飛び上がってくる。
桔梗の高笑いと、正義云々という台詞に思わずポカンとしてしまっていた歪な何かも、桔梗の攻撃が向かってきている事に我に返り身体より無数の棘を発射し桔梗の攻撃を防ごうとするが、眼前に広がる光景に固まってしまった。
『せいやっ! せいやっ! せいやっ! せいやっっ!!』
リズミカルな掛け声を高らかと野太い声で叫びながら、歪な何かの攻撃など効かないとばかりに“激・黒鋼漢団”はド○ョウ○くいを踊っていた。
「オーホッホッホッホッホッ!
オーホッホッホッホッホッホッホ、ぐふっげほっっ!
わたくしの指導した“激・黒鋼漢団”の華麗なる音頭はどうかしらっっ!」
……桔梗の考案したというよりは、戦隊物と同じように記憶を本にしていた中から見つけ出した桔梗がとてもドジョ○す○いを気に入り、“激・黒鋼漢団”へと仕込んだのである。
「「……」」
桔梗の高笑いが響くなか、敵同士であるはずの歪な何かと牡丹の思いは一致した……何がしたいのか分からない、と……。
「……えっと……う……うふふ、妾が相手をするわあん! こ、光栄に思って構わないわよん!!」
「……望ム所ダ」
そして、二人のもう一つの考えも一致した。 取り敢えず、無視してお互いが戦おう、と……。
高笑いを続ける桔梗とドジ○ウす○いを踊り続ける“激・黒鋼漢団”を無視して牡丹目掛けて大小様々な無数の棘を飛ばしてくる歪な何か。
その攻撃に対して、妖艶な笑みを浮かべた牡丹の両手に現れた咲き誇る桜の花の意匠が施された優雅で美しい大小二丁の水鉄砲“牡丹専用武器☆活発艶麗”が迎え撃つ。
牡丹が華麗な手さばきで己に迫り来る棘を打ち落とし、お返しとばかりに片方の水鉄砲で特大の水泡弾をお見舞いする。
「牡丹ばっかりずるいですわっっ」
そんな牡丹の戦う姿に刺激されたのか、大人しくド○ョ○すくいを“激・黒鋼漢団”に混じって踊っていた桔梗が参戦してきた。
「オーホッホッホッホッホッ! 今こそ好機ですわっっ!! エリザベスっ! ジョセフィーヌ! 筋爆アタックっっ!!」
「「じょいやっさっっ!!」」
桔梗の言葉により“激・黒鋼漢団”の中から縦巻きロールの二体が飛び出し、歪な何かに突撃する。
牡丹からの水泡弾を避ける事で精一杯だった歪な何かは、エリザベスとジョセフィーヌと呼ばれた二体に力一杯抱きつかれてしまう。
そして、抱きついた二体の額に赤い大きな数字が浮かび、カウントダウンが始まる。
「「3……2……1……」」
「待テッッ負ケルナラソイツ以外ノ……」
「「0!筋・肉・爆・散っっっ!!」」
「アレニ負ケタクナッッ……」
……カウントダウンがゼロになった瞬間に黒光りしているエリザベスとジョセフィーヌの逞しい身体が膨れあがり、歪な何かの言葉を無視して爆音を響かせて爆発してしまったのだった。
……爆発後の黒い煙が風に飛ばされてしまえば、其処には縦巻きロールが金髪アフロになったエリザベスとジョセフィーヌの変わらぬ男らしいポーズを決めた二体の姿が有った。
「オーホッホッホッホッホッ! わたくしの正義の華麗なる勝利ですわっっ!!
さあ、“激・黒鋼漢団”! もっと激しく勝利の舞を舞うのですっっ!!」
『じょいやっさっっ!!』
「……成仏するのよん……」
己の勝利に高笑いを砂漠に響かせ、“激・黒鋼漢団”に勝利の舞を舞わせる桔梗の隣で、牡丹がおそらく“桔梗にだけは負けたくない”と言いたかったのであろう歪な何かを思って静かに手をあわせているのだった。
ひとしきり高笑いを続けて満足した桔梗は、満面の笑みを浮かべる。
「オーホッホッホッホッホッ!……さて、善は急げと言いますもの。 わたくしは萌を追いかけますわ。」
「……好きにすればいいわあん……妾はもう疲れたもの……」
元気にナーフィア達を追いかけるという桔梗の言葉に、何処か疲れた様子の牡丹はすでに制止する気力は無かった。
「さあっっ皆の者目指すはわたくしの萌え……ぎゃふっっ」
「……何処に行くおつもりかしら?」
華麗な身のこなしで“激・黒鋼漢団”の何処からともなく取り出した御輿の上に飛び乗ろうとした桔梗の目の前で“激・黒鋼漢団”は空を切る鋭い音と共に繰り出された鞭を受けて土へと戻り、桔梗自身の足首にも鞭が縄のように巻き付いていた。
「……さ……桜さん……なぜここに……」
「ふふ、貴女の性格からして暴走する事は分かりきっていますもの。……桔梗、帰りますよ。」
笑顔を浮かべてはいるが決して眼は笑っていない桜の表情に桔梗は涙目になってしまう。
「……さ、桜さん、わたくし……その重要な使命が……」
「あら、桔梗?貴女の重要な使命は大人しくお母様の元へと帰り、この一件を報告する事です。」
「いえ……あの……わ、わたくし……」
「報告する事です。」
「……はい……」
何とかこのままナーフィア達を追いかけたいと訴えようと桔梗はするが、徐々に無表情になる桜の圧力に屈して大人しく戻る事を了承するのだった。
桜に捕獲された桔梗の姿を見つめながら、柊は何処か疲れた様子の牡丹に頬を引き攣らせていた。
「……ふふ……言いたい事があるなら言えばいいわあん……」
「……いや……その……つ、疲れているんだな……」
牡丹の様子に何と言っていいか分からずに視線を反らしながらも、言葉を絞り出した柊へと牡丹はジトッとした眼差しを送る。
「……柊は良いわねえ……可愛い妾の大好きな桜ちゃんと一緒に戦えて……後で覚えてろよ……」
「っっ?! 待てっ! 今最後に何をぼそりと呟いた?! 第一、俺は好きで桜と行動していた訳ではっ」
「うふふ、柊?……楽しみねえ?」
「っっ?!」
牡丹の座った瞳を見て本気を感じ取った柊は身の危険を感じ、どうして自分が八つ当たりされるのだと理不尽さに泣きたくなり、心の底から安全な自室にもう一度引き籠もりたいと思ってしまうのだった。
いつも読んで頂きありがとうございます。
“最高位精霊の戦い”は二話くらいで収めるはずが、桔梗が絡むと話が膨らんでしまい、二話では収まらず三話構成に……。
ですので、申し訳ないですがもう一話お付き合い頂けると幸いです。
これからも、どうぞよろしくお願いします。




