ヒロインとエリオットの怒り。
いつも読んで頂きありがとうございます。
第七章の始まりとなりました。
少しでも、楽しんで頂けますようにこれからも頑張っていきたいと思います。
よろしくお願いします。
スピリアル王国の王城内にある会議室へと続く赤い絨毯の引かれた長い廊下を足音を立てて走る一人の桃色の髪の少女がいた。
少女が目指す扉の前には、部屋の中にいる王や貴族を護るべく武装している近衛兵達が数十人立っていた。 彼等は己の職務を果たすために、目の前に来た少女が王族である事は理解していたが“誰であろうとも面会の予定の無い者は通すな”との王命に従い入室を止めようとした。
「殿下、現在陛下より重要な会議中でるため面会の予定が入っていない者は通すなとのご命令が……」
「何を言いますのっ! この無礼者っっ!!
娘が父親に会うのに予定も何もありませんわっっ!!
お前こそ、分かっているのですか! 王族であるこのリリィベル・ミア・スピリアルの歩みを妨げるなどっ、国への叛逆に他なりません!」
「……」
近衛兵達は、王族とは思えぬ持論を展開するリリィベルの姿に唖然としてしまう。
「……で、ですが、陛下よりの命令が……」
「お父様ならば分かって下さいますわっ! だから、何の問題もありません!!」
「……」
それでも、近衛兵の一人が陛下よりの命令であると説明をしようとするが、リリィベルの言葉によって否定されてしまう。
「全ての責任はこのリリィベル・ミア・スピリアルが負いますわ! 今すぐ、扉を開けなさいっ!!」
「「「「……」」」
「何をしているのですっ! さっさと開けなさいっ!!」
「「「「……」」」」
近衛兵達はリリィベルの言葉にどうするべきか迷い、顔を見合わせてしまう。
その時、会議室の扉が内側より開き無表情のブラッドフォードが姿を現した。
「……殿下、陛下より入室の許可が下りました。」
「まあ、ブラッドフォード! ありがとうございます。……そういえば、貴方はこの近衛兵達の団長でしたかしら? もっと、王族への対応について学ばせた方が宜しいですわ。 わたくしは優しいので問題に致しませんが、他の方々ならば首を撥ねろと言うかもしれませんもの。」
「……ご忠告痛み入ります。」
会議室より顔を出して部屋の中へと入ることを促すブラッドフォードへ笑みを向け、その横を通り抜けようとしたリリィベルは思い出したかのように笑いながら告げる言葉にも無表情を通すブラッドフォード。
「ふふ、ブラッドフォードは本当に真面目な方ですのね。」
ブラッドフォードが笑みを浮かべる姿など全くといって良い程に見たことのないリリィベルは、単に真面目であるために余り笑顔を浮かべない性格だと思っていた。
「……騎士団長……この失態に対する罰は甘んじて受ける所存にございます。」
「……申し訳ありません、お止めできませんでした。」
リリィベルが部屋の中に入るのと入れ替わるように外へと出たブラッドフォードへと、扉の前にいた近衛兵達は王命を護ることが出来なかった事を恥じて、どのような叱責や刑罰を受けることも厭わぬ覚悟であった。
……だが、彼等は殿下とはいえ王命を無視しろとばかりの非常識な言動をしておきながら、ブラッドフォードへのあの忠告して上げているとばかりの言動に怒りを覚えずにはいられなかった。
彼等は、高位の貴族であっても軍人として能力も高く、家格に囚われずに能力をみてくれるブラッドフォードに尊敬の念を抱いていたのだ。
「……陛下より、今回の一件に関するお咎めは無い。 その代わり……殿下のあの言動は伏せるように。」
「「「「……御意」」」」
ブラッドフォードの命令に彼等は一様に頭を下げる。
「……すまない……苦労を掛ける。」
疲れたようにため息を付いたブラッドフォードは、表情を引き締めて再び会議室の中へと戻るのだった。
※※※※※※※※※※
ブラッドフォードと入れ替わるように会議室の中へと入ったリリィベル。
部屋の中には王であるエリオット、宰相であるバルトルト、そしてジークフリートがいた。
鼻息荒く会議室の一番奥に位置する机に座っているエリオットだけを視界に映し、兄であり第一王位継承者であるジークフリートにも、宰相であり筆頭公爵家当主たるバルトルトへも挨拶を交わすことなく足音を立ててエリオットの元まで行けば、バンッと大きな音を立てて机の上に両手を突いて身を乗り出した。
「一体どういうことですかっお父様?! 私を離宮へ移すなどと正気ですかっ?!」
表情を険しくして大声を出すリリィベルの大国の姫とは思えぬ姿に眉をひそめるエリオット達。
「私が何をしたというのですか? 私はいつも王国のより良い未来を考えております! 第一、私は今年から“王立エレメンタル学院”へ入学するのでは無いのですかっ?!」
エリオットへと声を荒げるリリィベルの姿と声に会議室内へと戻ったブラッドフォードも、無表情に護衛の定位置へと戻った。
「……いい加減にせよ。」
「……はい?」
固く両手を握り締め、娘だからと怒りを耐えていたエリオットは己の我慢が限界に達したことを自覚した。
小さく呟かれたエリオットの言葉が聞こえなかったリリィベルは不機嫌そうな表情を崩さずに疑問符を浮かべる。
「いい加減にせよと言っているのだ。 お前は何処まで王家の恥を晒せば気が済むのだっ!」
「お……お父様……?」
初めて見る父であるエリオットの怒りを纏った姿にリリィベルは驚いてしまう。
「今、我らはこれからの王国を治めていく上で重要な問題の数々を話し合うために専門家を招いていたというのに! そなたの身勝手な行動ゆえに、一旦会議を中断して控え室へと戻ってもらう事となった!」
「……そ、そんな会議などわたくしは聞いておりません! 知らなかったのですから致し方有りませんわ……。 そ、それに、そんなことよりも娘であるわたくしの将来に関しての方が大切ではありませんかっ!」
エリオットの怒りに怯んだリリィベルだったが、それでも知らなかったのだと言葉を続けようとする。
「そんなことだとっ?!」
リリィベルの言葉にさらに怒りを覚えるエリオットへ、静かに進み出たジークフリートが発言の許可を求める。
「……陛下、私にも発言をお許し下さい。」
「構わん。」
「お、お兄様……。」
兄であるジークフリートが発言を求めたのは、リリィベルを擁護するためだと考えて笑みを浮かべる。……しかし、リリィベルのその予想は外れていた。
「いい加減に王族としての振る舞いを身につけたらどうですか。」
「お、お兄様……?」
怒りの籠もった眼差しを兄であるジークフリートに向けられてリリィベルは戸惑ってしまう。
「お前は“そんなこと”と言いましたね。 常々、民を護る、救わねばならない、とお飯事としか思えない穴だらけの政策を打ち出していたとしても、民を思う心だけはあると信じたかったのに!」
「……あ……そ、そんなつもりでは……」
ジークフリートの言葉に己の失言に気が付いたリリィベル。
「……王命を遂行しようとした兵を怒鳴りつけ、あまつさえ王命よりも己の命令に従えと強要し、我らが従うべき陛下に対する狼藉の数々! その上、王族とは思えぬその見苦しき振る舞い! いい加減恥を知るがいい!!」
父親だけでなく、無条件に己を愛すると思っていた兄にまで叱責されたリリィベルは呆然としてしまう。……しかし、その視界にバルトルトの姿を収めると謎が解けたとばかりに眦をつり上げる。
「お前ですねっ! お父様やお兄様に有る事無い事吹き込んだのは!……覚えておきなさいっ! 必ずや、お父様達の眼を醒まさせて見せますわっっ!!」
「……」
リリィベルの筋違いな怒りの標的にされて、身に覚えのない事を叫ぶリリィベルの姿にバルトルトは無言を貫く。
「巫山戯るなっっ!! 貴様は我らだけでなく、宰相であり筆頭公爵家当主である、我が友バルトルトまで愚弄する気かっっ!!」
「お父様っ眼を醒まして下さいましっ! 全てはあの者に操られているのですわっ!!」
普段は温厚なエリオットも言葉の通じないとしか思えない己の娘に、怒りを通り越してあきれ果ててしまう。
「もういいっっ!!
貴様の顔など二度と見たくないっ! 今この時より、王族としての全権を剥奪し、ゲフェングニス離宮での謹慎を言い渡す! 命を奪わないことだけが父としての最後の慈悲と心得よっ!!」
エリオットの言葉にリリィベルの顔が蒼白となる。
なぜなら、リリィベルもゲフェングニス離宮の事は知っていたのだ。
ゲフェングニス離宮、別名“王族の監獄”と囁かれるその離宮は、王位継承争いに敗れた者や狂ってしまった王族が閉じ込められて、人知れずその人生に幕を下ろす場所なのだ。
「お父様っ! 考え直して下さいませっっ!!」
「兵達よっ! 不敬は決して問わぬ!! 今すぐこの者をゲフェングニス離宮へと護送せよ!! 多少手荒くなっても構わん!!」
エリオットの声に外にいた兵達が中へと入り、王命に従いリリィベルを連れ出そうとする
「何をなさいますの! 無礼者がっ私に触らないでっっ!!」
……だが、金切り声を上げて抵抗するリリィベルに手を焼いてしまう。
「……失礼……」
「うっ……」
「……このまま、護送車にでも入れて迅速に離宮へと護送せよ。 道中で目覚めた時のための対応の準備も怠るな。」
そんなリリィベルの背後へと素早く近づき、気絶させたブラッドフォードは兵達へと指示を出す。
「陛下、宜しいでしょうか?」
「……構わぬ。」
眉を寄せ苦渋の決断を下したエリオットの胸中を思い、ブラッドフォードとバルトルトは心配げな眼差しを送るのだった。
しかし、エリオットの父親としての怒りと悲しみに苦しむ心を嘲笑うかのように、日を跨ぐこと無く行われたリリィベルのゲフェングニス離宮への護送であったが、貴人用の護送車内に閉じ込められていたはずのリリィベルが忽然と姿を消すことになるのである。




