ゆうりの失敗 前編。
ゆうりが目覚めて数日が経ち、ゆうりに関わる人間達の心にも平穏が戻っていた。
そして、いつもと変わらぬ日々を送り始めていたのだった……。
王城内にあるお馴染みの王の執務室において、幼なじみ三人組はいつものように政務に励んでいた。
「バルトルト、マリーロゼ嬢は元気を取り戻したか?」
山のように積まれた書類に囲まれながら、エリオットは己以上に書類に囲まれてしまっているバルトルトへと休憩代わりとばかりに声を掛ける。
王であるエリオットの下にも、マリーロゼが寝るのも惜しんでゆうりの側に付き添っていたことはブラッドフォードを通じて把握していたのだ。
「……陛下、口を動かす暇があるならば手を動かして下さい。……万年発情期、今すぐ資料室に全速力で走って、あれとこれとそれを返却してこい。 ついでに、この紙に書いてある資料を全部借り受け、その道中にインクも貰ってきてくれ。」
書類から顔を上げることなく一心不乱に書類を裁きながら、エリオットの問いかけに答えることなくブラッドフォードに指示を出す。
「……バルトルト……君ね……。
一応、部下達は居るけれど私は陛下の護衛だからこの部屋を離れられる訳がないだろう? 他の部下にでも……」
バルトルトの言葉にブラッドフォードは苦笑を浮かべながら、やんわりと拒否し部下に指示するついでに休憩の準備でもと考えて廊下への扉を開いた。
「ふん。 私が知らないとでも思ったか? 今この時間はお前が騎士団長を務めるサントル騎士団とゴーシュ騎士団との合同訓練中だろう? 別に各騎士団長が強制参加という訳ではないが、お前は本来参加する予定であったはずだ。……今朝ゴーシュ騎士団長殿が急遽参加を表明するまではな。」
そんなブラッドフォードの背中に、不機嫌なバルトルトの声が突き刺さる。
「……べ、別に他意は無いよ。 偶然、エミリオと護衛を変わる事になっただけだからね。 それに陛下をお守りする近衛と呼ばれる我らサントル騎士団の団長として、優秀な部下達が多数護衛の任についているとしても……」
バルトルトの言葉にブラッドフォードは視線を反らし、冷や汗を流してしまう。
「ほう……そうか、偶然か。 では、此処にあるゴーシュ騎士団長から提出されたこの予算見積もり案を“再提出だ、計算間違いくらい訂正してから提出しろ。”とゴーシュ騎士団長殿に突き返して貰おうか。」
「……バルトルトっ!他に返す資料は無いかいっ! 私が責任もってすぐに資料の返却と新しい資料を借り受けてくるよ!! だから、それに忙しい私はゴーシュ騎士団長へその書類を突き返すなどという命を溝に捨てるよう……もといっ恐れ多いことは出来ないよっっ!!」
「追加のインクと休憩のためのお茶も頼む。」
バルトルトの言葉にブラッドフォードは満面の笑顔を浮かべて快諾し、山のような資料を抱えて風のように走り出したのだった。
「「「「(……騎士団長……気持ちは分かりますが其処まで嫌ですか……)」」」」
執務室の前に立ち、警護を担当する近衛騎士団員達はバルトルトの尻に敷かれている上に、ゴーシュ騎士団長への苦手意識が強いブラッドフォードの姿に心の中で同じ感想を溢しながら、表情を引き攣らせてしまうのだった。
「……普段は、頼りになる方なんだがな……宰相殿とゴーシュ騎士団長には弱いよなあ。」
「……ゴーシュ騎士団長に関してはしょうが無いと思う。……宰相殿に関しては団長は幼なじみだったはずだぞ。」
「……だからか……」
「……団長……強く生きて下さい。」
扉の前で警護する近衛騎士団員達は小声で語り合い、走り去るブラッドフォードの背中に生温い視線を送るのだった。
しかし、普段通りの生活を取り戻した幼馴染み三人組はまだ知らなかった。
「うぅ……あんな奴の力を吸収した所為かな? 力が使いにくくてまだ慣れないや。」
イスリアート公爵家において普段変身していた狼の姿に変化しようとしていたゆうりは、元精霊王を倒してその力を吸収したことで増えてしまった力の調整に四苦八苦していた。
「……あ……やば……」
なんとか狼の姿に戻ろうと強引に力を発動させたゆうりは、やっちまったとばかりの表情を浮かべる。
「……まあ……なんとかなるでしょ……てへっ」
狼の姿に戻ることは出来たゆうりだったが、強引に発動させた魔力の余波が波紋のように広がってしまう。
「……あ、でも……影響を極一部に限局することくらいは出来るかな?……うん、大丈夫だよね!」
自己完結したゆうりは、そのまま日向ぼっこをしながら丸くなりマリーロゼが迎えに来るまで中庭でお昼寝を開始するのだった。
※※※※※※※※※※
翌朝、それぞれ己のベッドで他者に起こされる事無く目覚めた彼等幼なじみ三人組は、鏡に映った己の姿を見て奇しくも驚愕に満ちた同じ叫び声を上げてしまったのだった。
「っっっ?!なっ何だっっこれはぁぁぁっっっっ!!!」
美しい朝焼け色に染まる大空に幼なじみ三人組の絶叫が木霊した……。
そして、それは人間達だけではなかった。
ゆうりが倒れる前と同じようにイスリアート公爵家にて過ごしている最高位精霊の柊は、公爵家の当主の叫び声で目が覚めた。
「……あぁ?……んだよ……? くあぁっ、はあ。」
目が覚めて欠伸をしながら上半身を起こし、己が何故用意されている自身の部屋でなくアイオリアの部屋で一緒に寝ているのかまず疑問に思った。
「……ああ、寝る前に本を読んでやって、そのまま一緒に寝てしまったのか。」
寝ぼけた頭で昨夜の寝る前の行動を思い出し、ぼんやりとした頭をはっきりとさせようと頭を掻きながら立ち上がろうとした柊は、己の手に触れた“なにか”に行動を停止する。
「……あ……?」
嫌な予感を感じながら手に触れた“なにか”を触り続ける。
……それは、温かく柔らかな毛に覆われた三角形の何かだった。
己の表情が引き攣っていくのを感じながら、柊はその“なにか”を確かめるために急いで鏡の前に立つ。
そして、その鏡に映った己の頭に生えた昨夜には無かった“なにか”を視界に収めれば……
「なんじゃこりゃあぁぁぁっっっ!!!」
……と絶叫を上げてしまう。
「……ん……ひいらぎさま……?」
眠い目を擦りながら、ベッドの上に起き上がった寝間着姿のアイオリアが舌足らずな口調で柊を呼ぶ。
「すまんっ、アイオリアっ! 俺はお袋のとこ……ろ……へ……」
「……んにぃ……どうしました……」
とろんっ、とした眠そうな表情のアイオリアの頭にも本来人間に生えているはずのない“なにか”が揺れていた。
「……おっおふくろぉぉぉっっっ!!!」
寝ぼけ眼のアイオリアを小脇に抱え、柊は絶叫しながらゆうりがいるはずのマリーロゼの部屋へと駆け込もうとした……が、ゆうりはともかくマリーロゼもまだ寝ているかもしれない時間帯にノックもせずに扉を開けるのを躊躇い、律儀にノックをしてしまう柊だった。
そんな少しでも早くゆうりに真相を問いただしたくて、うずうずしながらマリーロゼの部屋の前で入室の許可が出るのを待つ柊の頭上には髪の色と同色の毛並みの美しい大きな“犬耳”が、そして柊の小脇に抱えられながら、再び眠り始めたアイオリアの頭にも可愛らしい“ウサ耳”が生えているのだった。
……柊達はまだ気が付いていなかったが、彼等のお尻には髪の色と同色の長くフサフサとした犬の尻尾も生えているのだった。
……この“なにか”こと、“ケモ耳”と“尻尾”が生えてしまった最高位精霊達はフェリシアでそれぞれ驚愕の声を上げ、幼なじみ三人組だけでなく王都内にいたゆうりの知り合いの人間達も驚愕の声を朝から上げてしまうのだった。




