精霊王とセレナーデ。
マリーロゼと二人で微笑み有っているセレナーデの私室の扉が軽快な音を立ててノックされる。
「マリーロゼ、ゆうりだよ。 私、入っても大丈夫かな?」
セレナーデの部屋の扉をノックしたのは、狼の姿で有りながら器用な真似が出来るゆうりだった。
「まあ、お姉様っ! お母様、どうしましょう? お姉様が先にいらしてしまったわ!」
ゆうりの元を訪れるつもりが、先にゆうりが来てしまった事にマリーロゼは慌ててしまう。
「マリーロゼ、落ち着くのです。 来て頂いたからには、致し方有りません。
まずはしっかりと非礼をお詫びしなければなりません。」
慌ててしまっているマリーロゼを優しく諫め、身なりをすぐに整えてからマリーロゼへ扉を開けるように促す。
そして、部屋に入ってきたゆうりに対し、セレナーデは淑女の礼をもって迎え入れた。
「お初にお目に掛かります。
マリーロゼが母、セレナーデ・エラスコットと申します。
この度は、私めの方から出向くべきでしたのに、足を運んで頂き心より申し訳なく思っております。」
「申し訳ありませんでした、お姉様。」
「えっ! そ、そんな事気にしないでよっ!
マリーロゼの大切なお母さんだし、病人を出向かせるような真似は出来ないよっ!
お願いだから頭を上げてっ、下げられたままの方が私は困っちゃうよっ!!」
深く頭を下げて上げようとはしないセレナーデとマリーロゼの姿にゆうりは慌ててしまう。
「寛容なるお言葉賜り、ありがとうございます。」
ゆうりの言葉を受けて、セレナーデはゆっくりと下げていた頭を上げる。
「精霊様、我が不肖の娘をお気に召して頂きありがとうございます。
そのうえ、あのように幻想的な光景を娘へ贈って頂き心より感謝しております。」
セレナーデの丁寧な対応にゆうりは、前足で耳の後ろを掻くような仕草をしながら照れてしまう。
「何かこんな風に改まってお礼を言われると恥ずかしいなあ。
あ、じゃあ、お礼の変わりじゃないけどさ、セレナーデさんって呼んでも良い? 私の事もゆうりって呼んでよ。」
「はい、私の事はお好きにお呼び下さいませ。
……あの、私などが精霊様の御名前を呼ぶ権利を賜っても宜しいのですか?
お恥ずかしい話しなのですが、私は精霊様達と契約を結ぶ事は叶わなかった身なのです。」
ゆうりの名前を呼ぶ権利を与えられた事に、今度はセレナーデの方が戸惑ってしまう。
セレナーデは、今まで精霊と契約を結ぶことなく生きてきた。
それゆえに、精霊に名前を呼ぶ権利を与えられるなど夢にも思わなかったのである。
「そんな事関係ないよっ! だって、マリーロゼを生んでくれた大切な人だし、私もセレナーデさんの事気に入ったもの。」
「ありがとうございます、ゆうり様。」
セレナーデは、ゆうりの言葉に嬉しそうに穏やかな笑みを浮かべるのだった。
セレナーデへの挨拶を終えたゆうりとマリーロゼは、セレナーデの体調を気遣ってマリーロゼの私室へ移動する事とした。
マリーロゼの私室は、貴族の子女にしては飾り気のない簡素な物だった。
しかし、マリーロゼ本人はその部屋の様子を特に気にも留めておらず、ゆうりもマリーロゼさえいれば良いため気にした様子もなかった。
「マリーロゼ、紹介するね。 この子達は、それぞれリチャードとヴィクターの契約精霊のアクアとバースだよ。」
「リチャードの契約精霊のアクアと申します。 マリーロゼ様、どうぞアクアとお呼び下さいませ。」
「ヴィクターの契約精霊のバースと申します。 マリーロゼ様、儂の事はバースとお呼び下され。」
ゆうりが示した先にマリーロゼが視線を向けると、水色の妖精と子馬の姿の精霊達が微笑み、お辞儀をする姿が有った。
「初めまして、マリーロゼ・エラスコットと申します。
あの、私は契約者では有りませんが御名前をお呼びしても宜しいのですか?」
己へと何故か丁寧な対応をしてくれる精霊達へと、戸惑いながらも慌ててマリーロゼはお辞儀を返し、己が名前を呼んでも良いのかと精霊達へ質問を返す。
「当然ですわ! せいれ、……こほん。 ゆうり様の大切な契約者になる方ですもの。 わたくし達の名前を呼ぶ事は何ら問題ありませんわ。」
「そうですぞっ! ゆうり様の契約者であれば我らが敬意を示すのは当然ですじゃ。」
「……お姉様は、そんなに偉いお方なのですか?」
マリーロゼは、二人の精霊の態度に疑問を抱き、ここまで精霊達が敬う存在の側に己がいても良いのか戸惑ってしまった。
「……んぅ、偉いとかじゃなくて力は弱くないよ。 自分より強い力を持った存在を精霊達は敬うんだよ。 だから、マリーロゼは気にしなくても大丈夫だよ。」
戸惑い、困惑してしまっているマリーロゼへゆうりは嘘ではないけれど、真実とも言い難い言葉を掛けてマリーロゼを安心させようとする。
「……そうなのですか。 お姉様の契約者となるためにも、もっと勉学に励まねばなりませんね。」
ゆうりの言葉に今ひとつ腑に落ちない感情を残しつつも、マリーロゼは契約者になるために勉学に励む事を決意する。
「(あんまり畏まった態度はしなくて良いよ。 まだ、マリーロゼにばれたくないし。)」
「(申し訳ありません、精霊王様。)」
「(御意。 以後、気を付けます。)」
人の身であるマリーロゼに、精霊達の上下関係など知る由も無かったのだった。




