E-01
事件の翌日――眠い目をこすって校門をくぐったわたしを待ち受けていたのは、白百合の君こと聖華仙友梨亜様でした。
「ごきげんよう、友梨亜様。ご加減はいかがですか?」
なにせ昨日の今日なのです。
友梨亜様はマイク・マクドナルドと共生関係にありましたし、昨夜はゲルスターの核としても利用されてしまいました。
お身体に障りがないかと心配していたのです。
ところが友梨亜様は、わたしの言葉を聞くなり、ぽろりと涙を零されました。
「ゆ、友梨亜様っ!?」
呼びかけて、気づきます。
たとえお身体に障りがなかったとしても、お心は別のはずです。ぶよぶよとした褐色のゲルに利用され、心に秘めていた感情を弄ばれ、あと少しで地球を滅ぼすところだったのですから。
わたしがどう接したものか決めかねているうちに、友梨亜様が動かれました。
友梨亜様は、その場に膝をつくと、地べたの上に正座をし、深々と頭を下げられたではありませんか!
「な……っ! ゆ、友梨亜様――!?」
わたしは絶句しました。誇り高き花園の四君筆頭――白百合の君こと聖華仙友梨亜様が……あろうことかわたしに向かって、土下座をなさっているのですから!
ざわ……!
周囲の空気が一変しました。ここは朝の校門前なのです!
あたりは通学中の花園の生徒で溢れかえっています。
そんな中で、四君の筆頭たる白百合の君が、年下の君である青薔薇の君に頭を下げる――それも、美しい御髪に砂埃がつくのもいとわず、額を地面に擦りつけて、土下座をされているのです!
騒ぎにならないわけがないではありませんか!
そこへ――
「お姉さま! わたし、お姉さまのことを讃える詩を作りましたの! どうか聞いてくださいませ! 『天使よりも眩く輝けるお姉さまへの賛歌』!
『ああ 彼女は気高き戦乙女 青薔薇の 不可能なるが故に強し とこしえに 記憶に刻むべし 宇宙の神の 力得て 敵を灼き払い給う 天まで焼き焦がし給う……』
……って、ええええっ!? し、白百合の君ぃ~!? な、何をなさってるんですかぁっ!?」
つぐみさんの叫びに、遠巻きにしていた生徒たちが輪を作りはじめてしまいます。
その人混みをかき分けて、豪奢なブロンドの見覚えのあるシルエットが現れました。
もちろん、赤椿の君ことエリス・奥宮・エーデルシュタット様です。
「おい! これは一体何の騒ぎだ……って、白百合の君ぃ――っ!?」
さしものエリス様も度肝を抜かれたらしく、口を愕然と開いたまま、その場に立ち尽くされてしまいます。
ちなみに、エリス様も昨日ゲルにとらわれていましたが、これといった後遺症もなく、お元気のようで何よりです。
昨日の放課後花園に残っていてゲルに呑み込まれてしまった生徒や教職員のみなさんもご無事でした。
どうもゲルに呑まれる前後の記憶が定かでないらしく、昨日の事件を記憶にとどめているのは、結局四君とつぐみさんだけ――という、いささかできすぎた結果となりました。
花園上空に現れたゲルスターに関しても、何らかの異常な気象現象だろうと思われているようです。
立ち尽くすエリス様をおしのけて、今度は黄水仙の君――馳庭礼さまが現れます。
礼さまはエリス様の肩をつかんで前に出ると、
「朝から一体どうしたんだい……って、白百合の君ぃ――っ!?」
エリス様そっくりの悲鳴を上げられます。
いえ、悲鳴を上げたいのはわたしの方なのです!
とりあえず、この事態をどうにかしなければなりません。
あのプライドの高い白百合の君がわたしの前で土下座……と思うと心の沸き立つものを感じますが、この場でわたしのなすべきことは、友梨亜様に靴を舐めさせることでもなければ、ましてや頭を踏んづけることでもないのです。
「お、お顔を上げてください、友梨亜様」
わたしは地面に片膝をついて、片手をさしのべます。
しかし――
「いえ、いえ! わたくしを赦さないでくださいませ! どうかわたくしを口汚く罵ってくださいませ! わたくしは貴女に決して赦されないことをしたのですから――!」
そ、そんなことを言われても困ります!
「ち、ちょっと、志摩さん――朝からこれは一体何のプレイなの?」
礼さまが誤解を招くようなことをおっしゃいます。
「プ……プレイなどではありません! わたしにも何が何だか……!」
戸惑うわたしの足に、友梨亜様が、がしっ! としがみついてこられました。
「青薔薇の君――いえ、深堂院志摩様! わたくし目が覚めましたの! 天使のごとき装いで敢然と悪に立ち向かわれる貴女を見て悟りましたわ! 人としての気高さは、決して社会的地位や能力や稼ぎの多寡で決まるものではないということを! どうかわたくしを――この哀れな魂を導いてくださいませ――!」
「お、おい、白百合の君! 貴女は少し……そう、落ち着くべきなんじゃないか? 昨日あんなことがあったんだ……何か悩みがあるなら、わたしも同じ君の一人として相談に乗るし……とにかく……ああ、もうっ!」
友梨亜様を宥めようとされていたエリス様ですが、最後には混乱なさったのか、それともご面倒になったのか、友梨亜様のみぞおちにいい感じのボディーブローを叩き込んでしまわれました。
友梨亜様は「ぅぐっ」とうめいたなり気を失われてしまいます。
それまでの騒ぎが一転、あたりには居心地の悪い沈黙が落ちました。
「じ、じゃあ、この騒動はこれまでってことで……か、解散っ!」
「そ、そうです! みなさま、ごきげんよう! よい朝ですね! さあ、こんなことをしていては遅刻してしまいます! お早く教室に――」
礼さまに乗る形で、精一杯ごまかそうとしてみたのですが、みなさんその場を動こうとなさいません!
「……ど、どうするの、志摩さんっ!」
「……おい、この状況をどうにかしてくれ、深堂院!」
礼さまとエリス様が、なぜかわたしに向かってそうおっしゃってきます。
わたしは小さくため息をつくと、腹をくくりました。
こうなっては仕方ありません。
わたしはなるべく真剣そうに見える顔を作りながら声を張り上げます。
「赤椿の君! 白百合の君を急いで保健室へ運んでください! 黄水仙の君はわたしについてきてください! ことは急を要するのです!」
「あ、ああ……」
「……こと?」
「早く!」
とにかく、君のみなさんを引き連れて、この場を逃げ出してしまうのです!
血相を変えた四君の行列に、野次馬をしていたみなさんも道を開けてくださいます。
「ごきげんよう」
そう微笑みかけると、みなさん一様にぎくりとした顔で「ご、ごきげんよう……」と口ごもるように挨拶されます。
後のことが心配でなりませんが、とりあえず危機を脱することはできそうです。
「お、お姉さまぁ~! 置いてかないでくださいぃ~!」
後ろから聞こえてくるつぐみさんの声に、わたしはこっそりとため息をつきます。
ああ……嗚呼! お兄様、たとえ宇宙生物なんかいなくても、わたしの日常はトラブルばかりのようです!
本日もう一話更新です。