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花園の乙女たちの憧れる青薔薇の君は、とんでもない人外でした  作者: 天宮暁
4. 衝動――青薔薇の君かく戦へり
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4-06

 花園の上空百メートルほどの位置に、それは鎮座しています。

 ぶよぶよとした褐色のゲル――その惑星形態(プレネット・フォーム)です。

 ぶよぶよとした褐色のゲルの「星」は、花園を埋め尽くさんばかりに増殖したゲルを吸い上げ、その体積を増していきます。


『目算ですでに直径百メートルを超えている。徐々に密度を増し、地球から独立した引力圏を形成しようとしているな。志摩……残された時間は少ないぞ!』

「わかっています!」


 わたしは魔法翼を使って高度を上げてから急降下、亜音速で接近を試みます。

 正面からの風圧は迷彩触手――つぐみさんの事故の後に身を隠したときのあれです――で作り上げた即席の風防(キャノピ)が防いでくれます。

 が――


「くっ――!」


 ゲルスターが鋭く拍動したかと思うと、埠頭倉庫でも見た硬化ゲルミサイルが飛んできました。

 しかもその数たるや、倉庫の時の比ではありません。

 まさしく「弾幕」と呼ぶのがふさわしいような、膨大な量のミサイルが夜空を埋め尽くさんばかりに射ち出され、わたしに向かって飛んでくるのです!


 わたしはあわてて急ブレーキをかけ、その場でバリアを展開します。

『魔界天使リリーナ・アンジェリカ』では、聖天使を守護する惑星霊スピリット・オブ・ジ・アースの力を借りた魔法の盾ですが、この場合は単に触手を振動させて作り上げた強力なビームシールドです。背後の街を傷つけさせないために、夜空にカーテンをかけるようなそら恐ろしいサイズで展開しました。


 次の瞬間――


「うっ……!」

『くぅ……!』


 ビームシールドが真っ白に染まりました。

 硬化ゲルミサイルの運動エネルギーがシールド表面で光へと変換され、放出されたのです。

 目もくらむような光と耳が聞こえなくなるほどの轟音、そして変換しきれなかった硬化ゲルミサイルの運動量が、シールドを通してわたしの身体を打ち据えます!


 たまらずわたしはシールドを解いてしまいました。


 追撃を食らうことを覚悟したのですが――ゲルスターからの攻撃はありませんでした。


『……見ろ!』


 わたしの目はまだくらんでいるので、その映像はホンダさんがわたしの脳内に転送した触手アイ越しのものです。

 その映像の中でゲルスターはひとまわり小さくなっているようでした。


「なるほど……先ほどの攻撃は自分の身をすり減らす諸刃の剣でもあるわけですね」


 だとすれば、今の攻撃を乱発してくる心配はしなくていいことになります。


『だが、すぐに補給されるぞ』


 触手アイの映像が切り替わります。

 花園に近い地表から見た映像です。ゲルスターが花園からぶよぶよとした褐色のゲルを凄まじい勢いで吸い上げている様子が見て取れます。

 その速度は先ほどよりもずっと速くなっているようです。


『ゲルスターは密度を増すことで自身の引力を急速に高めつつある。時が経てば経つほど、ゲルスターの回復力は増していく。それも、比例的にではなく指数的に、だ』

「つまり?」

『早く倒さないとますます手がつけられなくなる』

「では、早速行きます」


 ゲルスターが回復しきらないうちに近づこうと、わたしは魔法翼の魔法力を推進エネルギーに変えて急加速します。

 ゲルスターがまた硬化ゲルミサイルを放ってきますが、その数は先ほどよりはずっと少ないものです。

 それに――


 ドオォォォォォン――!


 音速突破にともなって生じたソニックブームを魔法翼で反射、硬化ゲルミサイルに叩きつけます!

 硬化ゲルミサイルは衝撃でひび割れて砕け散り、本物の「ダイヤモンド」ダストと化して地上に降り注ぎます。


「ぶよぶよとしたゲルはぶよぶよとしたゲルらしく、ぶよぶよしていなさいまし!」

『まったくだ。己のアイデンティティも貫けないようだから有害生物なのだ。品位に欠ける』


 わたしの知っている品位とホンダさんのいう「品位」との間には越えがたい溝があるような気がしますが、今は曖昧にうなずいておきます。今は仲間内でかけあいをしている場合ではないからです。

 と――


『む……! 下がれ、志摩!』


 ホンダさんの声に、わたしはとっさにブレーキをかけますが――さすがにこれだけスピードの乗った状態から「下がる」のは無理でした。

 わたしはゲルスターから突如迫り出してきたゲルの壁に突っ込んでしまいます!


「きゃあぁぁっ!」


 ゲルが――服の中に潜りこもうとしてきます!


『緊急展開――ッ!』


 ホンダさんがとっさに触手を放ってくれたおかげで、わたしはなんとかゲル壁から逃れることができました。

 そのまま魔法翼で後退、ゲルスターの様子をうかがいます。

 ゲルスターから迫り出してきたのは、ゲルスターの表面にあるやわらかいゲルの層だったようです。


『ゲルスターは表面のゲルの密度を『下げる』ことで、中に閉じ込められていた圧力を解放――爆発的に体積を増した表面のゲルが、凄まじい勢いで迫り出してきたのだ』

「つまり?」

『ゴミ箱のゴミをむりやり押さえ込むと、いきなり爆発することがあるだろう?』

「密度を高めるのは引力のためだけではないわけですね」


 まさに攻防一体――ぶよぶよとした褐色のゲルの惑星形態(プレネット・フォーム)は、なかなか始末に終えない相手のようです。


『……このままでは近づけんな』


 遠巻きに様子を見るわたしに対して、ゲルスターは何の動きも見せません。

 ゲルスターにしてみれば、硬化ゲルミサイルで体積を減らしたり、ゲル壁でせっかく高めた密度を下げたりするよりは、様子見を決め込む方が得策なのです。

 ゲルを取り込むことで引力が増せば、さらに多くのゲルを取り込めるようになり、そうして取り込んだゲルがまた、ゲルスター全体の引力を増すことになるのですから。

 つまりわたしたちは、時間とともに飛躍的に力を増していく相手に対して戦いを挑んでいるのです。

 時間の経過はむしろ、今のわたしたちにとっては最大の敵だとすら言えるでしょう。

 ですが――


「硬化ゲルミサイルとゲル壁……同時には使えませんよね?」

『ん……ああ、そうだろうな。ゲルの硬化と密度の低下を同時にこなすのは難しいだろう』

「ならば、こういう手はいかがでしょうか?」


 わたしは思いついたことをホンダさんに説明します。


『うむ。可能だ。というより、それこそ宇宙に冠たる知的生命体であるぐねぐねとしたアザミ色の触手のお家芸のようなものだ』

「……それなら先に思いついてほしかったのですが」

『…………』


 ともあれ、作戦開始です。


 わたしは再び亜音速でゲルスターに接近を試みます。

 先ほどゲル壁が迫り出してきたばかりの側から、です。ゲル壁は高密度に圧縮されたゲルの密度を下げることで放つ攻撃なのですから、一度放てば再び密度を上げるためにしばしの時間が必要となるはずなのです。


 予想通り、ゲル壁は来ず――硬化ゲルミサイルが飛んできます!

 こちらが何かを仕掛けてくる気配を感じたのでしょうか、ゲルスターは大きく身を削って最初に匹敵する数のミサイルを放ってきました。


触手素子演算機構(T.M.C.S.)による軌道計算を開始――完了! 全弾回避可能ルートを投影する!』


 ホンダさんの言葉とともに、空中にアザミ色の光の矢が現れます!

 その数はおそらく千に達しようかという程で、大きさ・向きはバラバラですが、わたしの現在地点から順に複雑なルートを示しているのです!


 わたしは早速、最初の矢印へと飛び込みます。

 と――


「きゃあ――っ!」


 矢印に触れた途端、わたしの身体が矢印の方向に弾かれます!


『君の視覚野に投影した矢印だ。触れると速度・タイミング・方向ベクトルを君の身体に直接反映する』

「つ――つまり……っ?」

『君の身体は今、ピンボールになっている』

「ちょっとぉ――!」


 わたしの身体は矢印から矢印へとピンボールのように跳ね回ります。

 上下左右前後、脈絡のない急加速と急制動がくりかえされ――矢印は千以上あるのです!――その合間合間に硬化ゲルミサイルがわたしの身体をかすめて飛んでいきます!


 スリルのありすぎる空中ジェットコースターは、それでも数秒ほどのものでした。

 ホンダさんのおかげでわたしの意識も加速していますから、体感としてはそれこそジェットコースターを一巡りしてきたようなものなのですが。


『硬化ゲルミサイルが地上の有人地帯に着弾しないよう調整したせいで、ルートは複雑なものにならざるをえなかったのだ』

「そういうことは……先に言ってください!」


 噛みつくわたしに、ホンダさんは憎らしいほど冷静な声でおっしゃいました。


『さあ――射撃地点に到着したぞ』


 そうでした。先ほどの回避行動はあくまでも前座、わたしの作戦はここからが本番なのです!


 わたしは魔法翼を大きく広げ、手袋に覆われた指先で空中に複雑な魔法陣を描きます。

 昨晩ゲームの中で見ただけなのですが、すらすらと描くことができました。きっと、ホンダさんの仕業なのでしょう。

 たしか、鍵詞(キーワード)はこうでした。


「〈黄昏の触手姫トワイライト・プリンセス〉モード起動、触手の第三番姫は、電離触手砲(ヴァーミリオン)の使用許可を申請します!」

『……ザザッ……こちら管棲官(コントロール)、第三番姫による電離触手砲(ヴァーミリオン)の使用を許可する……幸運を祈る(グッドラック)!』


 ホンダさんがノリよく合わせてくださいます。

 きわめてクリアな音声通話なのにノイズが入っている所など、こだわりを感じますね。


魔界天使(ブラックエンジェル)、全砲門解放!」

了解(ラジャー)! 腕部、肩部、腰部各砲門解放!』


 今度のホンダさんは魔界天使(ブラックエンジェル)に搭載されたAI〈アイン〉の役回りです。こちらの方がホンダさんにはふさわしい役回りですね。


 ホンダさんの声に続いて、わたしの両手に身の丈ほどもある長大な銃身のブラスターが出現します。両手にそれぞれ一挺ずつの二丁拳銃です。


 それだけではありません。肩の後ろからは、両手のブラスターよりも大振りなビーム砲が現れます。ビーム砲には細かな触手がまるで血管のようにからみつき、脈打っています。


 さらに、わたしの腰の後ろからは二門の長大なプラズマキャノンが生え、腰の左右を経由して、前方へ向けてその照準を合わせています。キャノンはペリカンのくちばしを思いきり引き延ばしたような形状で、肩部のビーム砲よりさらにひとまわりは大きな代物です。

 そしてこれこそが魔界天使(ブラックエンジェル)――魔界天使の使役する最強の触手兵器なのです!


 それら計六挺の強力な火砲が、花園の上空を不法占拠するぶよぶよとした褐色のゲルに向かって、その砲口をずらりと並べています……!


「全砲門――一斉射(フルバースト)ぉぉぉぉっ!」


 わたしの声とともに、ブラスターが、ビームが、プラズマ化した弾丸が、夜空に鮮やかな軌跡を描きながらぶよぶよとした褐色のゲルめがけて突進します!


 ホンダさんの仕業なのでしょう、上から、背後から、斜め下から――発射の瞬間を三つの触手アイでとらえた映像が、わたしの脳内に代わる代わる映し出されました。


 すさまじい音と光が、あたりを席巻します。

 ホンダさんご自慢の触手アイも、溢れ出した光を処理しきれず、ホワイトアウトしてしまいました。


 そして――


『……ザザッ……ガトリングビーム砲及び電離触手砲(ヴァーミリオン)はオーバーヒート……テンタクルブラスターも三射以内破損確率が九割を越えた。魔界天使(ブラックエンジェル)、AI〈アイン〉は、当戦場からの即時撤退を勧告する。くりかえす――』

「あ、もういいですよ、ホンダさん」

『……そうか』


 なぜか少し残念そうにホンダさんが言います。


「それで、戦果は?」

『……見てみろ』


 いつのまにかホンダさんの触手アイが視界を取り戻していました。

 いえ、もう肉眼でも見ることができます。

 花園の上空には、大きく体積を減じたゲルスターが浮かんでいました。


「……仕損じましたね」

『ああ……だが、ダメージは決して軽くない』


 たしかに、ホンダさんの言うとおりです。

 攻撃前の半分ほどにまで体積を減じたゲルスターは、残った部分も焼け焦げたり、大きな弾痕がうがたれていたりして、満身創痍といった有様です。硬化ゲルミサイルによる攻撃も止んでいます。


 残念ながら、必殺技をもってしてもぶよぶよとした褐色のゲルを完全に消滅させることはできませんでした。

 さすがはホンダさんをして「宇宙最悪の有害生物」と言わしめるだけのことはあります。


 ですが、道は開けました。

 ゲルスターの表面にばっくりと開いたクレーターの奥に、捕らわれた友梨亜様の姿が見えます。

 普段のわたしの視力では見えないような距離ですが、ホンダさんの力なのでしょう、目に力をこめるだけで遠くの光景がズームされて見えます。

 友梨亜様は手足を広げ、まるで十字架にかけられたあの方のような姿勢でゲルの壁に固定されています。


 わたしは魔法翼をたわませ、友梨亜様の元へと向かいます。

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