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花園の乙女たちの憧れる青薔薇の君は、とんでもない人外でした  作者: 天宮暁
4. 衝動――青薔薇の君かく戦へり

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18/22

4-05

本日2話投稿2話目です。前話の読み飛ばしにご注意ください。

 友梨亜様は、花園のお嬢様も、これからは自立心を養い、社会に貢献することを考えなければならないと常々おっしゃっていました。

 そのせいで伝統を重んじる先生方や、花嫁修業のために花園にやってきた裕福なご令嬢たちから反感を買っていたほどです。


 その同じ友梨亜様が、父親の地位を世襲するために花園の生徒たちの自立を侵そうとする――矛盾しているように感じるのは、わたしだけではないはずです。

 花園の因習と戦おうとなさっていた当の本人が、家だのグループだのに縛られているのですから。


 しかし、わたしの知る友梨亜様はもっと聡明なお方だったはずなのです。

 友梨亜様に、生まれ育った環境に反発なさるお気持ちがあったことは確かでしょうが、それがいつのまにか歪つでグロテスクな妄執へとすり替えられてしまっているように、わたしには思われるのです。


 そこまで考えて、はたと気づきました。

 友梨亜様の健全な自立心を、実績に基づく自負心を、その高貴なる魂をたわめ、グロテスクな妄執へとすり替えたものがいるのだとしたら、それは当然、ぶよぶよとした褐色のゲル以外にありえないのです。

 ゲームのルール? そんなのはマイク・マクドナルドが勝手に言っていたことにすぎないではないですか!


 そのことに気づいた途端、わたしは全身の毛穴が一斉に開いたような気がしました。

 次の瞬間わたしの心の底から込み上がってきたのは、呑み込みがたいマグマのような熱い塊です。

 ああ、そうか、これが「怒り」というものなのかと、わたしの中の奇妙に冷静な部分がつぶやきます。


「……わたし、あのぶよぶよとした褐色のゲルを、絶対に赦しません」


 ぶよぶよとした褐色のゲルは、絶対にやってはならないことをやったのです。

 わたしの友達を傷つけたのです。友梨亜様の立派なお志を穢したのです。

 生物学的脆弱性。ああ、ホンダさんのおっしゃっていたことの意味が、ようやく呑み込めました。

 わたしたちは、弱いのです。いくらそのうちに高貴な魂を秘めた人であっても、ぶよぶよとした褐色のゲルがごとき宇宙生物の干渉で、たやすくその魂をたわめられ、いいように弄ばれてしまうのです。

 侵略されるということがどういうことなのか、今わたしは本当の意味で思い知りました。

 燃え上がる怒りに、わたしは身をゆだねることにしました。


「ヴ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ――ッ!!」

「お、お姉さま……!?」


 わたしの全身の細胞が雄叫びを上げました。

 わたしの纏っていたセント・フローリアの制服がはじけ飛び、全身から大小様々の触手が噴き出します。


 青白い光を帯びたその触手はわたしの身体に次々と絡みつき、わたし専用の戦装束を織り上げていきます。


 それは、パステルピンクとライトブルーを基調にしたドレスでした。

 といっても、実際にこんなドレスを着られる女性はいないでしょう。

 ドレスはフリルのついたノースリーブと鋭いスリットの入ったロングスカートを組み合わせたワンピースタイプで、要所要所に入った白いラインが目に鮮やかです。二の腕まである純白の手袋にはレースの飾りがつけられ、ハイヒールの青いブーツと太ももを強調するニーソックスが、女性らしさ――というより、まだ熟しきらない少女の魅力を訴えかけています。


 いったい何がどう作用したのか――その姿は見覚えのあるものでした。

 他でもない、昨日凛から借りたPCゲーム『魔界天使リリーナ・アンジェリカ』のヒロイン、リリーナ・アンジェリカの聖天使バージョン変身フォームです。


「はわわ……お姉さま、綺麗ですぅ……!」


 つぐみさんがそう褒めてくださいます。わたしではちょっと背が高すぎて不格好ではないかと心配だったのですが、この様子では問題なさそうですね。

 それにしてもつぐみさん、この姿がエッチなゲームのヒロインのコスチュームなのだと知ったら、一体どんなお顔をなさるでしょう?


『すごいぞ、志摩……! 〈蝕種滅殺陣テンタクル・インベイジョン〉で消耗したエネルギーが回復……いや、それ以上だ! 私が母星を出立したときに匹敵する、膨大なエネルギーが生じている!』


 興奮気味にそうおっしゃるホンダさんに小さく頷きつつ、わたしは魔法翼を展開します。

 大きく開いたドレスの背中から、青白い魔法の翼が広がり、夜空を明るく照らし出しました。その大きさは屋上からはみだしそうなくらいです。

 同時にわたしの頭上に円環(ホロウ)が発生します。聖天使の証たる天使円環エンジェリック・ホロウです。ゲームではヒロインが酷い目に遭うたびに輝きを失っていくのですが――それは今は考えないことにしましょう。


「お姉さま……天使さまみたいです!」


 つぐみさんが無邪気な歓声を上げられます。


「それでは、行ってきます」

「はい……! 今のお姉さまなら絶対に勝てますっ!」


 つぐみさんの心強いお言葉とともにわたしは夜空へと舞い上がります。


 ――今、助けますからね、友梨亜様。


 わたしは夜空を席巻するぶよぶよとした褐色のゲル目がけて空を駆けていくのでした。

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