After rain rainbow
雨は六月によく降るイメージがあるが、七月にだって降る。空から垂れる細く煌めく銀の糸と考えればロマンチック、暑い日に湿気を運び蒸し暑さをプレゼントする使者と思えば憂鬱。
だがそんな雨も、水。空から降ってくる水なのだ。
ゆえに…カバンを濡らす。特に革製じゃなく布製カバン!防水のしっかりしてない薄いのを使うと大惨事。
べっちょりと濡れた中身にぐったり、場合によっては泣きそうになる。まあ、俺のはしっかりしたスクールバッグだから大丈夫なんだがな。カバンに仕込んだ折り畳み傘よ、今こそ出番──
「‥あれ……?」
ない。俺のカサがない。ちょっと渋めの青が気に入ってたのに。
がっさがっさとカバンを漁っても出るのは教科書プリント等々、落としたら濡れそうだ。
「ねー、何荷物濡らしてんのー? 見られたくないテストでもあった?」
後ろから幼馴染こと伝葉飛沫が話しかけてきた。
うわ嫌な奴に見つかった……。こいつのことだ、ドヤ顔で自分の傘を見せつけに来る!
「ちげーよ」
「探し物? なに探してるの? 今日は笑わないからね? 」
「ぜってー嘘だ」
ほぼ確実に笑いにくる。探し物が探し物だから。
「えーっとなになに。プリントじゃなさそう、で、教科書でもない。そして天気から察するに──
──カサ! あんたお気に入りの渋い青の折りたたみ!」
あたり? あたり? という目でこっちを見てくる。ウゼェ……。だがしかし、こうなったらあいつは正解をあてるか俺が折れるまで帰らせてくれない。
今日は渋々折れてやる。正解だったしな。
「あたり」
するとにこーーーと効果音が出そうな笑みが顔一杯に広がっていく。
やばいこれは凄くからかわれる。
「うっそーあたっちゃったー!傘がカサ探してる! マジ受ける!」
ああ……。まただ……。
俺の名前は張差傘、傘を張り傘をさす、親のセンス爆発させてんじゃねぇよ。
まあ爺ちゃんち傘屋だしあってなくもない。
ちなみにさっきから飛沫がにやにやしている。俺をからかって面白かったのか、それともやっぱり──。
「と、こ、ろ、で、これなーんだ? 」
得意げな飛沫の手に握られていたのはさっきの予想通りの、
「俺のカサーーッ! 」
俺の相棒※雨の日限定!
「返せよーッ⁉︎ 」
「あ、はい」
呆気なく目の前に差し出された青いカサ。雨の日の相棒、折り畳み傘。やれやれ、これで濡れずに帰れる。
靴を履き替える。二年目になって革靴の感触にも慣れた。カバンを背負いなおしてカサを開こうとするとクラスメイトが隣にいた。
「やあ、張差君」
「よお」
こいつは時雨降、なかなかにセンスフルな名前の持ち主。まあ張差傘と大して変わらん。
だがしかし、こいつのスペックは俺とかわらんどころじゃない。
学年でも上位に入る学力、スポーツ万能つまり文武両道、おまけにルックス優秀、性格イケメン。ちっリア充が!
「傘忘れちゃった……。張差君カサにならないかな? 」
むう。飛沫が言うと嫌味な言葉もこいつが言うといかすジョークに聞こえるのが不思議だ。
「なんねーぞ、俺が濡れちまう」
「あはは、冗談だよ。それじゃあね。道に気をつけて」
カバンを頭に乗せた降がダッシュしている。イケメンとは濡れてもなおイケメンなのか。
あ、こけた。
さっきまでロッカーにいたらしい女子が駆け寄って手を差し伸べた。濃く穏やかなグリーンのカサを持っている。
……ん? あれ相合傘か? しかも腕組んでやがる。リア充! ふえーん、非リアの俺にはきつい!
お、俺だってぱっと見はそこそこかっこいい方らしいし? ほら、平均点は取れたし?
太刀打ちできねーな俺。彼女募集中!
非リアがするのはこの状況下一つ、彼女の観察だ。バレないよう尾行していると飛沫もついてきた。ミーハーな奴……。
緑のカサで顔は見えにくいけど滑らかそうな黒髪ロングの子だってのはわかった。時折覗く表情も知的美人という感じだ。
「誰だろーな、あの子」
飛沫に聞いてみる。女子の派手グループの一人のくせにさっきから妙におとなしい。尾行中だからか?
それでも騒ぎそうなんだが。
「……紫苑陽花さん。時雨くんあんな子好きなんだ……。」
「きゃー予想通りー! とかさわがねえのか? お前らしくないな」
さっきからこいつにしては静かすぎる。普通ならわざとすれ違ってヒュー! ってやりそうなのに。それになんだか元気がない。それに男女分け隔てなくがモットーのこいつが"時雨くん"というのも変。
「なんかお前今日変だぞ?」
「……は、傘気づかないんだ? 鈍すぎ 」
「なんだよ。風邪でもひいてんのか」
「もういいや。傘なんか頼ろうとしたあたしがバカだったってだけ」
「おいさっきから意味がわからねーぞ⁉︎ 」
「だから! もういい! 」
そう言うと飛沫はいきなり走っていった。なんなんだよ。変だぞ。しかもあいつカサさしてないぞ。
……ん? カサ?
「おい!飛沫カサ、」
ない。俺のカサしかない。カサは前方の緑と手元の渋い青しかない。常識で言えばあいつのカサがあるはずなのに。
つまり濡れ鼠or……
……相合傘?いやないないないないない。俺と相合傘してくれる親切な奴だっけかあいつ。
あ、でもカサを忘れてたんだとすれば勝手に入ってそうだ。気づかない俺も俺だけどな。
そうすると今日飛沫は濡れて帰ることになる。さすがに放っておいて帰るのは後味が悪い。
「探してやるか」
走っていった方向は商店街。どっかの店先で雨宿りでもしてるかもしれない、まあ一晩中降るだろうけど。帰ってたら無駄足だな。
***
パステルな看板、ビビットな看板、鮮やかな色ひしめく商店街を歩く。
店先に張られたテントが音をたてて雨粒を弾く。まるで固定されたカサ。そういえば固定ガサってチャリにやってる奴がいるけどやめた方がいい。調節できねーしすぐ濡れるし視界も悪くなるぞ。
チャリではなく店にさされたカサは関係ねえな。
ざんざんと降る雨をテントと一緒に俺のカサも弾いている。歩けば地面のレンガのへこみに溜まった水たまりに革靴を突っ込んで水を弾く。
「飛沫ー? 」
カサをくるくる回しながら呼びかける。どこいったんだよあいつ。
おもちゃ屋、床屋、魚屋、八百屋、古本屋、シャッターのしまった食堂。
歩いて行くうちに商店街も終わりかけ住宅街に近くなっている。
雨は降ってはざぱざぱともうバケツひっくり返すとかそんな次元じゃない。これ滝だ。
店先を閉まってるところも見て最後の一件、しまっていて何の店かはわからないけど、そこに飛沫がいた。
「やっと見つけたぞ飛沫! ほら行くぞ」
カサの反対の手を差し出す。これじゃ降と陽花さんの逆みたいだな。
しゃがみこんでいた飛沫の顔があがる。雨が乾いてないのか濡れていた。
「……わかんないくせに」
「は? 」
「だっから、あたしがなんであたしらしくないのか、わかんないのにどうして見つけられるの⁉︎ 」
なんだよ。こいつなにいってんだよ。
「あのね! オンナノコが急によそよそしくなったりさ! 落ち込んだりしたら! 気づくでしょ普通! 」
「……えー……。わかんねーよ‥」
「ちゃんと考えてよ!」
むう……。乙女というのはわからん。
これはアレか。飛沫のだということを抜いて乙女の悩みを片っ端から挙げていけばあたるか?
「スイーツ」
「違う!」
おっと、口に出してたのか。まあいいや、あげてくついでに答え合わせしてもらおう。
「ダイエット」
「なめないでよそれなりには自信あるんだから」
「アイドルのコンサート」
「だから!」
「……あとは、恋か……。」
「…………」
おっと当たりか?いつもされてるみたいににやにやしながら採点を待つ。
「──あたり、ってゆうかなによその顔! あたしが恋に悩んだら悪い⁉︎ 」
「いや悪い。飛沫を乙女と見ていなかった」
バシッ。
頭をはたかれた。
「いってー!なにすん……だよ……」
今更────いまさら、頬を濡らしていたのが涙だってことに気づいた。
「なによもう……時雨くんもさぁ、『タイプじゃない』って、」
どうやらお相手は降だったらしい。まあ紫月さんみたいな黒髪ストレートの古風な美少女ではないからな。
飛沫は真逆、茶髪猫っ毛ショートのハデ系ギャルって見た目だ。
……でも性格はそんな悪くないぞ? グイグイくる奴だけど、絶対に嫌だって弄りはしてこない良識ある奴だ。
雨ざらしになってた茶色の猫っ毛からぽたぽたと雫がたれる。きっとこれが黒髪で、濡れるとしっとり艶やかな絹糸みたいで、おとなしい内気な子だったら降のめがねにもかなったんだろう。
でもそれじゃ、飛沫じゃないって気がする。
飛沫はおとなしい深窓の令嬢とか古風な乙女じゃなくて、強気で勝気で──
──なんていうか、こう……
うん、やっぱり女子ってわかんね。
「ちょ……! なんで人の頭なでてんのよ! あたしはボール箱入りの捨て猫か! 」
「うぉ⁉︎ 悪い、あ、でも俺は黒髪ロングより茶髪ショートの方が好きです! 」
俺なにいってんだよ。
しばらくぽかんとしていた飛沫が、やがて口を開いた。
「なにそれ」
飛沫はぷっと吹き出すと勝手に俺のカサを開いた。
「おい! それ俺のカサーーッ! 」
走っていく渋い青のカサを追いかけて入る。
七月の蒸し暑い雨は今も全力で降っている。
こいつがなにを考えているのかはわからない。おおかたカサ、ラッキーとか思っているかもしれない。
でも、雨に濡れた猫っ毛はきっともし紫月さんが隣にいて、ストレートの髪が濡れていても、多分ちょっとは可愛いよななんて、思わないと思う。
渋い青のカサと傘と飛沫が雨の中、いろとりどりの店のカサをくぐっていった。
〈了〉
わぁ……。ぜんぜん黒髪ロングでないですね。あるぇ、おっかしいなー?
閲覧ありがとうございました!




