猪突の遭遇
「そっちに一体抜けたぞ!」
「向こうにも二体抜けた!」
茶色い巨体を振り乱しながら数匹の猪が街の中を駆け回る。
それを取り押さえるべく数人が飛び掛かるが振り払われたり逆に追い回されたりと、悪戦苦闘しながらも何とか檻へ入れていく。
だが残り一体がなかなか見つからない。
想像以上の事態にジェイドも駆り出され、街の中を駆け回っていた。
事の発端は繁殖期の猪達のストレス解消にと、近くの牧場地に猪達を運んでいたトラックが街の中で横転し、猪達がパニックを起こして逃げ出したのだ。
更に今日に限って旅団の主力の殆どが別の依頼により街を離れており、しかも普段の温厚さからは打って代わり繁殖期の猪達は凶暴化していて、他の旅団員達だけでは手に負えず非番中であるジェイドも駆り出されたのだ。
──移動するなら繁殖期前にしろよ!
内心で悪態を吐き、銀色の髪を乱れさせながら足を動かした。
街の人達には屋内に避難するように呼び掛けているが、全員避難を完了しているとは言い切れない。
──誰も被害に合わなければいいが…。
ジェイドの思いは目の前に広がった光景により砕かれた。
「うぁああぁぁん!!」
やっと見付かった猪の走る先に転んで泣きじゃくる男の子がいたのだ。
走ったところで間に合う筈もなく、一か八かとジェイドが腕を前に突き出し魔法を放とうとした時だ───
「槍の雨」
猪の周りを囲むように槍が降り注ぎ、地面に次々と突き刺さっていった。
余すことなく地面に突き立った槍は猪を傷付ける事もなく動きを封じた。
驚くジェイドの前で上から人が降ってきて男の子と猪の前に着地した。
サルエルパンツを履いたジェイドより小さな人はポニーテールにした黒い髪を揺らしながら男の子に駆け寄った。
「大丈夫か?」
男の子の両脇に手を入れて立たせてやると、男の子と同じ高さになるようにしゃがみ込んで怪我を確認する。
「ちょっと擦りむいてるなぁ」
「僕男の子だから平気。お兄ちゃん助けてくれてありがとう!」
男の子は服の袖で涙を拭うとさっきまで泣いていたのが嘘のように、太陽のような笑顔で目の前の恩人に御礼を告げた。
「いいっていいって!もう転ばないようにな!」
ジェイドからは見えないが笑い返しているであろうことは声の調子から想像出来た。
何処の誰かは知らないが自身が守る筈だった男の子を助けてくれて、更に猪を傷付ける事なく捕らえてくれたのに礼を言わねばと、ジェイドは去って行く男の子に手を降り返している男の子曰く"お兄ちゃん"に話し掛けた。
「こっちも助かったよ。間に合わなかったらと背筋が冷えたぜ」
「いやぁ、あたしも咄嗟だったから間に合って良かったよ」
ジェイドに気付いていたのか相手は驚く事なく振り向く笑顔は少年なのか少女なのか分からない中性的な容姿をしていた。
服装は男の子、一人称はあたし、と目の前の矛盾した存在にジェイドは悩むが、それよりも先ずは猪をどうにかしなくてはならない。
「ジェイドさーん!」
猪の向こう側から旅団員達が数名駆けてくるのをこれ幸いと思い状況を説明した。
猪を捕らえた本人に魔法を解除してもらった途端に旅団員達が猪に飛び掛かり、猪全ての捕獲を完了した。
「なぁあんたって"死神の宝箱"の人か?」
「それがどうした?」
少年なのか少女なのか分からない相手からの問いにジェイドは頷く。
ジェイドの所属する旅団の名は"死神の宝箱"。
国の下の組織のではあるが、国の所有ではない組織の一つだ。
各国各地各街町にそれぞれ旅団があり、ここ港町 アクアミールには"死神の宝箱"が拠点を置いていた。
旅団とは簡単に言えば何でも屋と警察が合体した組織みたいなもので、街で起こる問題・事件の解決・収集をしたり、悪人を捕まえて引き渡したり、依頼をされれば犯罪以外は何でもする組織である。
「あたしはレイル。"死神の宝箱"の団長に聞きたいことがあるから会わせてほしい」
「って言うから連れてきた」
レイルはあっさりと了承したジェイドに連れられ"死神の宝箱"の拠点である食堂に来ていた。
中に入ると人は少なく、どうやらまだ先程の猪達の作業が終わっていないらしい。
レイルを適当な席に座らせ、ジェイドは奥の部屋へ引っ込んだが直ぐに人を連れて戻ってきた。
白く長い髭を一房に纏めた老人、"死神の宝箱"の5代目団長 ハートラス。
ジェイドはここまでの経緯を簡単にハートラスに説明して冒頭に至る。
「して、ワシに話しとは何じゃ?」
ハートラスの好好爺然とした問いにレイルは自身の"探し物"を話す。
「星を壊せる物か、魔法をしりませんか?」
"星"
その意味がジェイドには理解出来なかったがハートラスは理解出来たのだろう、僅かに眉を跳ねさせた。
「ふむ、お前さんレイルといったな?では先ずその質問に答える前にワシから一つ聞こう。
もし星を壊せる方法があったとして、それをどうする気じゃ?」
「星を壊します」
「それは何故?」
「友達と約束しました」
ふむ、とハートラスは頷き自身の髭を撫でる。
隣で聞いているジェイドにはさっぱり分からないが、レイルには重要な事なのだろう、ハートラスに進撃でいて、少しの期待の籠った目を向けていた。
「すまんがの、ワシも星を壊せる物も、魔法知らんのじゃ」
「そうですか…」
僅かでもあった期待も外れてレイルは隠さず小さく項垂れた。
「見たところ、旅でもしておるようじゃの?」
「はい、ずっと方法を探して旅してます。
此処なら色々な情報も入るし知ってるかもしれないって聞いて…」
「うーん、確かにうちには情報は集まりやすいけどなぁ…」
「そのしょげ様じゃと、他に手掛かりはなしかの?」
レイルが頷くと、ふむ、とまたハートラスは自身の髭を撫でながら何かを思い付いたような顔をした。
それにジェイドは何となく察しが付き、苦笑を溢す。
「ならうちへ入団するのはどうじゃ?」
「へ?」
予想外の申し出にレイルからはすっとんきょうな声が出た。
「何の手掛かりもなしに旅をしたところで成果は目に見えておる。ジェイドの言うたようにうちは情報が集まりやすいからの、衣食住の不確定な旅を続けるよりよっぽど効率が良いじゃろう」
それは盲点だった!というような顔をしているレイルにジェイドは呆れた視線を送った。