重圧 5
来週はいよいよ今年のラスト、編集後記のエピローグで締めくくります。
「ユキチ、久しぶりにビッグマックを食べるとかなりうめえな」
「なんだよ、さっきは油がどうのってほざいてたくせに」
「でも、消化が悪いんだって」
「お前の内臓が弱いんじゃねえか」
「ポテトもいい噂を聞かねえし」
「あれは全部中国のチキンナゲット工場がいけねえんだ」
「ああ、賞味期限を無視したり、落っこちたものを平気で食品化したり」
「あれじゃあ、どこの会社だってひとたまりもねえ」
「確かによく企業として保っているよな、何しろ世界的企業だからな。そんなことよりユキチ、さっきの件を蒸し返してもいいか」
「なんだっけ?」
「とぼけるなよ、なぜボーカリストを目指したのかってことさ」
「ああ、特にお前に教えたくねえな」
「愛してる奴には知らせたくないんだ」
「誰が愛してるだと」
「おっと、ものすごく怖い目だ」
「ふん、あたいだけの秘密さ」
「そう聞くと余計聞きたくなるぜ」
「知ったってつまらないことさ」
「じゃあ、教えてくれ。誰にもいわないから」
「別にどうってことねえぜ」
「いいんだ、どんなことでも。俺はユキチの全てを知りたいだけだ」
「あたいが男兄弟の中で育ったことは前に話したよな」
「ああ、それで言葉遣いが普通の女の子とは違ってたことは聞いた」
「だから、近所の悪ガキによくいじめられたんだ。髪の毛も女の子らしくなくショートだったし。
だけど、あたいは周りの女の子とままごとをするタイプではなかったんだ」
「それで孤立したのか」
「ああ、だから話し相手と言ったら兄弟だけだ。だから滅多に外で遊ばなくなった」
「それで幼稚園に行く頃になって余計引っ込み思案な子になっちまった。一見カワイイがいざ話したら、”手めえ”だからみんな驚いちまって近寄らなくなった」
「それでも自分を貫き通したのか」
「ああ、父親が顔がカワイイから少しぐらいやんちゃな方がいい、と母親が心配するのを尻目に私の個性を尊重してくれたんだ」
「そこからユキチの言葉遣いになったのか」
「そうだ、家の中では本当に自由奔放だったのさ」
「それじゃあ、小さい頃は女の子の気持ちになるってことはなかったんだ」
「ああ、明らかに男性的だったな。男に魅力を感じないし、
却って女の子の仕草がカワイイと思っていた」
「ふーん、複雑だったんだな」
「だから小学校に入学しても話し相手をしてくれる奴が誰1人いなかったんだ。子供心にかなり落ち込んだぜ」
「6年間誰1人とも話さなかったのか」
「ああ、話せば嫌われるのが子供心にわかっていたんだ。だから今でも小学校の同窓会には行ったことがねえんだ」
「そんな女の子がハードロックを目指すきっかけはなんだったんだ」
「ジャニス・ジョプリンさ」
「あの伝説の女性ロックシンガーだったのか」
「あいつの歌を聴くと今でも心が震えちまう。そうあれはモントレー・ポップ・フェスティバルだった。ビッグ・ママ・ソートンの『ボール・アンド・チェイン』をうたったときの彼女のパフォーマンスは最高だった。そのとき母親がそっと教えてくれた。ジャニスも子供の頃誰からも相手にされなかったんですって、人の痛みがわかるからこれだけ心に訴えかける歌がうたえるんだって。
そういって何度も何度も母は父親が大事にしていたビデオテープを見せてくれた。その日からあたいはロックシンガーになることしか道がないと思って生きてきた。でもジャニスは歌だけでは自分を取り戻すことができなかった。だから麻薬やアルコールに逃げてしまったのさ。あたいは彼女の果たせなっかったものがなんなのか、どうしても知りたかった。あれだけの名声を得たのに結局は自分の殻から飛び出すことができなかった原因を知りたくて今までうたってきたんだ」
「ユキチ、もうお前が1人で悩むことは2度とないぜ」
「あたいが蹴飛ばすかもよ」
「おお、望むところだ。ジャジャ馬を乗りこなすことこそ真価が問われるからな」
「ありがとう、大介」
「その表情忘れるなよ」
「あいよ!さあ、もう時間がねえ」
「そうだな、ラストスパートをかけるか」
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