重圧 2
一方、ユキチの方は物凄いプレッシャーに追われた夜だった。ユカの曲の詞がなかなかハマらない。時間だけが刻一刻と過ぎて悲惨な状況になりつつあった。こんな時は何もしないほうがいい、そう開き直って人気コミックの『進撃の巨人』を読み出した。
今回の敗因は、初めてオリジナル曲を作るにもかかわらず、日数が足りないことだ。確かに曲を作り、レコーディングまで2週間。さらにライブ用の練習が1週間。これがどれだけ短いかあなたにも察しがつくだろう。それでも誰1人不満を口にしないのは、いいものを作りたい、その一心なのだ。しかし、ユキチの疲れはピークに達していた。もう壁壁壁の連続で息つく暇がないのである。
こんなときはやはり彼の声が聞きたくなる、無理のないことだった。
「大介か、ご機嫌麗しゅうございますか」
「その様子だと壁は乗り越えたのか」
「まさか、ユカの方でかなりテンパってる。実のは全く手つかずだ」
「そうか、それを聞いて安心したぜ。あと金曜日と土曜日しかないのに、同じぐらいのラインにいるんだからな」
「大介、『ソルジャー』は土曜日に会って一気にかたづけねえか。英訳するだけだから」
「なるほど、明日『デッド・エンド』を完成すればいいのか。だけど、アクセントとか、イントネーションを考えたら英文の譜割りは1日じゃとても無理だぜ」
「しかたねえよ、ぐずぐずしてたら夏休みなんてすぐに終わっちまう」
「だけどユキチ、俺はギターを弾く自信が全くねえぞ」
「あたいだって、ぶっつけ本番さ」
「こんな状態で本当にうまくいくと思うか」
「バカ野郎、あとには引けねえよ」
「実にあと1週間レコーディングを伸ばすように提案しようか」
「そんなことしたらライブの回数が減っちまう」
「だけど、時間をかけて満足のいくものを作りたいぜ」
「最後は実の作った音源で録音するしか方法がねえだろうな。とにかくオケはできてるから歌を録ればいいんだ」
「わかったよ、じゃあ、歌詞を作ることに全力を尽くせばいいわけだ」
「おい大介、明日朝から晩まであたいとつきあう気はあるか」
「ああ、1人だとプレッシャーに押しつぶされそうだ」
「同感、あたい今『進撃の巨人』を読んでる。
「開き直ったのか?」
「バカ、息抜きだ」
「じゃあ、明日のためにもう寝るか」
「あたいもそれが1番いいと思うぜ」
「ユキチ、死ぬときは一緒だぞ」
「ああ、その覚悟があればなんとかなるさ」
「ユキチにあと100回キスしときゃよかった」
「半分は洋子とするんだな」
「おっと、忘れるところだった」
「なんだよ」
「ユキチに話したかったことがあるんだ」
「それは急ぎか」
「ああ、洋子と中学時代に仲のよかった大島説子という女の子を、バンドの仲間に加えたいんだ」
「何か楽器はできるのか」
「いや、素人だ」
「そんなのメンバーにしてどうするんだ」
「コーラスでもいいんだ。ユキチなんとかならないか」
「他のメンバーの意見も聞かなくちゃな、大介はどうしたいんだ」
「マネージメントをするかメンバーになれたら、と考えてる」
「マネージャーなんて今はいらねえだろ」
「プロフィールを作ったり、ライブをする場所を探してもらったりとか、仕事はいろいろあるはずさ」
「確かに助かるけど、大介はそれでいいのか」
「うん、ユキチに洋子のことをわかってもらいたいんだ」
「あたいはどうすればいいんだ」
「普段通りで構わない」
「大介のことを好きとかいうぞ」
「ああ、それでいいんだ」
「それじゃあ、洋子と仲良くなれというんだな」
「そうだ、俺は2人にありのままを見てほしいんだ」
「わかった、お前の望むようにすればいい、だけど、あたいの気持ちはわかってるよな」
「ああ、もちろんだ。フェアにしたかったんだ」
「わざわざ地獄に飛び込むようなものだぜ」
「いいんだ、俺はもう逃げたりしない」
「よし、あたいも女だ。受けて立とうじゃないか」
「ユキチ、お手柔らかに」
「わかってるよ、本当に手のかかる坊主だ」
「ありがとう、おやすみ」
「ああ、じゃあ明日な」




