旋律 4
あれからユキチは大介の存在など目もくれず、ただひたすらユカの曲に詞をあてていた。ときにはうたいながら、またあるときは浮かんだフレーズをノートに走り書きし、そしてリズムを刻み言葉の感触をつかんでいった。
その様子を見て大介は、
「ユキチ、さっきから何をやってんだ」
「見りゃわかるだろ、作詞だ」
「そんなことを聞いてるんじゃない。字数だけで言葉を選ぶとまとまりが悪くなるぞ」
「6文字の言葉だけで探すとすぐ限界がきちまう。イメージが合うと思っても数が合わないんだから本当に嫌になるぜ」
「1文字や2文字ならメロディーで対応できるだろ。だから最初は曲のイメージに合わせて言葉の傾向を決めておくんだ」
「そうか、ジャンルにあった言葉を集めておくのか」
「そうだ、そっちの方が手っ取り早い。加えてAメロ、Bメロは淡々と、そしてサビは一気に展開する言葉選びができればドラマティックになる。曲のテーマは決まったのか」
「愛でいきたいんだ。だけど、明らかに経験不足だ。何をどう考えていいのかさっぱりわからねえ」
「今まで女らしくなんて考えたことがなかったせいだろう。愛か、ユキチに足りないのはホイットニー・ヒューストンかもしれない」
「まさか、エンドアイ〜ーーか」
「そうだ、そのまさかの『I will always love you』だ」
「あたいにはあの歌は無理だよ」
「今グーグルで対訳を調べてやるよ。私はあなたを愛し続ける、何て言われたら大概の男をころっといくね。女心と言ったらやっぱこの曲さ」
「どんなことが書いてあるんだ」
〜このままあなたのそばにいても 私はきっとあなたの邪魔にしかならないの。だから行くわ これだけはわかっているの これからどんな道を選んだって私は貴方のことを想っているって 私は貴方のことを愛し続けていくでしょう ずっとずっと貴方だけを 少しほろ苦くて、甘い思い出 それだけが私のすべてなの さようなら、どうか泣かないで わかってたでしょう 貴方の隣にいるべきなのは私じゃないって だけど私はこれからも貴方を愛し続けるでしょう ずっと貴方だけなの これからの貴方の人生が優しさに包まれ 夢見たこと全てが叶いますように 喜びと幸せに満ち溢れたものになることを祈ってる でも、それよりも貴方から私への愛を願ってしまうの そして私は これからも貴方を愛し続けるでしょう いつだって貴方を愛し続けるでしょう これからもetc〜
「この曲の詞は、一見恋する女の幻想を表現したもののように取れる。だが、これに洗練されたメロディー、さらにホイットニーのきらびやかな歌声が加わることによって良質のロマンへと生まれ変わっていくんだ。才能もあり、実力もあり、誰もがうらやむほどの成功を収めたのに、なぜ薬に手を出すんだろうな。俺にはわからない。人生が狂ってしまうのは誰にだってわかることじゃないか」と大介が叫んだ。
「どうしようもないことだ。他に逃げ道がなかったのさ」とユキチが寂しげに言った。
ミュージシャンを目指す2人にはわかるのだろう。ヒット曲を生み出すことの責任と期待。こんなはずではなかった、と世間にさらされる私生活。ホイットニーの場合、成功は決してハッピーではなかった。夫のボビー・ブラウンがいけなかった、という人もいる。だが、他人が夫婦間のことをとやかくいうのはフェアでない。実際2人はすこぶる幸せだったかもしれないのだ。
もし彼女が若い頃にやっていたゴスペルシンガーのままだったら、1人の女性としてごく自然な幸せつかんでいたかもしれない。世間の目も、周りからのプレッシャーもなく自由であったはずだから。成功が人生を狂わせてしまうこともあるのだ。ボビー・ブラウンとホイットニーの間に生まれたクリスティーナはもっと悲惨だった。誰もがヴォーカリストとして生粋のサラブレッドだと期待する中で歩んだ22年間の人生。これまでのことを全て忘れてどうか安らかに眠ってほしい。彼女に謹んで哀悼の意を捧げたい。




