操舵 1
8畳はあろうかという部屋の内部は、勉強机、薄型テレビ、キーボード、ミニコンポ
、そして音楽用のミキサー群が並んでいて、その奥にはCDやレコードが所狭しと積み重なっていた。すると大介が、
「レコードプレイヤーを見るのは生まれて初めてだぜ」と驚くと、それに対して実は、
「今、アナログの音が一番しっくりくるんだ」と通を気取る。
これだけ揃っていたら環境のせいには出来ねえよ」と謙二が羨望の眼差しを向けると、そこへ小さな来訪者が部屋に入ってきた。実が、
「みんな紹介する。妹のあかりだ」
「ヘエ〜可愛いな、いくつ?」とユキチが聞くと、
「10歳」と恥ずかしそうに応えた。
「実に似ないで良かったな」と大介が憎たらしいことを言うと、彼女はそそくさと自分の部屋に戻ってしまった。
「兄弟は2人なのか」と謙二が確かめる。
「ああ、あいつは俺よりピアノのセンスがいいんだ。特にショパンは神がかり的だ」
「実も最初はクラシックのピアニストを目指したのかい」と大介。
「ああ、だけど俺には向いていなかった。小5の時エマーソン、レイク&パーマーの『展覧会の絵』を聴いて衝撃を受けちまって、キッパリやめたんだ」
「あの曲は4〜50分くらいあったよな。最後まで聴くのに苦労した覚えがあるぜ。だけど、俺はキングクリムゾンにいた頃からグレッグ・レイクのヴォーカルは好きだったよ」
「さすが大介だ。プログレも聴いていたんだ」
「ああ、どのジャンルも一通りは聴いてるよ。だけどクリムゾンも曲が長かった印象があるけど」
「ああ、だけどELPほどじゃないぜ」
「じゃあ、本物のピアノもどこかにあるんだ」
「ああ、アップライトだけどリビングにある」
「実そろそろ本題に入ろうぜ」とユキチがジレて言った。
「あ、そうそう悪かったな。じゃあ、それぞれ発表していくか。誰からいく」
「じゃあ、俺からいかしてくれ。メロディーを1つ作るのに苦労したんだ」と謙二が口火を切り、ズボンのポケットからブルースハープを取り出す。
「おい、それで何をやるんだ」とユキチ。すると謙二は、
「俺小学生の頃、兄貴がブルースハープを吹くのを見て、いつかこいつで勝負したいとずっと思っていたんだ。だからブルースハープが口ずさむ代わりをしてたんだ」
「なにカッコつけてんだ。ハーモニカだろ」と声高の実。
「馬鹿野朗、次元が違うんだ」と謙二は主張を展開する。
「いいじゃない、それよりどんな曲を作ったの」とユカ。
「うん、サザンの『ミス・ブランニュー・デイ』みたいな世界観をずっと作りたいと考えていたんだ」
すると大介が、
「おいおい、『ミス・ブランニュー・デイ』もどきをブルースハープ演奏するのか。コードは無視かよ」
「だから言ったろ。メロディーオンリーさ」と複雑の表情の謙二。
「おい謙二、ユキチが歌うことを忘れてないよな」と実が確かめると、
「あったぼうよ、個性的な桑田とユキチの魅力が加わったら鬼に金棒じゃないか。日本語でうたうならこれぐらい冒険をしないと…」
「マジかよ、『『マンピーのG★SPOT』みたいな曲だったらシャレにならないぜ」と大介がさらに攻撃すると、
「とにかく聴いてみてくれ」と謙二の自信は揺るぎないようだった。
そこそこに携帯のアプリでリズムを流すと同時に、謙二は一気にブルースハープ吹き始めた。しかし、これと印象を残さないまま曲はすぐに終わってしまった。
「何だよ、イントロがなくていきなりメロディーが始まるのか」と実が呆れ顔で話しかけると、
「だってよ、閃いたメロディーを繋ぎ合わせたらこれしか出来ねえし」という謙二に対してユキチは、
「実、ちょっと待て。まあいいじゃねえか、それよりブルースハープ自体は新鮮だし、音楽の知識はこれからいくらでも勉強できる。だけど、あたいには桑田の真似は無理だわ。確かに桑田独特の言い回しと、音感の鋭いところは見習わないといけないけど…」
「やっぱダメか。だけど作曲するって大変なことなんだな」
「謙二、それがわかっただけでも収穫は大きいぜ」とユキチが軽くウインクをした。




