落とし穴 5
松本実の自宅は品川駅から程近い港区高輪の一等地にあった。大介は京浜急行の品川駅の改札を出るとiPhoneのマップに住所を入力して画面を見た。それによると品川プリンスホテルの先の路地を右に入って道なりに10分も行けば右側にあるはずだった。大介はこれなら迷子にならなくて済む、と安心して携帯を胸ポケットに収めすぐに歩き出した。
ひさしぶりにアコギをハードケースに入れて持ち運ぶため右手はすぐにパンクしてしまった。だが、左手に持ち替えてもすぐに腕の筋肉は悲鳴をあげ、仕方なく休み休み行くハメになった。こんなことじゃあ、路上ライブライブ以前の問題だ、とあまりにも体力がないことを嘆き。なんとかして背負えるケースの必要性を感じていた。
この辺りは東京大空襲の影響をあまり受けていなかったのか、古い作りの民家がたくさん残っていた。現代的なマンションもあるのだが、大介は昭和の香りがする旧家が好きだった。特に木造のレトロな感じの出窓がお気に入りで、思わず綺麗な女性が上半身を乗り出してうちわで扇いでいる光景を想像したが、まあ、現実はそうはいかない。
コンビニの前を通ったとき時計の針は14時40分を指していた。大介はもう約束の時間を40分も過ぎていることを知って先を急ぐがドタドタと歩くのが精一杯だった。すると白い外観と木に覆われた木造の2階建の重厚な家が目にとまった。大介は実の家はきっとこれだ、とピンときた。正面に着くと確かに木製の表札に松本の文字が書かれていて、門が手で開けられるのを確認した。そして中に入り玄関前に立ち止まりインターフォンを押した。するとすぐに実の声で、
「大介か!」
「おー、実遅れて悪いその大介だ」
「なんだよ、遅れるなら遅れるで連絡しろよ。もうみんな揃っているから中に入れ」
「わかった」と言ってから玄関の扉を開ける。そして左側の下駄箱にみんなの靴を発見し、自分のも一番端に揃えた。するとすぐに40代と思われる品のいい女性が歩み寄ってきて、
「はじめまして、実の母の恭子です。実ると仲良くしてくださいね」の言葉に大介は、
「いえ、僕の方こそ実くんに世話になっているんです。はじめまして僕桐原大介と言います。よろしくお願いします」
「大介、挨拶はもういいから俺の部屋に上がってくれ。2階だ、さあ早く」
「わかった」と答えて大介は実の後に続いて階段を駆けるように歩いた。2階に来ると左右2部屋あり、実が右側の部屋に入って「こっちだ」の合図。そして大介が足を踏み入れると、みんな視線を一身に浴びて「遅い」の大合唱になった。
「いや〜、最後の最後まで煮詰まっちゃって、みんな勘弁してくれ」
するとユキチが、
「それでいいものができたんなら文句はねえんだけどな」と釘を刺す。
「ユキチ、相変わらずかわいくねえな」と大介が応酬すると、すかさず実が、
「言い出しっぺがこれじゃあな。だいたいプロの作曲家だって1週間で曲を作るのは大変なんだぜ。それを経験のない俺たちが出来るわけがない。中途半端は当たり前なんだよ。まあいい、とにかく始めようぜ」と実が口火を切った。




