落とし穴 4
大介はユキチに電話した後、気を取り直して iPhoneでチャック・ベリーの『JohnnyB.Goode』を検索して、すぐにスタートを押した。そして流れ出す音楽を聞き逃さずにおもむろに音を拾い始めた。キーはA、コード進行はA→D→A→E→A→A→D→A→E→D→A→A(E)のブルース進行で、この曲は大介がギターを買って初めてコピーしたロックンロールの名曲中の名曲だ。
確かにロックンロールは今あまり人気がないかもしれない。だが、大介が作曲出来るレパートリーはこのシンプルなコード進行に限られていたし、ここからどう応用できるかが鍵であり、腕の見せ所と言ってよかった。大介はユキチにブロンディみたいなイカした女性ロッカーになってほしかったし、彼女なら夢とばかり言えない、と考えていた。ロックンロールに新しさはないかもしれないが、ノリが良くおもわず元気になるフィーリングは、ユキチのキャラクターにピッタリだし、これ以外はありえない、と思っていた。
焦るな焦るな、とまるで念仏を唱えるように大介は矢継ぎ早にメロディーを紡ぎだしていった。ブロンディの代表曲『コール・ミー』のような曲が出来上がればいい、とずっと願いながら作業を続けるのだが、なかなか思い通りにはいかなかった。しかし、どんな名曲も足がかりはヒョンなことがきっかけだった、とこれまで音楽誌で幾度も読んできた。でも、まさか自分がこんなに早く曲作りで苦労するハメになろうとは思いもしなかった。今の状態では明らかに経験が足りないことは大介自身じゅうじゅう承知している。だけど、人間やらなければいけないときがあるものなのだ。このプレッシャーに打ち勝ってこそ見えてくる世界があるはずだ、と自分自身を精一杯鼓舞していた。
加えてユキチの罵声とも言える言葉の前に何も反発することすらできなかったことが、大介のモチベーションをかなりあげていた。しかし、頭の中のイメージはすでに空っぽになり、閃きも闇に包まれているようだった。モヤの中を沈没という恐怖と戦いながら航行しなければいけない船のように、大介の心はいつも不安定で目標も遥か彼方のように感じられた。
しかし、時間はあっという間に過ぎてしまい、現実はあまりにも残酷だった。1曲はとにかく出来上がったが、大介はまるでボクシングの敗者のような気持ちだった。全力を尽くしたのにこっぱみじんにKOを食らったような気持ちだった。ほとほと自分が情けなくなった。いちようロックンロールにはなっているものの、実際にはチャック・ベリーの孫の出来損ないのような冴えないメロディーだった。オリジナルを作ろう、と言い出した手前、とてもみんなの前で発表できる代物ではなかった。しかし、集まる時間はとっくに過ぎていた。何度も「今日いけなくなった」という言い訳が頭をよぎった。だが、大介は意を決してアコギのケースを右手で持って、立ち上がりすぐに部屋を飛び出した。
そうだ、何を躊躇しているんだろう。ユキチの言う通り人の心に訴える作品はできなかったが、やるだけのことはやったんだ、と何度も自分に言い聞かせ、重たいギターを持ちながら歩いていた。結局のところ”音楽の意味 ”など考える暇がなかった。そして、もしこれが仕事だったとしたらどうなるんだろう、と想像した。期待に応えられないことだけは十分理解できたし、お金を稼ぐ行為は想像以上に厳しい。仕事で音楽を選べばとんでもないイバラの道を歩かなければいけないのではないか、そんな不安が大介の頭の中で重くのしかかっていた。




