ギルド
どれくらい時間が経ったろうか。
少年の意識が少しずつ回復していく。
「ほぅ……どうやら新人のようじゃな」
「そうか……じゃあウチで」
「そうじゃな。それがいい」
朧気な意識の中、少年は二人の男の声を聞いた。
一人は老人。もう一人はまだ若い。
彼はうっすらと目を開ける。
見えたのは、白い天井。
「ここは……?」
「おお、起きたかの」
少し霞んだ視界の中に、老人の顔が映る。
「気分はどうじゃ?」
「……まあまあです」
「ふむ、なら良い」
老人は満足そうな顔になり、椅子へと向かっていった。
「やあ、初めまして」
再び声がする。若い男のほうだ。
「僕の名はミスト・メーカー。よろしくね」
ミストと名乗った男は、右手を差し出してきた。
少年はハッキリと見えるようになった目で、その手を捕らえた。
「!」
鎧だ。
よくみると、彼の全身は鎧で覆われている。
顔までも、だ。
その姿は、まるで甲冑が意志を持っているようにも見えた。
「どうも……」
少年は、おそるおそる握手を返す。
「驚かせてごめんね。それと」
「ようこそ、ギルド『最初の空』へ!」
「ギルド?」
少年は耳慣れない言葉を聞いた。
「そう、ギルド」
ミストは手を放し、椅子に座った。
「このばかげた世界に堕とされた、寂しい人々が集うギルドさ。そして僕はここのマスター」
「堕とされた?」
「そこの説明はワシがしよう」
老人が立ち上がり、近づいてくる。
「ワシの名はドレアム・フルホーンじゃ」
「ども……」
よいしょっ、と、ドレアムが椅子に腰をおろす。
「おぬし、ここに来るまでの記憶は?」
「いえ……全く」
「うむ、ここの住人はみんなそうじゃ。例外なく、みな記憶喪失じゃ。
ただし、みな、大切な記憶一つを残されとる。
して、ここに来た代償として、現実世界からは消えとる」
「消え……え? 現実世界って……?」
「おお、そこを話しておらんかったな」
ドレアムが苦笑する。
「この世界はなんなんですか?」
自分の記憶が無かったり、いきなり巨大な怪物と出くわしたり、魔法のようなもので眠らされてみたり……。
考えれば考えるほど深みにはまるような、少年はそんな気分だった。
「この世界はなぁ……」
ドレアムが、昔話をするような口調で話し始める。
「簡単に言えば、RPG。つまりゲームじゃ」
ゲーム? この世界が?
ゲームと言えば、剣を持った勇者が魔王を倒したり、嘘つきの犯人を推理で追い詰めたり、魔法を使って世界を救ったりする、あのゲーム?
少年の頭は混乱するばかりだ。
なぜ、自分はそんな中にいる? と。
「わからなくて当然じゃ。なぜならおぬしには記憶が無い」
「記憶……」
確かに、記憶が無い。
ある一つの記憶を除いて。
「この世界に、終わりは無いのじゃ。そして……」
「レベルがこの世界を支配し、レベルが強さの象徴なんだ」
突如、口を挟んできたのは、白い鎧を着込んだ男。
「おぉフロウじゃないか」
「やあドレアムさん、マスター」
それは、さっき、キメラと戦っていた一人だ。
「やあ少年。さっきはどうもごめんね」
優しい笑顔。
「フロウ・トリッパーって言うんだ。よろしくね」
その笑顔は、全てを救うような……。
少年は、彼の笑顔にそんな思いを抱いた。
「そうじゃフロウ。彼を案内してやれ」
「んー? どこをです?」
「ギルドじゃギルド」
「はいさ、了解」
フロウは少年の方を見る。
「ギルド、案内してあげるよ」
彼は少年の顔をのぞき込む。
彼の青い髪が少年の赤い髪に触れる。
「君、名前は? ……って、無いか」
「フロウ君、彼に戦闘の仕方も教えてやってくれるかい?」
「はいマスター。おまかせあれ」
フロウが少年の手を引っ張り、立ち上がらせる。
「さて、君の名を教えてあげよう」
フロウがそう言う。
「僕の……名前?」
知りたい。
自分の、名前。
「教えて……ください。僕の、名前」
「おいで」
フロウは、その部屋にあった扉に近づき、その扉をそっと開いた。
「まずは、僕らのギルドを案内しようか」
扉が開ききり、目に飛び込んできたのは……。
「なんだおめぇ、家畜級モンスターにやられたのか!」
「ざまぁねぇ! はっはっは!」
「ねぇ、あたしの短剣知らない?」
たくさんの声。
それは、色とりどりの鎧や、ローブを着ている人々。
「ここは、広間兼食堂。で、彼らは、ここのギルドメンバーさ」
「仲間……ってこてですか?」
「そ、仲間」
それぞれが、並べられた長机を囲んでいて、中には机の上で寝ている者もいる。
「うちは決まりや掟が一切ない、唯一のギルドなんだ」
と、フロウが教えてくれた。
「夜、寝るときになったら、みんなで机と椅子を片づけてここで雑魚寝するんだよ」
「え……」
それぞれの部屋がないことに、少年は驚いた。
「そんで、今僕達が出てきたところが、医務室。室長はおなじみドレアムさんだよ」
そう言うと、フロウは歩きだした。
少年は慌ててついていく。
「ここが、カウンター」
フロウが歩きながら右を指す。
そのカウンターの中には、紫の髪の女性がいた。
「彼女は、料理長のトリシャナ・ドールさん」
「あらフロウじゃない。なにか食べてく?」
「いえ、今はこの子の案内をしてるんです」
と、フロウは立ち止まって、笑顔で返す。
(イ、イケメンだ!)
と、思ったが、少年はあえて口には出さなかった。
「ふーん、この子が例の……」
「理解が早くて嬉しいです。では」
と、フロウは再び歩きだした。
少し歩いたところで、フロウが少年の方を向いて、
「あの人、ちょっと苦手なんだよね」
と言った。
「なんでですか?」
「後ろ。気づかれないように振り向いてみて」
少年は言われるがまま、後ろを向く。
そこには……。
「ひっ……!」
カウンターの前で、じたばたと悶えている人がいる。
喉をおさえて。
「あの人、魔法で食事にイタズラするんだ」
「そんなバカ……な……」
少年は否定をやめた。
なぜなら、カウンターの中でトリシャナが食事に魔法を掛けているところを見たからだ。
「気を付けた方がいいよ」
フロウの笑顔は、少々引きつっていた。