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限りなく続く  作者: みこえ
本編
7/57

保坂連3

 月曜日の夜、石井から遠慮がちなメールが届いた。遠慮がちな言い回しだが、きっちり主張しているのが分かる。

 土曜日に一緒に映画を観に行きましょう。それだけで内容が足りるのに、それを伝えるだけに何行遣うのだろう。こういう回りくどいのは苦手だ。

 だが、もしかしたら石井を好きになれるかもしれない。今はどんなチャンスも逃してはならないのだ。俺が好きでもない色鮮やかな絵文字をふんだんに遣っていようとも、遠慮がちなのに遠慮なくハートを押しこんでくるメールであろうとも、今はまだ関係ない。それが少しずつ変化し、好みのものになっていけばいい。俺が守るべき女性になってくれればいい。


 メールの返信を終え、帰宅の準備を始めると、タイミングを計ったように保坂がやってきた。ニヤニヤとしたその顔を見て何となく嫌な予感がよぎり、彼を避けるように去ろうとしたが、それより一瞬早く保坂に腕を掴まれた。


「もしかして、石井さんからのメール?それとも妹君?」

「おまえには関係ないだろう」

「いや、おもしろそうなことには首をつっこみたくなる質でね」


 周りにいる社員に聞かれないように耳元で小声で話してくれることはいいが、できればそんな話をしたくはない。いつも女っ気のない俺をからかうのが楽しくて仕方ないのだろう。だから、今まで保坂の合コンの誘いは断ってきたんだ。その後俺をからかい通す事が眼に見えていたから。


 保坂は楽しそうに俺の肩を組み、俺を誘導するように事務所を出た。


「妹君に会いたい」

「おまえなんかに会わせないよ」

「なんだよそれ」

「女性を遊びの相手としか思っていないような奴に大切な妹は紹介できないってことだ。生憎妹は純粋で、人を疑う事を知らないからな」

「過保護すぎないか?」

「両親がいない分、それくらいがちょうどいいんだ」

「ふうん、そんなもの?」

「そう、そういうものなんだよ。モモの場合は特にね」

「こんな兄貴がいるのによく恋人ができたな」

「きちんとした誠意ある男なら俺だって反対なんかしない」

「相手は誠意ある男なのか?」


 うっ、と言葉が詰まった。会っていないから分からない、とは言えなかった。妹の相手が棚島という上司だということしか知らないのだ。ただ、妹の選んだ男だから、いい男なのだと信じたいだけだ(あれだけ我が儘言ったけれど)。悪い男に引っかかっていたらそれだけでショックだ。弄ばれている姿など想像したくもない。俺は保坂がどんな男か知っているから、想像できてしまうんだ。それが怖い。


 俺たちはエレベータに乗り、一階まで降りた。その間も保坂は肩を組んだまま俺を解放しない。俺が頷くまで解放しない気なのか、それともまた別の理由があるのか。


「だけど、この間おまえ言ったよな。すぐにでも妹君に会わせてくれるってさ」

「だからさ、会社で会えばいいだろう。覗き放題だ」

 保坂は呆れたように溜め息をついた。


「それで、金曜日の合コンの相手、えっと、石井さん。彼女とはどうなの?家まで送って行ったんでしょう。それだっておまえにしては珍しいだろう」

 急になぜ話を変えたのかは分からないが、もしかしたらこちらが本題だったのかもしれない。


「送って行ったよ。それだけだ」

 俺はなるべくそっけなく答えた。会社のエントランスをぬけ、外に出ると、冷たい空気が頬を撫でた。


「寒い」

 俺が呟くように言うと、保坂は頷いた。

「保坂はどうなんだよ。松島さんと」

「きちんとお相手願ったよ。見た眼を裏切らない感じだな。単純で分かりやすくて扱いやすい」

「一回だけ?」

「一晩だけ」


 ああ、一回だけではなかったんだ。なんて口では言わない。はしたないから。だからこそ桃香を会わせたくない。俺の妹を悲しませるような事はしないと信じてはいるけれど。


「また連絡があったら会うんだろう?」

「うーん、どうだろうな。相手次第かも。本気になられたら面倒だからな」


 こういう時保坂はシビアだ。決して本気になろうとしない。そうならないように自分を抑え込んでいるようにも思える。本気になれない俺とは違い、本気にならないようにしているあたり、何か彼にあるのではないのだろうかと勘繰りたくなる。その心の奥を覗き見たくなってくる。


「で、加賀山は?俺の情報だけ聞くのは、なしだよ」

「土曜日に会う約束をした」

「嘘。本気なのか?」

「本気になるかどうかはこれからだよ。会ったばかりだから分からない」

「ふうん。心境の変化か」

「まあね。俺にも色々とあるから」


 俺たちは駅の改札をくぐり、目的のホームへ向かった。同じ方向だが、保坂は二駅で降り、俺はもっと先で降りる。


 保坂は独り暮らしで、なるべく会社に近いところに部屋を借りたらしい。家賃もそんなに高くはないと言っていたのは、会社より下ったところだからだろう。


 俺の住んでいるところはもっと田舎で、家から会社まで電車で一時間ほどかかる。本当は俺も引っ越そうかと考えていたが、桃香が俺たちの両親との思い出の部屋を出ていきたくないと言い、そこにとどまった。そこは二人で住むには広いところだが、家賃もないので苦労はない。


「だけど加賀山、本気じゃない時は期待させるなよ。変に期待させると可哀想だからさ」

「分かっているよ、それくらいさ。そこまで初心でも不器用でもない」

「まあ、子供じゃないしな、お互い」

「ああ。彼女も結構慣れている感じだったから、問題はないと思うんだ。ただ、俺の気持ちが揺れ動くかといえば、ちょっと難しい感じもするんだけれどな」

「適当は嫌なのか?」

「それはもう卒業したんだ」


 そう、学生の頃に卒業した。来るもの拒まず、去るもの追わず。そんな付き合いをしてきた。俺の守るべき対象を探すために、節操のない生活だった。もしかしたら、なんて期待しながら最後には愛想を尽かれる。その度に虚しさを感じ、罪悪感を抱いた。


 桃香以外の人間に誠意を抱き、大切にする事ができない欠陥品。そう思っていた時もあったけれど、今はもう開き直っている。それが俺の使命なのだと。ただ、その使命もあともう少しで終わる。その時になって焦るなんてみっともないけれど、ずっと、桃香の笑顔を守るためだけに懸命に走ってきたのだから仕方ない。


 俺たちは電車に乗り、つり革につかまりながら揺られた。俺が黙り込んでしまったことをきっかけに、俺たちは電車の中では無言だった。保坂はずっと無表情で窓に映る自分の姿を睨みつけていた。俺はずっと眼を凝らして電柱の数を数えていた。


次回はデートです。

気持ちはすでに冷めている?それとも、気に入って燃え上がる?

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