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限りなく続く  作者: みこえ
本編
6/57

加賀山桃香3

 俺が桃香にどう接していいのか戸惑っていた時、母が優しい笑みを俺に向けて言ったんだ。「何も迷うことはないのよ。できるだけそばにいてあげて、しっかりと手を握ってあげて、優しく微笑みかけてあげて、心をこめて名前を呼んであげるの。簡単でしょう」と。


 母は簡単だと言ったけれど、俺には勇気のいることだった。だけれど、この無表情の人形が笑ってくれるのならば、俺は何でもできるような気がして、震える手で桃香の手を握ったんだ。


 その手は思いのほか温かくて、柔らかくて、桃香は人形ではないのだと自覚できた。だから、俺はその日からできるだけ桃香の近くにいて、勇気を持ってその手を握った。うまく微笑んでいたかは分からないけれど、何度も何度も桃香の名前も呼んだ。いつか返事が来ると信じて。


 桃香が俺を見てくれたのはうす雲が空を覆っている秋の日だった。穏やかな陽射しが暖かくて、俺は桃香を連れて散歩に出かけた。それは休日の日課のようなもので、二人で近所の公園へ行き、ベンチに座っておやつを食べて、家に帰るコースだった。


 桃香が妹になって一年近く経ち、小学生になった時の出来事だから、とても長い道のりだった。


 俺はいつものように桃香におやつを手渡した。あの時は確か母が作ってくれたドーナッツ。珍しく桃香が咽こんで、俺は慌てて水筒のお茶を桃香に渡した。俺はいつも母がやっているように桃香の背中を軽く叩いた。咽たのがおさまった頃、桃香は水筒のコップを俺に手渡しながらじっと俺を見つめてくれた。だから、俺は精一杯笑って見せた。その時桃香は微笑み返してくれなかったけれど、何となくあの冷たい無表情ではなくて、表情があったように感じたんだ。だから俺は嬉しくなって、桃香の頭を撫でてあげた。桃香は気持ち良さそうに瞼を閉じた。俺は嬉しくなって桃香の頭を掻き雑ぜるように撫でた。


 桃香が俺を見てくれた。桃香が気持ちよさそうに眼を閉じている。それだけで俺は幸せだった。


 その日から少しずつ桃香は表情を取り戻した。それが嬉しくて何度も俺は桃香の頭を撫でた。すると、桃香がクスリと笑った。俺は嬉しくて桃香を抱きしめた。やっと待っていた声が聞こえたんだ。ずっと待っていた。どんな表情で笑うのだろう。どんな声をしているのだろう。そんな事ばかり一年間考えながら桃香と接していたんだ。それが報われた瞬間だった。


「とうか、さっき笑ってくれたね。お兄ちゃんって呼んでよ」

 俺のこの言葉に桃香は戸惑いの表情を見せた。そんな表情も初めてで、俺は嬉しかった。


「……おにいちゃん」


 ぎこちない響きだったけれど、俺にはそれが相当嬉しく感じられて、涙が溢れだした。やっと俺は桃香の役に立てたんだって思えたから。あまりにも愛しい響きに俺の涙は止まらなかった。


 それからというもの、桃香は俺をかわいらしい声で呼んでくれた。両親をパパ、ママと呼んだ。ずっと凍っていた感情が融け始め、それはすぐに柔らかな流れへと変化した。自然に笑い、自然に話す桃香を俺はこれからも守らなければならないと誓った。


 それは小学校一年の頃。もう、あんな苦しい思いをさせないために俺は桃香を苦しみから悲しみから守ってあげようと誓ったんだ。


陸と桃香のつながりの強さはここから始まりました。

読みに来てくれている方ありがとうございます。

飽きずに懲りずにお付き合い願えればと思います。


次回は保坂と陸。


気長にお付き合いください。

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