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限りなく続く  作者: みこえ
たとえばそれは空のような
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 週末兄と的場がお昼過ぎにやってきた。休日は彩季が甲斐甲斐しく香鈴の世話を焼く。それは誰が見ても子煩悩そのもので、微笑ましくなる。


 兄は相変わらずだった。ただ、的場を見るその瞳がとても柔らかで優しい。女性をこんな風に愛しそうに見るんだ、と見たことのない兄を見ているような錯覚を覚えた。


 的場はとてもかわいらしい女の子だった。少しふっくらした的場は、化粧っけもなく、地味な雰囲気だ。だが、とても愛らしくてぎゅっと抱きしめてあげたい時がある。香鈴を見た時の表情はそれで、そんな的場を見ている兄を見ると、それを温かく見守っている雰囲気で、何とも言えない二人の世界があった。


 なんか悔しい。短い間に作り上げた二人だけの世界が羨ましい。わたしと兄は長い時間をかけて作ってきたのだ。誰にも負けないと思っていた強い絆を。それなのに……。


「桃香、大丈夫?」

 隣に座っていた彩季が耳元で囁いた。ふと彩季を見ると、彩季はにっこりと微笑む。

「うん、大丈夫」


 香鈴を抱いてにこにこしている的場の隣で目を細めている兄を見る。こうやって見るとまるで家族だ。やっと見つけたんだね、と思う半分、醜い感情が顔を出す。わたしの兄だと言う強い感情。


「本当にかわいいですね。大きな眼は桃香さんに似ているのかな。唇は旦那さんですね」

 にこにこしながら的場は言う。

「そう思う?桃香の眼はとてもきれいでかわいらしいから、似てくれると嬉しいな」

 彩季が楽しそうに言った。


「顔の輪郭も桃香でしょう?鼻は俺っぽいんだけど、鼻も桃香だとかわいいよね」

 なんだか、全部わたしになりそうだ。

「俺に似ているところは唇だけで充分だよ。一つくらいは似ていてくれないと淋しいしね」

 彩季はにこにこしながら言う。今までそんな事一言も言わなかったくせに。


「彩季さんに似てもかわいくなると思うよ」

 兄が香鈴の頬を突きながら言った。

「女の子は父親に似るとかわいくなると言うし」

「そうしたら、ずいぶん凛凛しい女の子になりそうで」

 彩季はわざとらしく苦笑して見せた。


「凛凛しい女性もまた格好良くていいじゃないですか」

「そうかなあ。でも、やっぱり桃香の顔に似て欲しいな。愛らしくて誰にでも愛される顔。ね」

 わたしに向かって同意を求めないでほしい。わたしは何て言っていいか分からず、オレンジジュースを飲んだ。


「旦那さんは本当に桃香さんの事を愛しているんですね」

「そうだね。愛していなければこうやって暮らしてはいないよ。桃香のお兄さんは最強だからね」

 兄は声をたてて笑った。


「確かに、中途半端だったら桃香を任さなかったな。そうじゃなくてもずっと敵対視していたし」

 兄は何かを思い出したように眼をすうっと細めた。


「最初に結婚を前提に付き合っている男性がいると言われた時、あまりにもショックで家を飛び出したんだよ。あれは大人げなかったよね」

 兄はそう言ってわたしを見た。その顔はとても優しくて微笑んでいる。


「そう。わたしは飛び出した兄を追いかけることもできなくて、玄関で腰が抜けたの。へたり込んだまま、呆然としていたんだよ」

「へえ、それは初耳」

「だって、お兄ちゃんがわたしから離れていったって思ったから」

「だから、すぐに帰ってきたでしょう?モモが泣いているかもしれないって思ったんだよ」

 兄はバツが悪そうに顔を歪めた。


「もういいよ。なんか気持ちも分かるし。あれもいい思い出だもん」

「あんなに不安にさせたのに?」

「そう、泣くくらい不安になったけれど」

「桃香、泣いたんだ」

 彩季がからかうように言った。


「だって、独りぼっちになると思ったから」

「独りぼっちにするはずないのに」

 兄がぼそりと言った。その言葉だけで充分だった。わたしは残りのオレンジジュースを飲みほした。



 兄と的場が持ってきてくれたケーキはわたしが好きなお店のものだ。甘さ控えめでいくつでも食べられる。今日はロールケーキを買ってきてくれた。小さくカットされたフルーツがたっぷりのおいしそうなロールケーキ一本だ。十五時に突然彩季が席を立ったと思ったら、それの準備をしていた。飲み物はカモミールティーだ。


 香鈴は今わたしに抱っこされている。心地良さそうに眠りに就いたので、そっと立ち上がり、寝室で寝かしつけた。リビングに戻ると、すでにテーブルの上にはロールケーキとカモミールティーが置かれていた。


「モモ、先に食べているよ」

「うん」

 色鮮やかなロールケーキは想像通り甘さ控えめでおいしかった。しかも生地が滑らかで舌触りがよい。


「やっぱりおいしそうに食べるよね。その顔を見たくて俺、よくここのケーキを買った」

「そうなの?」

「そうだよ。モモの幸せそうな顔が見られるから。安いもんだよね」

 ケーキ一つで幸せになる、わたしが?


「それ分かりますよ。俺も幸せそうに食べる姿を見たくてクッキーを土産に買ってきますから。元気がなくてもこれを食べれば笑顔になるって感じで」


 兄と彩季がお互いに笑いあっている。不思議な光景だ。しかも、食い意地が張っているわたしの話題で、だ。なんとなく複雑だ。それは的場も同じだったようで、何とも淋しそうに兄を見つめていた。その時やっと気づいた。彩季があの晩に言ってくれたことの意味。そして、彩季もまた的場のような想いをしているのではないかということ。わたしって馬鹿だったのかもしれない。兄がそばにいる事が当たり前で、愛情を注がれるのが当たり前で、彩季が慰める事が当たり前で、愛情を注がれるのが当たり前になっていた。わたしが愛情を注がなければ、その愛情はいつしか消えていくのに。


「ウエディングドレス姿で食事をしている時が最強だったね」

 彩季は楽しそうにそう言った。

「確かに。もう見られないけど」

「もう一度着られたら困るでしょう?お互いに」

 彩季の言葉に兄はケラケラと笑っている。それって離婚と再婚って事?そんなことしなくても、記念に何度でもウエディングドレスなんて着られるし、その姿で食事だってできる。


「二人ともひどい事ばかり。わたしは食べ物を与えていれば笑っている単純な女じゃない」

「いやいや、そのくらいモモは単純だよ」

 兄の言葉に不貞腐れていると、隣から手が伸びてきて、頭を優しく撫でられた。彩季が声をたてて笑いながら、優しく頭を撫でてくれている。それはとても温かくて、キュンとくるもの。嬉しくて思わず眼を閉じた。



 夕方、夕飯も一緒にという誘いを兄は断った。それはわたしたちに遠慮しているようにも見えるし、的場を気遣っているようにも見える。だけれど、もうわたしの心の中に嫉妬心は生まれなかった。きっと、二人が結婚をしてももう大丈夫。時折拗ねるかもしれないけれど。


「モモ、ちょっと二人で話さない?」

 兄はそう囁いて、兄の部屋だった部屋にわたしを連れて行った。そこはもう使われていない部屋で、色々なものがしまわれている。


「モモ、もう守られてばかりでは駄目だよ。それが当然だと思っては駄目だ。モモには守るべき子供ができた。そうだろう?俺や家族がモモにしてあげたように、モモは香鈴にしてあげなければならない」

 まるで子供に言い聞かせるような口調にわたしは思わず笑ってしまった。


「大丈夫。だから、お兄ちゃんも的場さんと幸せにね」

「な、なにを」

 こういう事を言われる事に慣れていない兄は当然ながら焦っている様子。やはり同い年の男。いつもお兄ちゃんで年上のつもりでいるけれど、年齢は同じなのだ。


「でも、わたしにも会いに来てね」

「ああ。遠慮せずに会いに来る事にする」

 兄の手がわたしの頭に乗った。久しぶりの感触にわたしは眼を閉じた。


「俺、プロポーズをした。受けてくれたよ」

「そう、おめでとう」

 兄は心配だったのかもしれない。わたしがどんな反応をするのか不安だったのだろうと思う。だから、それをきちんと確認したかったのだ。もう、わたしも子供ではない。わたしには守らなければならない存在ができた。きっと、兄にもまた守るべき存在が近いうちにできるだろう。不貞腐れている暇はない。嫉妬している暇もない。わたしは後悔しないように彩季と香鈴を愛していけばいいのだから。


 ――終わり


こんな感じでまるく納まりました。陸君にとってもハッピーエンドで桃香にとっても幸せな感じ。きっと桃香と陸は誰もが妬くような仲の良い兄妹でいることでしょう。


最後まで読んでくださったみなさん、本当に、本当に、ありがとうございました。主人公が少々性格が悪かったので、心配していましたが、何とか最後まで書き終えることができました。おつかれさまでした。

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