棚島桃香1
十月土曜日、大安。秋晴れの清々しい日だ。結婚式にはもってこいではないだろうか。時折吹く穏やかな風は心地良い冷たさを運んでくる。
純白のドレスに身を包んだ桃香。桃香の腕を包んでいるものはレース。肘からその袖は広がっている。首元もまたそのレースで覆われており、素肌を曝している部分は顔しかない。その顔もベールに覆われ、完璧な花嫁が俺の隣に立っていた。兄である俺は父親でもある。桃香は俺の肘にそっと手を添える。
「本当にこの時が来たんだね。まだ夢を見ているようだよ」
俺が囁くと、桃香は今にも泣きそうな顔で俺を見つめ、微笑む。こんな日が本当に訪れてくれるとは思ってもみなかった。
「お兄ちゃん、本当にありがとう」
前日の夜、桃香の手料理がテーブルにところ狭しと並んでいた。次の日は朝早いからとアルコールは飲まず、夕飯をいただく。和食中心のそれらを食べながら夢心地だ。本当に明日が来るのだろうか。そう思いながら、いつもと空気の違うそのひと時を過ごしていた。
「お兄ちゃん、本当にありがとう。わたし、お兄ちゃんがいたからここまで生きてこられたし、こんなに笑っていられた。あの時、お兄ちゃんが頑張ってくれたから今のわたしがいる。お父さんにもお母さんにも感謝している。わたしを家族にしてくれたこと。そうじゃなかったらわたしは違う人生を歩んでいて、棚島さんとは出逢うことはなかったはずだから」
俺をじっと見つめるその眼から涙がポロリと流れた。俺はそんな桃香に微笑んで見せる。
「俺からも感謝の言葉を伝えようか。モモがいたからここまで頑張って来られた。一人だったらきっと力尽きていて人生投げていたかもしれない。一人より二人がいいに決まっているんだ。俺の妹になってくれたこと感謝しているよ。今度は棚島に甘えて、優しく包んでもらうんだよ。二人より三人、三人より四人。多ければ多い程きっと幸せも溢れる」
桃香は涙を拭くことなく、じっと俺を見つめていた。本当にこんな日が来るなんて思ってもみなかった。桃香がこんな風に幸せそうに笑ってくれて、俺に感謝の言葉を伝えてくれる。俺は何か間違っていなかっただろうか?そんな風に迷いながらずっとやってきたけれど、きっと結果はよかったはずなんだ。間違ったこともあったかもしれないけれど、多分、これで正解だったんだ。そう思えた。桃香が棚島と出逢えた事を心から喜んでいるようだったから。
披露宴で幸せそうに微笑みあう二人を見ているとそれだけで泣きそうになる。そんな俺を隣に座る叔母はニヤニヤと笑いながら見ていた。その隣には久しぶりに会う佐々木さん。佐々木さんとはあまり会うこともなかったから、話もあまりした事がない。だけれど、俺たち二人を陰ながら見守ってきてくれた人だから、俺たちにとって親のようなものだった。彼もそう感じてくれているのか、今にも泣き出しそうな表情をしている。
「桃香ちゃん、本当にきれいになったね。最後に会ったのは二十歳の頃だよね。やっぱり女性は大人っぽくなるんだね」
じっと桃香を見つめながら言ってくれた言葉に俺はジーンときながらワインを飲んだ。
お色直しを終えた桃香のドレスはピンクだった。裾が大きく広がった桃色のドレスは、大人っぽかったウエディングドレスと違い、かわいらしい雰囲気だ。桃香がピンクを選ぶのは意外だったが、「名前がモモだからね」と笑った桃香はなんとなく幼くて、桃色もまた桃香らしいのだと思った。
大学時代仲良くしていた友人達と楽しそうに話す桃香を見ていると、感無量になって来る。加えて、会社で親しくしてくれている人たちもまた温かな笑みを浮かべてくれていて、桃香がどんな付き合いをしてきたのかがうかがえて嬉しくなってくる。桃香はこうやって愛されてきたのだ。温かな笑みをむけられ、温かな笑みをむける関係をしっかりと築いてきていた。俺の知らないところで、彼女はしっかりと幸せをつかんできていたのだ。それが、それが本当に嬉しい。
出逢ったあの頃は本当にどうなるのだろうと不安にも思っていたし、その時その時を支えるだけで精一杯だった。こんな未来があるのならその努力も不安も総て良かったのだと思える。兄として父親として母親として。
幼いあの時は、桃香は本当に人形のようだった。今日この幸せの時、あの無表情とはかけ離れ、とてもかわいらしい笑みを浮かべている。
桃香と棚島の結婚式。これで桃香は加賀山桃香から棚島桃香へ。
次回は陸君と連君。桃香が新婚旅行中に――。陸君と連君が語り合います。
次回もお付き合いください。




