加賀山桃香10
七月七日が俺の誕生日だ。あまり嬉しくない日付で、俺は誰かにこの日付を言うのが嫌だった。それは今も変わらない。聞かれない限りは誰にも言わない。保坂が知ったのは何がきっかけだっただろう。ポロリと漏らしたような気がする。それをしっかり覚えているのはすごいことだ。いや、すごくはないのか。覚えやすいと言えばそうだし。でも、それをしっかり覚えていて、誕生日を恥ずかしげなく祝おうとするその性格が女性を魅了するのだろうか。
まあ、それはいいとして、本当は星野夢と一緒に過ごすことになっていた。織姫と彦星が年に一度出逢える日に会って、お祝いできることが素敵だなんてあの時彼女は言っていた。その祝いもできずじまい。彼女には悪い事をした。お祝いを一緒にしてくれると言ってくれたのに。
今日はマンションに棚島が迎えに来た。ダイニングでコーヒーを飲み、たわいない話をした後、俺たちは車に乗ってレストランに向かった。そこは創作和食のレストランだった。店内は和食の雰囲気は全く無く、重厚なテーブルと椅子が高級感を思わせる。通されたのは六名用の個室。店内の雰囲気に合わせた木のテーブルと椅子。椅子は革張りで背もたれのあるベンチ風だ。間接照明だけの店内だけあり、薄暗い。
すでにコースメニューを予約していたようで、すぐに料理は運ばれてきた。棚島は車だから、お酒は飲めないと言うので、代行をお願いすればいいと告げ、一緒に酒を飲むことにした。酒が飲めないのならまだしも飲める人間が飲まないのは飲んでいるこちらとしても飲みづらいものだ。こういう時はみんなで楽しくお酒を飲み、ほろ酔い気分でいたほうがいい。先付けと一緒に来たのは瓶ビール。先付けは生湯葉だった。乾杯をした後、それをいただいた。その後は日本酒をみんなで飲んだ。
「大人の誕生日と思って、和食にしてみたの。ここは初めて来たけれど、いいところだったね。大正解」
桃香は、周りを見渡しながら言った。創作和食は独特でおもしろい。この店の雰囲気も独特だ。
「これからはみんなで色々な記念日をお祝いできるね」
嬉しそうに桃香は煮物の豚バラ肉を大きな口を開けて食べた。
「色々な記念日というのは、もちろんモモの誕生日も棚島さんの誕生日も入っているんだよね」
気になって聞いてみると、桃香はきょとんとした顔をして、首を少し傾げた。
「当たり前じゃないの」
本当に当然と言う感じで言われ、棚島を気の毒に思った。こういった時の桃香は天然としか思えない。
「棚島さんは桃香と棚島さんの誕生日は二人で祝いたいと思っていると思うよ。口には出さないと思いけどね」
「でも、みんなでお祝いした方が楽しいし、食べ物もおいしく感じるでしょう?」
「あのね、二人でいつもとは違う雰囲気を味わうのも一興なんだよ」
俺は人参を摘まむ。桃香は隣に座る棚島の様子を窺った。棚島はちょっと困った顔をしている。多分、棚島にとってこういう風に祝うのも嫌いではないのだろう。そう思う。だけれど、今まで一度だって桃香の誕生日に二人で祝う事をしていないのだ。結婚したら、それもできるだろうと楽しみにしていたに違いない。別日も当日も同じだけれど、気持ちが違うものだ。
「モモ、感じ取ってあげるべきだよ。俺の誕生日だけこうやって三人集まればいいだろう?モモと棚島さんの誕生日のお祝いは当日である必要はないんだ」
「うん、考える」
桃香は納得いかないと言った感じで口を尖らせている。この表情はとても幼い。
兄が一番は変わらないらしい。それはとても嬉しく、優越感を得られる。だからこそ、俺は棚島を気遣えるのだろう。棚島はなんか複雑そうな顔で桃香を見ていた。嬉しいようには見えないので、俺の助言は間違っていたのかもしれないと不安になった。
「ねえ、棚島さんも二人で祝いたいと思ったことあるでしょう?」
一層困らせるような事を言ったのは、俺の意地の悪いところかもしれない。棚島はそれが分かったのか、俺ににこりと微笑んだ。
「そうだね。そろそろ、俺に譲ってくれてもいいかな、って思っているところだね」
棚島の返事に少し驚いたが、予想の範疇だ。
「ほらね、モモ。これからは棚島さんが家族なんだから、家族を一番に考えるんだよ」
俺の言葉に桃香は一層むくれた。もういい年なのにかわいいのは兄の欲目なのだろうな。
短かったですね。うーん。思ったよりものほほんじゃ無かったかな?
次回的場登場。そして、陸君と連君政志を語る。
次回もお付き合いください。




