板垣政志2
日曜日の朝、それは久しぶりの静かな朝だった。そして、その日は何か物足りなく感じ、気持ちがそわそわしていた。それは、桃香も一緒のようだった。落ち着かない感情をどう埋めるか二人で悩んでいたと思う。それだけ、俺たちにとって佐々木菜々葉は大きな存在なのだろう。
月曜日の朝、コーヒーの香るリビングに入ると、いつものように桃香が朝食を作っていた。ただ、その量がいつもとは違った。多いのだ、一人分。
「モモ、量を間違っているよ」
ダイニングテーブルに並んでいる料理を眺めながら俺は言った。
「え?」
「多分、菜々葉さん分」
「ああ、ごめんなさい。なんだろう。分かっていたのに」
困った顔の桃香がかわいらしく見えて、俺は桃香の頭を撫でた。
「それだけ強烈な存在だったからね。さあ、朝食を食べよう。遅刻するよ」
多分この量でも、桃香が食べきることは可能だろう。ただ、ぼうとしてしまうだろうけれど。きっとしばらくはこんな朝を迎えるのだろう。だけれど、そんな朝も悪くはない。誰かがいた事をそうやって感じられる朝。淋しいと物足りないと思えるような朝は嫌いではない。その人がまたここを訪れてくれると思えるのなら。
月曜日、朝の会議の後、板垣を連れて外回りに出た。この男、いつも同じパターンだ。会社を出た途端に話しだす。
「的場さんを勇気を出して誘ったんですけど、振られちゃいましたよぅ。まあ、大体想像できた結果でしたしぃ、当たって砕けただけなんですけれどねぇ」
打たれ強いらしい。
「何か戸惑った感じとかぁ、断り慣れていないところとかぁ、やっぱり初々しくてかわいかったですよぅ。一層惹かれたと言うかぁ、触れたくなったと言うかぁ。なんとなく加賀山さんの気持ちが分かりましたよぅ。ぎゅっとしたくなりますよねえ」
「俺はぎゅっとしたことなんてない」
「当然ですよぅ。ぎゅっとしたらアウトですもん。俺はしたくなると言ったんですぅ」
かわいくもないぶすっとした表情で俺を見た。そう言えばこの男、俺よりも身長が少し低く、上目遣いになるから余計に殴りたくなる。
「だから、俺はそこまではならないって言っているんだよ。おまえと一緒にするな」
「嘘ですよぅ、それ。絶対にそんな衝動にかられたこと一度はあると思いますよぅ。何ヶ月も一緒に行動していたら、男なら絶対に」
なんだ?この根拠のない確信。まあ、気持ちは分かるけれど。
「みんなお前と一緒だと思うなよ」
確かに、何度も抱きしめたい衝動にかられた。かわいいと思って、笑みを浮かべるその顔に触れたいとも何度も思った。だけれど、それを認めることなどできない。考えなしって最強だ。
「多分ですね、俺と二人きりだから駄目だと思うんですよぅ。だから、協力してくれませんか?加賀山さんも一緒だったら安心してついて来てくれますッ。絶対に」
絶対に、を強くいい、ガッツポーズをする板垣に苦笑した。その時点で嫌われているとは思わないのだろうか。見込みは今のところゼロに近いのではないだろうか。見込みからしたら、俺の方が高いと思う。
「他の女性陣は眼中にないのか?」
「うーん。噂ですけどー、佐原さんは加賀山さんの元カノとかぁ」
日本語として何となく変に思いながら、俺はまた苦笑した。
「気にする事はない」
「まあ、終わった恋ですからぁ、そうなんでしょうけどー。加賀山さんがふられたっていう話ですしぃ」
「誰からの情報だ?」
「保坂さんです。楽しそうに話してくれましたよぅ」
奴は俺で遊んでいるのだろう。変な情報を流して欲しくないものだ。
「まあ、否定はしない。だが、引きずっていないから安心しろ」
板垣は俺の顔を覗き見てにやりと笑った。
「大丈夫ですよぅ。心配いりません。俺の好みじゃないですから」
本当に癪に障るしゃべり方をする。こんなんだから女にもてないんだ。もう少し話し方を何とかしなければならない。仕事の時も、気をつけているようだが、やはり普段の話しぶりが癖になっているから、自然に癖が出る。語尾を伸ばすその話し方をお客様の前で聞くと、殴りたくなってくる。
「俺、的場さんのためだったら頑張れるのにぃ」
俺は溜め息を吐き、板垣の右頬を摘まんでやった。
「その話し方直せよ。俺が教えている間中に必ず直せよ。直ったら、考えてやるよ、的場との食事会」
「本当ですか?」
今までにない弾けぶりに、俺は失敗したと思った。
政志全開です。この口調の真似って難しいですよね。と思いながら、過剰に語尾を伸ばしてしまいました。
次回は過去に名前だけ出てきた女、出現。きっと誰も覚えていない……。もちろん陸君も。
次回もお付き合いください。




