佐々木菜々葉2
次の日、ニヤニヤする板垣の姿があった。朝の事務仕事を終え、午前中のうちに会社を出た。出た途端、板垣はマシンガントークを始めた。
「俺見ちゃいましたよぅ。的場さんと一緒にラウンジで話している姿。何かとてもラブラブでしたよねえ」
「どこを見てそう思うのかが不思議だ」
「どこって。あれを見てそう感じない方が不思議ですよぅ。頭を撫でて頬を撫でて」
そう言えばそんな事をしていたような気がする。
「あれは癖だから」
「でもぉ、的場さんは嬉しそうでしたからねぇ」
どうも板垣は遠慮と言うものを知らないらしい。この辺で折れてくれればいいのに、容赦ない。
「本当に何もないんだ」
「無意識は罪ですねえ」
楽しそうな板垣のおでこをパチンと叩いてやった。
「いい加減にしろ」
「はあい。それにしても、その後に待ち合わせていた男性と女性もいい雰囲気でしたねぇ。かっこいい男性ときれいな女性。三人で絵になりましたよぅ」
「そりゃどうも」
俺はなんとなく足を速めた。この男から解放されるなんてありえないのに。
「それにしても、おまえ暇なんだな。話を聞く限り、一部始終じゃないか」
「えへへ」
おまえがそんな笑い方してもかわいくないよ、と思いながら、俺は板垣を睨みつけた。
「俺本当に的場さんいいなって思っているんですよぅ。だから金曜日、食事に誘おうかなって。それで、追いかけたらあの状況でぇ。なので、気になって隠れて見ていましたぁ」
正直過ぎるくらいだが、こういうところは嫌いではない。変な誤魔化しをされるくらいなら、正直に言ってくれた方が信じられるし、誠意を向けられる。
「でも、あんな状況見せられたら、自信失っちゃいますよぅ。もう誘えないって感じー。俺結構ビビりなんでぇ」
俺たちは駅の改札に入り、階段を上り始めた。
「あれは俺の癖だ。妹にする感覚で思わず手が出る。どうも無意識みたいでね。的場も諦めているんだろう。助かっているよ」
「本当にそう思っているんですかぁ?傍から見たら明らかなのに、傍から見れないって可哀想ですねぇ」
分かった風な口を利く。俺はおもいっきり後頭部を叩いてやった。
「加賀山さんって結構不器用なんですね。何か安心しましたよぅ。俺じゃあ敵わないって思っていたから」
金曜日、叔母を誘い、四人で外食をした。少し豪華にすき焼きだ。これは叔母のリクエストだった。奢りとなると贅沢になるのは昔からだ。だが、すき焼きならかわいいものかもしれない。
彼女はとてもお酒に強い。俺や棚島よりもよく飲むしピッチも早い。棚島は自ら制御し、自分を保っていたが、俺は隣に座る叔母に煽られて、制御不能。強か酔った。
「こうやって食事をするのもいいね。うちは秀和さんと二人だから」
叔母はひでかずさんをしゅうわさんと呼ぶ。これも照れ隠しのように感じる。そして、この夫婦は子供に恵まれなかった。それを悔やんだり悲しんだりしたことがあったかもしれないけれど、彼女の今は二人でいる事を幸せに思っている風だ。
「向こうのお友達と一緒に食事はないの?」
「たまにね。でも、実はあっちのノリは苦手なの。純日本人だからね」
俺がずっと見ていた叔母はそんなタイプではなかった。俺は人を見る眼がないのだろうか。本当は引っ込み思案なのかもしれないし、恥ずかしがり屋なのかもしれない。
「だってさ、そこまで仲良くないのにフレンドリーでしょう?わたし気を遣うのは嫌い。面倒で疲れるから」
やはり叔母だった――。
「明日お帰りなんですよね。もしよろしければ車で送りますよ。空港まで」
「本当?ありがとう。ねえ、いいの?桃香。デートの邪魔をしちゃうけれど」
「今更ですか?そんなデート一回邪魔されたくらいで怒る程心狭くないですよ」
桃香はすき焼きの肉をとりながら、笑った。これからずっと一緒なのだ。その一回がなくなっても何の問題はないだろう。
「じゃあ、俺も邪魔しよう」
「当たり前じゃないの、お兄ちゃん。見送りはみんなで、って決まっているの」
桃香は行儀悪く箸を振りながら俺に言った。そして、ふと動作が止まり、箸を置いた。
「でも、なんか淋しくなるなあ。短い間だったけれど、楽しかったから」
桃香は何かを吹っ切るようにグレープフルーツサワーを飲んだ。そして、テーブルに叩きつけるようにグラスを置いた。
「結婚式の時は佐々木さんと一緒に来て下さいね。わたし、あの時きちんとお礼していないんです。全くお二人の現状が分かっていなかったから」
「何が?」
「聞きました。菜々葉さん、自分の結婚を止めて、わたしたちの面倒を見てくれていたこと」
口止めされていたのに、見事に酔いに任せて桃香は言ってしまった。時効、とは言えないだろう。佐々木さんが責められる絵を想像すると恐ろしい。
「まさか秀和さんから聞いたの?」
「え?」
叔母のすごんだ声に桃香は戸惑っている様子だった。桃香に伝えたのは俺だ。その時きちんと口止めもしたはずだ。なのに、桃香はまだ、自分の失敗に気づいていないよう。
「まあまあ、菜々葉さん。時効と言うことで。佐々木さんの優しさだったんですよ。俺たちは菜々葉さんには嫌われていなかったという事を伝えたかったんだと思いますよ」
「あの、おしゃべりが」
「棚島さんが呆然としていますよ」
俺の言葉にはっとしたのか、叔母は棚島を見て、棚島は繕うように笑みを浮かべた。その仕草がおもしろくて、俺と桃香は笑った。叔母がいるだけでその場がまた違った色を持つ。そして、それは今日までの話しだ。明日叔母が飛行機で帰って行ったら、またあの空間は違う色になるのだろう。少しの間だったが、あのにぎやかさが消えるのは淋しい。慣れるまで大変そうだ。
ということで、菜々葉さん帰って行きました。
次回は板垣政志へのイライラ度全開。
政志の会話文を書くのは結構楽しいのですが、読んでいる人はどうなのでしょう??次回もお付き合いください。




