佐原誓8
佐原の部屋で目覚めた日から俺は佐原の部屋に入り浸るようになっていた。佐原が甘えるのだ。毎週金曜日からずっと泊まり、月曜日に一緒に出勤をする。桃香が海外へ行って部屋にいない場合は、当たり前のように佐原の部屋に行った。佐原はそれをとても喜び、その度に肌を合わせ続けた。
佐原は恥じらいもなく積極的だ。だからきっと罪の意識が薄れていたのだろう。感情を伴わなくても、別にいいと思ってしまっていた。お互いがお互いの身体を求め、感じ合い、気持ち良ければそれでいい。それに付随して、食事をし、デートをする。そうやって俺はサービスをする。そんな関係でもいいのだと思っていた。だから、四月の初め、突然佐原が俺を呼び出し「別れて欲しい」と言ってきた時、何が起きたのかすぐには分からないでいた。
その日は夜になっても暖かくて、いつものように一緒に事務所を出て、居酒屋で夕飯でも食べて帰ろうと思っていた。帰る先は佐原の部屋。いつものように腕を組み、店に入り、乾杯をして一週間を労い合った。
少し酔いもまわり、心地良くなってきた頃、ぱたりと会話が途切れた。会話というよりも、佐原の独演会だ。俺は不思議に思い、佐原を見つめた。佐原は何かを躊躇っているようだった。じっと手元一点を睨むように見つめ、唇を強く噛んでいた。俺は、何か嫌な予感がして、テーブルの上に置いてある両手を両手で包み込んだ。
「どうした?」
なるべく優しい響きになるように気をつけた。だが、佐原は全く話しだそうとしない。俺はどうしていいのか分からず、途方に暮れた。ただ、待つしかなかった。
そして、佐原はゆっくりと顔をあげた。俺は驚いた。佐原の眼は朱くなっていた。酔いで朱くなったのではなく、泣いていたのだと分かった。静かに泣いていたのだ。
「わたしを見てくれると思っていた。いつかは、ってずっと願っていた。でも、陸はわたしを愛してくれていない。それでも、楽しかったし、満足だったけれど、それと同時に虚しさや淋しさも顔を見せていて、こんな付き合いは不毛なんだってやっと思えるようになったの」
俺は彼女が求める事をしっかりとしてあげていたし、彼女の欲望を満足させてあげていたつもりだった。だから、勝手にうまくいっているのだと思っていた。やはり俺は欠陥品なのだろう。人を愛すること、愛されること、愛し方、愛され方、感情の誕生、感情の喪失、様々な事が分からない。
「陸は優しくて本当に甘えたくなって、余計に好きになっていって、それと同じように欲がいっぱい生まれてきて、贅沢になって、だから辛くなって――」
佐原は鼻をすすった。
「俺じゃ物足りなかった?」
「満たされたかったの。愛情を感じたかったの。わたしと同じように好きでいてくれているんだって感じたかったの」
ぽろぽろと流れ落ちる涙をじっと見つめながら、俺は口を噤んだ。俺は頑張っていたつもりだ。俺のできるだけの事をやってあげていた。今までにないくらい、尽くしていたつもりだ。なのに、それでは駄目だと言う。なら、俺はどうすればよかったと言うのだろう。
「陸はわたしを愛していなかったでしょう?」
愛していたとは言えなかった。俺のこの感情が愛なのか分からないから。皆、どうやってそれを確認するのだろう。はっきり言えば、佐原は今までの女性の中で特別な場所にいたのは確かだと思う。ただ、その場所が愛なのか違うのかは分からない。
「分かった。辛い思いをさせてごめんね」
俺は残ったお酒を飲み干し、伝票を持って立ちあがった。そして、俺は佐原を置いて、会計を済ませ、店を出てしまった。
別れようと言われ、そう言った女性と同じ席で食事など続けられない。それが俺だ。彼女はどう思っているのか分からないが、あんなことを言った女性と楽しい食事ができるとは思えない。
随分経過を飛ばしてしまいました。ごちゃごちゃとデート光景を書いても同じような気がして。
次回は新しいキャラクターが登場です。少しイラッとするかわいい子。少しだけこの人が陸の心をかき混ぜてくれることを願って……。
次回もお付き合いください。




