佐原誓6
佐原に誘われて夕食を共にした。ずっと無口だった彼女が、店に入り、席に着いた途端口を開いた。
「ごめんなさい」
勢いよく放たれた言葉。テーブルについている額。俺は何に謝られているのか分からず戸惑った。それ以前になぜ俺は佐原に誘われているのだろう。
佐原は少しだけ顔をあげ、俺を窺うように上目遣いで見た。
「加賀山桃香さんに確認したの」
「え?」
恐ろしい程の行動力だ。大体分かった。俺が誘われた理由。謝られた意味。
「妹さんだったんだね。勝手に誤解して、責めて、ぶってごめんなさい。本当、わたしって駄目。また騙されたって思った途端、頭に血が上って何も考えられなくなるの。いつもそう。そうやって自ら壊していく」
「俺にとって妹が一番だから、間違ってはいないよ」
俺の言葉に佐原は顔を歪ませた。
「俺は妹を蔑ろにする付き合いはできない。どんな恋人でもきっと妹以上にはならない。妹が俺を求めたら、恋人を置いてでも妹の方に行く。そういう生き方をずっとしてきたんだ。そして、きっとこれからもそれは変わらない。多分、妹が結婚した後も」
佐原は俺の言葉に頭が追いつかないらしい。もしかしたら変な勘違いをしている可能性もある。俺にとって桃香は宝で穢してはならないものだ。けっして恋愛感情を抱く相手ではない。どちらかと言えば忠誠心だろうか。
入った店はカジュアルな洋食屋。よく桃香と一緒に来る場所だ。佐原とこういった店に来るとは思ってもみなかった。注文したオムライスとハンバーグセットが届き、俺たちは会話を終えた。
佐原は俺を窺うようにオムライスを食べている。何か言いたげだ。だが、それを口にしないのは俺の機嫌の問題かもしれない。怒らせるかもしれないと思うと、言えないのだろう。
しばらくして、意を決したように佐原が口を開いた。
「もう一度やり直せないかな。わたし、悪いところは直すように努力するから」
「ねえ、ほんの少し付き合って分かったでしょう。俺みたいな欠陥品、どこがいいの?面倒くさがりで、妹以外大切にする事ができない男だよ」
「どこが、何が好きなのか分からない。でも、一緒にいたい。そう思うから」
「また傷つけるかもしれないよ」
「それでも、それでも……いい」
なんて健気なのだろう。俺は彼女の隣で変われるだろうか。俺はおかしくなってフッと噴き出してしまった。
「分かった。それでもいいなら、いいよ。気が楽になったから」
佐原はこんな付き合いで本当に幸せなのか、とか、楽しいのか、とか、考えるのも面倒で、別にいいならいいか、くらいの感覚で答えてしまった。桃香も心配しているし、なんて片隅に考えたりして。やはり俺の中では佐原は二の次三の次で、桃香と天秤にかけるまでもないくらい立ち位置が違う。本当にそれでいいの?なんて少し考えたけれど、相手がいいと言うのだからいいのだろうと、俺の悪い癖がまた現れる。なげやりになって、無理やり相手のせいにするのが俺流なのは昔からだ。
「本当?やったー」
佐原は少しはしゃいだ後、残りのオムライスを黙々と食べた。俺も負けずに食べた。これからどうなるか分からないけれど、「ケセラセラ」だ。
会計に向かおうと俺が伝票を手にしようとすると、少し先に佐原がそれを手にした。俺は驚いて佐原を見ると、にこりと微笑んだ。
「いつもご馳走になっているから、今日はご馳走させて」
こういうところも持っているのか、と少しだけ好感が持てた。成長したのかもしれない。
「じゃあ、お言葉に甘えて。ごちそうさま」
俺はその好意を素直に受け取った。俺の言葉に満足したのか一層の笑みを俺に向けた佐原は、コートを着て、かばんを持ち、伝票を手にしてレジまで歩いて行った。俺はその後ろ姿を追う。
うまくいくかは分からない。だけれど、お互い歩み寄ろうと思う事が大切なのかもしれない。まずは彼女がそうしてくれた。勇気を持って近づいてくれて、変わろうとしてくれている。次は俺が応える番かもしれない。これもまたタイミング。勝手にそう思った。
というわけで悪い癖がどんと出ました。陸君はこんなことばかり。今日は少々短かったですね。
次回は陸、桃香、彩季で会食。
ほのぼのと会食の巻、お付き合いください。




