保坂連1
「加賀山、加賀山」
「あ?何」
「何じゃないよ。聞けよ、本当に」
「ごめん」
事務所の応接室で、二人で昼食を急ぎ気味に食べていた。外食出来る程時間に余裕が無く、仕方なく簡単に補給できるパンを購入し、ここで食事をしていた。
「まあ、どうでもいい話しなんだけれどな。今週の金曜日、合コン行けるだろう?」
「ああ、そんな誘い?保坂は何度俺を誘えば分かるんだよ。俺は絶対にそんな場所には行かないよ。行っても無駄だから」
「やっぱり?」
同期入社の保坂はいつも俺を気にかけている。それには感謝している。あまり人とは深く関わらない俺を気にかけ、恋人のいない俺を気にかけている。大きなお世話だと思いながらも、そんな風に俺を気にかけてくれる存在は貴重だから感謝している。
「何度誘っても答えは同じだよ」
「まさか、おまえ女に興味がないのか?」
保坂は冗談まじりに聞いてくる。きっとそれは気にかけていたことの一つなんだろうと思う。俺は残った缶コーヒーを飲み干し、にやりと笑って見せた。
「男に興味があるって言ったらお前どうするの?」
「ど、どうって」
先程まで貪るように食べていたパンを持つ手がピタリと止まった。分かりやすい男で助かる。
「だからさ、俺と一緒にいられなくなる?」
「それってカミングアウトか?」
保坂の震える声に俺も耐えられなくなり、笑った。単純でおもしろいから俺は保坂が好きだ。
「今まで付き合った女はいるよ。それなりの経験もある。だけどな、俺には守るべき存在があって、そいつが一生一番なんだ。俺は強くないから、同時に二人を守ることなんてできない。そう言う事なんだ。安心したか?」
今まで何度か恋人を作ったことはある。かわいらしい笑みで俺を見つめる女性はとても愛しくて抱きしめてあげたい対象だった。だけれど、俺にとって一番はやはり桃香で、彼女たちは桃香以上ではなかった。それだけだ。それに気づいた時、俺は一つの未来を捨てた。家庭を持つという未来を。
保坂とは同期入社で同じ部署だ。それだけのつながりだが、そのつながりは結構強い。
保坂は何かあるたびに俺に声をかけてくる。大体は合コンだが、どこか旅行に行こうとか、遊びに行こうとか、そんな事も言ってくる。
人と関わることが大好きなようで、特定の恋人を作らない保坂は、いつも違う人を引き連れてその一瞬を楽しんでいるようだった。それが悪い事だとは思わないけれど、俺を巻き込んで欲しくはないとは思う。
保坂は爽やかな顔立ちで、黒より明るい色の髪の毛先を躍らせ、グレーのスーツをビシッと着こなしている。スーツにもこだわりがあるようで、俺にはあまり分からないが、それなりの価格のするものらしい。
ワイシャツも白を着ているところを見たことがない。最初は先輩たちに色々言われていたが、保坂は我を通し、そして営業成績で先輩たちを黙らせた。見た目はそんな雰囲気が全く感じられないのに、心は強く、たくましい。その姿を見た時、俺は本当はこうなりたかったのだと思った。桃香を守るためにはこんな風にたくましくならなければならない。
いつもぶれることなく芯が強い男。俺はそれを目指していたから、保坂に憧れた。
保坂君は私のお気に入り。彼は彼ですごい人生歩んでいるんです。
次回は陸の葛藤。兄と言うより父親の気分??
少しずつ進みますが飽きずにお付き合いください。