4 sky -フォースカイー
4 Sky
はるか未来、その国では、空の雲が、太陽の光を完全に遮断していた。
薄く点った、かすかな街灯の光だけが、国民たちの歩く道を照らし出し、人々は闇の中で、せっせと仕事に励んでいた。
闇が街を覆ってから、どのくらい経つのか、正確には誰も知らなかった。過去には、知っている者もいたのかもしれないが、今ではもう、それを疑問に思う人間すらほとんどいないのだ。
それが、人間の暮らしとして、当然のものとなってしまっていたのだから。
そんな中、ある少年が、空が、かつて明るかったことを知った。街の小さな研究所で、自然に光を放つ『光具』の研究を重ねていた、少年の父が残した遺産に、何千年と記録を残すことができる古い機械があったのだ。
機械は、むかし、世界が光に照らされていた頃、人々の暮らしはもっと豊かだったと語った。少年は胸躍る気持ちで、その機械が語るおとぎ話を聞いた。
本当にそんな世界があるのなら、自分もいつか行けるのではないかと思った。
太陽は、確実に雲の上に存在するのだから。
少年は、その話を、街の友達や、学校の先生や、パン屋のおばさんに語った。だが彼らは皆、悲しそうな目で少年を見た。
少年には、母親がいなかった。そして、生前の頃の父も、あまり少年と時間を過ごすことがなかった。人々は皆、少年を憐れんだ。
街の人々は少年に話をした。少年は、空を語ることが、どれだけ罪なことであるかを知った。小さい頃、それを親が話して聞かさなくてはならないことの一つだったことも教えられた。
だが少年は、それで空をあきらめようとは思わなかった。
たとえ、街の人々が、太陽は人の命を死に追いやると言おうとも、自分は、空へ行こうと思った。
父の残した遺産の中に、背もたれのついた、奇妙なブーツがあった。ブーツの底は、噴射口になっていた。その理由は、すぐにわかった。少年は父に感謝した。
ただ、ブーツが片方だけしかないことが、とても残念だった。
彼は、誰にもばれずに、密かに練習することができる場所はないか探すことにした。
街には、もはや昼夜という概念は存在しなかった。しかし、人々が眠る時刻と、起きる時刻は、大抵、地域によって決まっていた。
少年は、できる限り確実な練習場所を確保するために、人々の生活の記録をノートにまとめた。
その成果もあり、人の多いこの街の中でも、かなり安全に練習ができるスポットを二つほど発見した。
街外れにある光具の廃工場と、人工森林公園の中央区域だった。
練習は、人の活動がもっとも少ない丑三つ時を選んだ。学校が終わったあと、寮でしっかり睡眠をとっておき、こっそりと抜け出した。
少年は、雲を抜けるのなら、一度しかチャンスはないと思った。高く飛びすぎると、確実にだれかに見つかるので、自分は犯罪者として警察に捕まえられてしまうのだ。燃料を使い切って飛び、空の上に何があるかを確認したら、パラシュートを使って地上に降りるのだ。
―――成功したその時、ぼくはすでに、罪人なのだ。
もっとも、街の人々の話を絶対にウソだと分かる根拠はなかったので、炎の神によって、焼き殺されてしまうということも考えられるが、少年はそれを恐れてはいなかった。
もし、焼き殺されたとしても、太陽を見ることさえできれば、もはやそれで命がなくなっても全く惜しくはなかった。
『真実』には、それだけの魅力があるのだ。
練習では、念には念を入れた。半年ほどの時間を経て、ここまでくれば、絶対に失敗することはないだろうと確信した。
人工森林公園で、よし、これなら、飛べる、と思った時、だれもいるはずのないこの時間に、一人の少女が少年の前に現れた。
少女は、少年の同級生で、何度か話したことのある子だった。
少年は驚き、恐れた。今、飛んでしまおうかと思ったが、そのためには今の燃料では少なすぎる。少女になんと言えば、黙っていてくれるだろうと、彼は頭を悩ました。
「心配しないで」と、少女は口にした。その後、「だれにも言ってないから」と続けた。
少年は、少女を信じることにした。ただ、今日、初めて見たわけではないという意味が込められていることに、疑問が湧いた。
「いつから、見ていたの?」少年は少女に問うた。
「4ヶ月くらい前かな」
少女の答えに、少年は驚いた。スムーズに練習が始められるようになった月だった。
「きみはなぜ、今まで黙っていたの?」
少女は、頬を赤く染めて答えた。
「あなたが、好きだったから・・・・・・」
少年は胸に衝撃を受けた。少女は、少年が罪を犯す行動を、止めることもせず、ずっとただ、見ていたのだ。
少女は続けた。
「あなたの答えは聞かなくていいの。ただ、伝えたくて・・・・・・」
少年は、少女の大きな瞳を見つめた。
「きみは、街の伝承を信じるかい?」
少女は首を横に振った。
「では、きみは、太陽を見たいと思うかい?」
少女は首を横に振った。
「きみはなぜ、ぼくを止めないんだい?」
少女は、目に涙を浮かべた。
「わたしには、あなたを止めることができないから」
少女も、少年の瞳から、決して、目を逸らそうとはしない。
「それはなぜ?」
少女は、一歩、少年へ近づいた。
「あなたは、わたしのためには、決して飛ぶことをやめてくれないから」
少年は、少女のことばが真実だと思った。少女は、少年の目標を達成させるために、この事実を知っても、それを誰かに告げようとはしなかった。
少女がだれかに言えば、少年を、太陽へ向かわせないよう、止めさせることができただろう。しかし、少女はそれを選ばなかった。少女は、少年の邪魔をしないことに決めたのだ。少女は、少年に、太陽を見るという夢を叶えてほしかったのだった。
少年は、用意していた、予備の燃料と、パラシュートを持って、発射位置へと歩を進めた。
「飛ぶところを、見せてくれる?」
「ああ、いいよ」少年は笑った。
少女は、少年の近くまで来た。
少年は左足を軸に、片足立ちになり、右足を曲げ、膝小僧の位置にある丸い筒状の台へ乗せた。
少年は語った。
「これは、フォースカイっていう、片足用の飛行具なんだ。ほら、左足を軸にして、きみから見たら、『4』って数字に似ているだろう? それから、そのフォーには、英語の『for』って発音もかかっているんだ。だからこれは、[ for sky ] 『空のために』っていう意味でもあるんだよ。ぼくの父さんが、最後に開発した機械。これは、空へ向かうための光具だったんだよ」
少年は、頭部を守るためのメットを被った。
「もう、行くの?」少女は少年に訊ねた。
「うん。父さんの願いと、ぼくの願いを叶えるために」
少年は噴射口のスイッチを入れた。かすかに浮かび上がった。少女は少年にかけよる。
「こんなとき、わたし、なんて言ったらいいのかな」
少年は笑った。
「簡単だよ、ぼくは、ちょっと太陽を見てくるだけなんだ。いってらっしゃいって言ってよ」
少年はさらに浮かびあがった。少女はさらに近づこうとする。「あぶない」と、少年は少女を制した。
少女は、ゆっくりと少年に言った。
「いってらっしゃい」
「いってきます」
少年は、太陽のもとへ飛び立った。
END