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003 : 旧貴族屋敷奪還作戦

《第3話》



剣帝への報告からおよそ12時間後の深夜。

ヒイロ、ユーノ、カイン及びあともう一人の計4人は、とある屋敷の近くの茂みに潜みその屋敷の様子を窺っていた。


結論を言えば、あの報告の後、彼らの重大任務は晴れて続行と相成った。

ちなみにこの結果は、剣帝アレックスのゴリ押しと執政官フェリウスの譲歩、という名の相談の末導かれたものである。

その証拠に、現在の状況はゴリ押しと譲歩の入り交じった随分と無理のあるものとなっている。

剣帝との相談を終え、3人へと今後の方針を伝えたフェリウス曰く。

まず、ヒイロとカイン及びユーノの3人は、自分らの情報を証明する必要があるため、《最果て》の遺跡へと赴くのはその(あやふやな)情報を提供した本人たちが適任である、とのこと。

但し温情として、そこまでへの路銀や移動手段に関しては政府側にて負担が可能である旨も伝えられた。

次に、その情報の正誤確認のために政府側から証人(3人に同行する者)を用意する、とのこと。

そしてその人物には、陸軍特殊部隊所属の一人の兵士が選ばれた。それが冒頭にてヒイロたちと共に行動している“もう一人”である。

最後に、その兵士には現在遂行中の任務があるため、その任務が終わり次第でないと出発できない、とのこと。

但し、その任務に対し個人的に協力し、出発を早めることは可能だし好きにすればいい、とも。

恐らくこの最後の部分には多分にアレックスのゴリ押しが含まれているのだろう。

自分たちを試すような、故郷にいるはずのリュークの無茶振りを彷彿とさせるような、そんなニュアンスが含まれているように感じられた。

だから、「ああ、同類かこいつら・・・」とカインとヒイロが心中で溜め息を漏らしたのも無理からぬ事であろう。

もちろんカインは、その決定に対し多少の異を唱えた。「そこまでする必要ないだろ!? まだやんの!?」と言った感じに。

だがその意見は当然の如く「やるに決まってんじゃん?」と不思議そうな顔で首を傾げるユーノと、「確かにそれは余りにも無茶苦茶かも。でもしょうがないよね、剣帝様のご提案だしね。遺跡が待ってるしね」と、明らかに《最果て》への好奇心を隠し切れないような顔をしたヒイロによって却下された。

カインは押しが弱い。


そして今に至る。

「アーネストさん、なんかすみません。俺ら、普通に邪魔ですよね・・・?」

「・・・いや、問題ない。この作戦は本来であれば近日中に部隊の人員が揃い次第決行する予定だった。それに一般人ならともかく、多少の訓練を受けている者であればそう難しくはない任務だ」

茂みの中、カインの申し訳なさそうな言葉に対し兵隊然とした口調で応える若者。

特殊部隊の支給品なのであろう。隠密性の高そうな黒いフィットシャツに暗緑色のカーゴとベスト(ポケットや留め具がやたら多い)と足首までを覆うブーツ、そして目深に被ったバンダナ姿のその若者は存外に幼い顔立ちをしていた。

歳も自身らとそう変わりなさそうだな、とヒイロも推測する。

事実彼は18歳なので、カインとヒイロの一つ上なだけである。

「あと、俺のことはトゥルーサーでいい」

紛らわしいしな、と最後に付け足すトゥルーサー。

何が紛らわしいのか。

実は、この帝国の陸軍総統はアーネストという男が務めており、そのことを言ったのであろう。

もちろんトゥルーサーとも血縁があり、彼は総統の甥にあたるらしい。

そしてその陸軍総統は、20年前の『革命軍』の主要人物の一人でもあった。

もうお判りだろう。この人選は、簡単に言えば剣帝アレックスに面白がられたものなのだ。

「お、明かりが消えたみたいだね」

屋敷の様子を窺っていたヒイロが抑えめの声量で声を上げる。

さて、今回彼らが請け負わされた任務というのは、とある元貴族の屋敷に不審者が住み着いているので調査し、必要であれば立ち退いてもらう、というものである。

なぜそんな自治体の警備機構的な仕事を軍部が? とヒイロが疑問の声を挙げたが、それに対し、この屋敷は軍部の管轄だから、とトゥルーサーが簡潔に説明した。

ヒイロはその説明だけで何となく察したようだが、カインとユーノはよく判っていなかったようだ。


この帝国には20年前の革命以降、こういった不在の貴族屋敷が目立つようになってきている。

これは『七日間革命』によって、貴族と平民の立場が随分と揺るがされた結果である。

帝国の建国と共に実力主義が推奨され、貴族はその血統に甘えることができなくなり平民は働き次第で成り上がりの機会が増えることになったのだ。

つまり、彼らの目の前にある貴族の屋敷はその荒波に揉まれた末に耐え切れなかった貴族の置き土産であり、そしてその置き土産を接収した軍部がこの屋敷の管轄しているということである。


トゥルーサーの事前の調査によれば、現在この屋敷には数人の不審者が住み着いているとのこと。

正確な数字は不明だが、主に出入りがあるのは比較的若い女性と、それより年若い少年と少女だけであるらしかった。

推測するに、家出した未成年の溜まり場みたいになっているのだろう。

屋敷の場所は城壁に囲まれた帝都の郊外である。

屋敷然とした高い塀と帝都ならではの高い樹木に内外を囲まれ佇んでおり、明かりの消えた現在では少しおどろおどろしい雰囲気が滲み出ている。

「うわー、なんか出そうだねー」

「確かに・・・」

そんな屋敷の様子に嬉々として反応するユーノに若干青ざめているヒイロ。カインもトゥルーサーもその辺は平気なのだろう。特に反応を示すことはない。

「じゃあ、そろそろ乗り込もうか。俺の後に着いて来てくれ」

そう言って屋敷へと静かに近付くトゥルーサー。

そのまま屋敷の塀に辿り着くと、徐ろに塀の僅かな窪みへと手をかける。

そしてそのままとっかかりの感触をぐっぐと確かめながらスイスイと塀を登っていくトゥルーサー。

取り残された3人はポカーンである。

塀は紛れもない90度。垂直であり、とっかかりも多少の凹凸だけで、並の握力では簡単に滑り落ちるようなものである。それを特殊部隊の兵士はスイスイと登る。

塀の上部まで到達するとそこは少し幅広の庇になっており、ちょうどネズミ返しのように簡単には侵入を許してはくれない構造だ。

トゥルーサーはというと何の躊躇もなくその庇の端に手をかけ体を壁から離し指の力だけでぶら下がり、あとは懸垂の要領で体を持ち上げ、塀の頭頂部に到達した。

クライマーである。

「ねぇ、ついてかなくていいの? ヒイロ?」

「ごめん、アレはちょっと自信ないや・・・。向こうから開けてもらおう」

呆気にとられつつ男2人は棒立ちである。

「あれ? そういや、ユーノは?」

「え? あ、あそこ」

ヒイロが指さした先には、塀近くにほぼ同じ高さほどで聳え立つ樹木を何やら確認しているユーノ。

「ユーノ、ちょっと無理っぽいし向こうから開け・・・」

そこまでカインが話しかけたところで、ユーノが樹の幹を踏み、その反動ですぐ近くの塀を更に踏み体を押し上げていく。所謂三角飛びである。

そして仕上げに塀を力強く蹴り、結構な高さの枝へジャンプし手をかける。

その勢いのまま体を上方へくるりと回転しその枝へと乗り上げるユーノ。

「ん? 呼んだ?」

「いえいいです。そのまま進んでください・・・」

枝の上から不思議そうな顔で尋ねるユーノに対し、カインが気まずげに答える。

彼女は身軽なのだ。

「悪いけど、内側から開けてくれるようトゥルーサーさんにお願いしといてくれるかな?」

「いいよー」

ヒイロのお願いを聞き入れると、更に枝を上るユーノ。

上方の塀側へと突き出た太めの枝まで辿り着くと、その枝を結構なスピードで走りぬける。助走だったのだろう、その勢いのまま塀の頭頂部へとジャンプし滞りなくトゥルーサーの元へ。

残された2人はというと、塀の頭頂部で手を振るユーノに力なく手を振り返すだけであった。





塀の内側へと飛び降りたトゥルーサーとユーノ。

「塀を登るのは流石に無理があったようだ。すまない」

「いいよいいよー。こっちから開ければいいんだし」

男2人を置いてけぼりにしてしまったことを律儀に詫びるトゥルーサーに対し、ユーノが軽く応える。

「しかし、さすが《武神》の娘だ。かなりの身のこなしだった」

「うへへー。トゥルーサーさんだってすごいじゃんー」

「ふむ・・・」

2人で門扉の方へと移動していると、急に考え込むトゥルーサー。

「どしたの? トゥルーサーさん?」

「・・・いや、そこは『君』付けでいい」

「うん、いいよー。じゃあ、トゥルーサー君よろしくー♪」

きっと彼の何かの琴線に触れたのであろう。

快活なユーノの返事に対し、満足気に頷くトゥルーサーであった。


「気付かれたかもしれない」

暫く進んですぐ、トゥルーサーが不審者の様子を確かめるため術を発動し終えたところである。

少し難しげな顔をしながらそんなことを言い出した。

「どうして?」

「さっき使ったのは土属性の魔術で、対象の動きを簡単ながら探知できるものだ」

「便利だね」

「それによると、どうやら連中は散開しだしたようだ」

「バラバラに行動してるってこと?」

「大まかにしか判らないが、恐らくそうだろう」

トゥルーサーが使ったのは土属性の初歩的な魔術の一つである。

地面や壁を介し範囲内の人数やその動きを“おおまかに”把握することが出来るものだ。

その誤差は数mプラスマイナスといったところである。

発動に時間がかかり魔力の消費も多いが、索敵にはもってこいの術である。

「どうしよっか?」

「そうだな・・・。やはり相手の人数は3人だけのようだし・・・」

「じゃあ。私が門開けに行ってくるから、トゥルーサー君は先に行って様子見てきて。この道左に行けば玄関だよね?」

「ふむ、そうしようか。では、玄関近くで落ち合おう」

ざっくりした作戦を立て、二手に分かれるユーノとトゥルーサー。

軍部の仕事とは言え、未成年相手にそこまで肩肘張るようなものでもないのだ。





門は開いていたが、それを潜った先には誰も待ち構えてはいなかった。

「おかしいな? 開けてすぐに進んじゃったのかな?」

「かもね。まあ、俺らも行けば判るんじゃない?」

少し訝しがるヒイロに対し楽観的なカイン。

門の先は樹木に囲まれた庭があり、暗がりの中を玄関へと続く道が延びている。視界は悪いが茂みの向こうに見える屋敷の方角を考えれば迷うことはないだろう。


玄関ではトゥルーサーが一人で待っていた。

「お待たせです。ユーノは?」

「いや、一緒じゃないのか? 途中で2手に分かれて、彼女が門を開けに行ったはずなんだが・・・」

「いや、門は開いてたけど、ユーノはいませんでしたよ」

更に訝しがるヒイロと、それに対し首を傾げるトゥルーサー。

「ああ、判った」

カインが声を上げる。なにか心あたりがあるのだろう。

「たぶん、迷ったんだ」

「・・・え? 迷った?」

トゥルーサーはカインの言葉がよく飲み込めないのか思わず鸚鵡返ししてしまう。

確かに暗くて視界は悪いが、屋敷もすぐそこ、それほど広くない庭である。

迷うなんてそんな・・・。という意味が表情から見て取れる。

「ところがどっこい、迷うんですよあいつは・・・」

「あー、確かにユーノはコレでも迷っちゃうかもなー」

「え? この距離で・・・? え? ホントに?」

信じらんねぇ、と言った様子でカインとヒイロに何度も確認するトゥルーサー。

無理もない。しかし、そんな彼に対し幼馴染み2人は無情にも首を縦に振る。無言で。

「すごいな・・・」

その2人の反応に、思わず感嘆の声をあげてしまうトゥルーサーであった。

この後、困惑するトゥルーサーに対しカインとヒイロによってユーノの方向音痴列伝が語られたが割愛。

「・・・とまあ、とにかくユーノは一人で行動させちゃダメなんで探してきますね」

「ああ、そうだな。合流できたらそのまま索敵してもらっても構わない。相手も散開しだしてるようなので、こっちも別れて行動、俺達も先に進むので順次敵戦力を制圧ということで」

トゥルーサーがまたしてもざっくりと作戦を掲げ、カインはユーノを探すため玄関から庭へと戻る。

なんか事態が段々面倒なことになっていることについては、3人揃って見ないふりをしたようだ。





屋敷のキッチンでは既にユーノが会敵し戦闘が始まっていた。

相手はユーノより少し幼い少女である。

低い体勢からの蹴り上げがユーノの顔を掠め、ユーノがその蹴りを片手で捌く。

なぜユーノがキッチンにいるのかというと、トゥルーサーと別れた後すぐに門まで向かおうとしていたが、気づいたら何故か屋敷の勝手口に辿り着き、中でごそごそしていた少女に話しかけたらそのまま戦闘に突入したというわけである。

ユーノは方向音痴なのだ。

ちなみに、門は始めから施錠されていなかった。

「なんだよお前! 何しに来たんだよ!?」

あまり高くない背を活かした低姿勢攻撃を繰り返しつつ、男勝りな口調で問いかけるのは正体不明の少女である。

ショートパンツに簡素なエプロンを着け、手には鍋掴みの彼女。料理中だったのだろうか。

「あ! もしかしてクッキー? クッキー焼いてた?」

「質問に答えろよ!」

少女の足払いをジャンプで避け、そのまま床には着地せず手近な作業台の上に乗り上げつつ匂いの元を推理するユーノ。

「くっ、ちょこまかと!」

台の上のユーノの足を掴み引きずり降ろそうと引っ張る少女。

「なんの!」

それに対し、体勢が崩れ台に打ち付けないように上半身を捻り手を付くユーノ。

そのまま更に掴まれた足を捻り少女の拘束を解く。

「あ、やっぱりクッキーだ! 頂きます!」

拘束が解けた途端焼き立てのクッキーを目聡く見つけひょいぱくする。

「あ! 食うなコラ!」

そしてそんな彼女に振り回されつつ必死で攻撃を繰り返す少女。そしてそれをいなすユーノ。

先程から少女の一方的な攻撃ばかりが続きユーノの防戦一方のように見えるが、そもそも屋敷から立ち退いてもらうことが目的だと思っているユーノとしては、彼女を徒に攻撃するつもりはあまりない。

そんなわけで、その後も暫くそんな感じの攻防が続くことになる。





屋敷の庭にてユーノの探索を初めてすぐ。

茂みががさがさと震える。

「おい、ユーノ。だから一人で行動するなって言って・・・」

“ヒュッ”

「うわっ!」

ユーノを見つけたと思い話しかけたところ、突然目の前に刃物が躍り出る。

それを寸での所で回避するカイン。

現れたのはやはりカインより少し小柄な少年である。

ツナギのような服を着ており、手足の袖を全て捲り上げている。

靴も動きやすそうな運動靴、所謂スニーカーである。

「ちっ」

行動的な服装に反して暗めの顔をした少年が舌打ちする。攻撃の正体は少年の持つ鋏である。剪定用なのかかなり大きめなものだ。

「ちょっ、あっぶない! 鋏危ない!」

突如現れた鋏に対し、驚きつつも何とか反応することができたカインが思わず素で漏らす。

しかしすぐに連撃。

よく見れば少年は両の手にそれぞれ1本ずつ鋏を持っており、それを交互に突き出してきたのだ。

「うわ! なに?! なんで攻撃してくんの!?」

突然の事態に困惑しつつもそれを右へ左へと避けるカイン。

「アンタ誰だよ・・・」

問い掛けつつ、それでも攻撃の手を緩めることのない鋏少年。

両手に持った鋏を同時に、右は脇腹、左は眼前へとそれぞれ刃を開けて斬りかかる。

“ガキィンッ”

すかさず抜刀し、その攻撃を両の剣で受け止めるカイン。

眼前を左の逆手で、脇腹を右の順手で。

「・・・クソッ」

「俺は単なる日雇いだよ。てか、鋏とか危ないだろう! 家で盆栽でも切ってろよ!」

言葉少なに悪態を付く少年に対し、カインの注意だかなんだかよく判らない言葉が振りかかる。

「・・・盆栽と間違えた」

「どういうこと!?」

会話しつつも両手は拮抗。

ギリギリとお互い力を緩めることはない。

「そもそも、アンタこそ剣の方が危ない・・・」

“キィンッ”

鍔迫り合いでは重量的に無理があると判断したのか、鋏を一瞬押し付けその反動で距離を取る少年。

「いいんだよ、コレはなまくらなんだから!」

そう応える間にも少年は迫る。カインから見て右下方へと、重心を落とし視界から外れるように右手の鋏を左から振りぬく少年。

狙いは足下。カインの右剣が逆手であることも考慮していたのかもしれない。

しかし、カインはそれをも捉える。

その逆手の剣をそのまま後方から足元へと、地面を削るように薙ぎ、鋏を受け止める。

“キィン!”

しかし、少年も怯まない。

スピードを落とさず、鋏を当てた剣を起点に右回転。

左の鋏をバタフライナイフのようにくるりかしゃんと逆手に持ち替えカインの後方を抑えにかかる。

ところが、そこでカインが身をかがめる。

正確にはほぼ前転。前方へとその身を転がしつつ半身も回転させ、鋏少年へと相対する。

「・・・アンタ、速いな」

空振りした左の鋏もそのままに自身の連撃を見事に捌いた相手を思わず褒める鋏少年。

「そっちこそ、鋏って案外武器になるんだな。正直ちょっと面白いじゃないか」

カインも負けじと相手の腕前を称える。

何だこの褒め合い。





玄関を抜け、屋敷内部の捜索を始めていたトゥルーサーとヒイロは、眼前の光景に困惑していた。

ある一室に侵入したところ、価値の高そうな美術品の類が幾つかと、大量の紙幣が見つかったのだ。

「トゥルーサーさん、家出未成年たちのねぐらでこんなのが見つかるのは普通なんですかね・・・?」

ヒイロがトゥルーサーへ問いかける。

「むう、なんでこんな所にこんなものが・・・」

トゥルーサーもワケが判らないようだ。

「しかしスゴいな。この絵なんて、確かマニア涎ものの作品じゃなかったっけ?」

「どれだ?」

ヒイロが手に持った絵画を差し出す。

そこには思わず感嘆が漏れそうなほど可愛らしくデフォルメ化されたキャラクターのグラフィックがあった。

それは20年前の革命前に弾圧されていた高名な絵師が著したものである。

その絵師は志半ばにして王国の弾圧により捕らえられ獄死しており、現在では彼の作品も大いに価値が認められマニアたちの間で高額取引されていることで有名なのだ。

「よく判らないが、そういうものなのか?」

その辺りへの造詣は深くないのか、そうヒイロへと尋ねるトゥルーサー。

「ええ、有名ですよ。この作者の作品は特に、魔術学の権威であるケイブ氏が有名なコレクターで・・・」

「あっ」

突然何かに気付いたように声を上げるトゥルーサー。

「どうしたんです?」

「いや、ケイブ氏で思い出したんだが・・・。確か最近、氏の邸宅に賊が侵入し、多くの金品を奪っていったらしいんだ」

ちなみに件のケイブ氏は帝都在住である。

「えっ、ってことは・・・?」

「ああ、中には絵画も含まれていたそうで、この絵も恐らく・・・」

「その通りよッ!!!」

“バターン!”

「うわぁッ、びっくりした!」

話し込む2人の後ろ、突然ドアが大きな音を立てて開く。そしてその音に思わず声を上げるヒイロ。

「話は聞かせてもらったわ。私のコレクションにイチャモンがあるみたいじゃない」

開いたドアから現れたのは1人の女。

上はノースリーブのブラウスと胸まで覆うコルセット、下はローライズショートパンツ、膝までを覆う革のブーツという出で立ちのその女は、見た目も喋り方もそのまんまその手の女王様みたいなソレであった。極めつけに随分と長い鞭まで携行している。

「え・・・? 誰・・・?」

彼女の登場に開いた口が塞がらないヒイロだったが「すげぇ格好だな・・・」という言葉だけは見事に飲み込んで疑問を絞り出す。

「ああ、きっとここのボスなのだろう。調査対象の女と特徴が一致する。他はまさしく未成年と言った風体だったしな」

しかしブレないトゥルーサー。努めて冷静に彼女の正体を推し量る。

「まったく。あの子たちに色々と任せていたら、とんだ鼠が侵入してたようね・・・」

「あの子たち?」

ヒイロが女に問いかける。

「ええ。男の子と女の子よ。でも、会っていないということは、ここまでは素通りだったようね」

「ああ、ここまでは誰とも遭遇しなかった」

カインとユーノは判らないが、とも考えるトゥルーサー。

「そう・・・。うふふ♪ じゃあ、あの子たちは後でお仕置き、ね・・・♪」

ペロリと舌舐めずりしつつそう呟く女。

かなり堂に入ったその姿に、お仕置きについてもうちょっと詳しく・・・、とヒイロが思わず想像してしまったのは秘密だ。

「ふむ。それより、ここにある金品について詳しく訊きたいんだが?」

しかしブレないトゥルーサー。表情ひとつ変えずに女へと歩み寄る。

「あら、そんな必要はないわ。概ね、貴方の想像通りで間違いないかと」

「なるほど。だが、それならば尚更、事情を聴くために同行を願いたい」

「・・・そんなことより。貴方もよく見ればなかなか可愛らしいわね? 私の下僕にならない?」

近づくトゥルーサーを見下ろして何故か勧誘に持ち込む女。

ちなみに、彼の身長は高くない。

ユーノとカインの間ぐらい、せいぜいカインが相手をしている未成年とほぼ同じぐらいだろう。

軍人らしい落ち着いた雰囲気にそぐわぬ小さめボディなのだ。

「遠慮しよう。公務があるんでな」

しかしブレないトゥルーサー。

仕事を理由にきっぱりと断るその姿に、ヤダ・・・この人かっこいい!とヒイロが思わずキュンとしたのはもはやどうでもいい話ではあるが。

「あら残念。だったら・・・」

“スパァーンッ!”

女はトゥルーサーから距離を置き鞭を抜き放ったかと思うと、勢い良く床を打ち鳴らす。

「力尽くで従わせるまで、ね・・・♪」

嬉しそうに頬を歪ませ鞭を繰るその姿は、その手の趣味の者であれば涎ものなのかもしれない。





ここでの戦闘は狭い、とか女が言い出したのでゾロゾロと一緒ロビーに移動した3人。

なぜ素直に従ったのか。さすが女王様なのか。

屋敷のロビーは2階までの吹き抜けとなっており、左右に大きな階段があり、頭上には幾つかの(いつの間にか点灯されていた)シャンデリアがぶら下がっており、まさしく貴族然としたものであった。

「さて。もしやか弱い女性1人を相手に男2人で組み敷くつもりじゃあないでしょうね?」

「安心しろ。女性を殴る趣味はない」

女王様の更なる我侭に律儀に応えるトゥルーサー。どうやって戦うつもりなのか。

「それに女性の扱いなら、俺より彼の方が適任だろう」

「えっ?」

トゥルーサー、まさかのヒイロ押し。

そんな予想外の展開に思わず素っ頓狂な声を上げるヒイロ。

「えっ、ここに来てなぜ僕・・・?」

恐ろしくナチュラルな無茶振りに対し、当然の疑問と反応を示すが。

「・・・・・・(コクッ)」

「(えぇぇぇえ。なんで、大丈夫信頼してますよ、みたいな顔で無言で頷いちゃうのそこで!?)」

そんな感じで押し切られて戦闘開始。


2分後。ヒイロは床でノビていた。

「あら、靴紐が緩んでるわね」と言って屈んだ女の胸元に気を取られた悲しき男の末路がそこにはあった。

屈んだ姿勢から放たれた鞭が地を這いヒイロの足元に絡みつき転倒。間髪入れずその鞭はロビーに飾ってあった壺を引き寄せ、ヒイロの頭へと叩き落とされ、そして今に至る。

「まさかこんなに上手く行くとは思わなかった」

と女も少し驚いていたが、男の(サガ)とは哀しいものである。特にヒイロにとっては。

「むう、卑怯な・・・」

トゥルーサーも実は横でちょっと胸元に気を取られていたのでヒイロの気持ちは痛いほど判るのであった。

「仇は取ろう」

そう言って構えるトゥルーサーの左手には長さ40cmほどの棒状の武器。所謂トンファ・バトンが握られていた。

軍人であるトゥルーサーはその所属部隊の特性上、警棒やトンファ・バトン、ナイフなどの近接武器の扱いや、殺傷力に重点をおいた極め技を主とした各種近接格闘術を多く仕込まれている。

ちなみに、同様に徒手を主として戦うユーノはその柔軟な身体と抜群のバランス感覚を駆使した身軽なヒット&アウェイを得意としており、ユーノと戦闘状態にある少女はそのコンパクトな身体を活かした低姿勢からの足技を主とした連撃が十八番である。


そんなワケで第2ラウンドの開始。

先制は鞭の一撃。かなり扱いに慣れているのか、その先端は正確にトゥルーサーの顔へと叩きつけられる。しかしそれを危なげなくトンファで防ぐトゥルーサー。

だが更に鞭が連撃。足元、胴体、頭へと“パァンッ! パァンッ! パァンッ!”と小気味よく何度も鞭が放たれる。

もちろん全て防ぎきれるようなものではない。音速へと差し迫るとも言われる鞭の先端である。如何にトゥルーサーと言えど、それを捉えることは至難の業である。

しかし反面、肌に直接当たらない限りその一撃は非常に軽い。故にトゥルーサーは攻撃を受けつつ距離を詰めるタイミングを見計らっていた。

女の方も決め手に欠けることは自覚しているのであろう。ヒイロを倒した時同様に鞭で振り回せられるようなモノを探すため連撃を一旦引く。

当然、その機を逃すトゥルーサーではない。一気に距離を縮めようと女へと駆け出す。

一気に肉薄してきたトゥルーサーに対し、女も冷静に対処する。放たれたのは意外にも徒手である右手であったが、それを難なく彼女から見て左へと躱し距離を取るために前進し反転。

再度トゥルーサーへと対峙する。トゥルーサーは彼女を掴もうとしたのだろうが空振りである。

「このままじゃ膠着ね・・・」

そう呟く女は、隙を見せるのはマズいと踏んだのか、地味だが少しでも効果のある連撃へ “スパァンッ! パァンッ! パァンッ!” と再び移行。

「だが、この場合は膠着の方が望ましいな」

対するトゥルーサーは長期戦を選び、防戦へと徹することに。更には土属性魔術を詠唱。自身を魔術により堅くコーティングする。

「あら、だったらこちらも使っちゃおうかしら」

ニヤリと微笑む女。

“スパパァンッ!”

次の瞬間、トゥルーサーは同時に2箇所への攻撃を受けることになる。

「な・・・ッ?!」

もちろん、2箇所同時への攻撃なぞ防げるワケがない。

「ほぅら、まだまだイケるわよ!」

“スパパパァンッ!”

今度は3箇所同時攻撃。流石にちょっと痛いトゥルーサー。

「くっ、なんだその術は・・・ッ?!」

「ネタばらしは無粋よ! さぁ、もっと!」

“スパパパァンッ! スパパパァンッ!”

3ヶ所同時攻撃の2連撃である。

「ぐぁっ!」

トゥルーサーの硬さをモノともしない怒涛の攻撃である。

「こんなことも出来るわよ!」

更に畳み掛ける女。

何が出るのかと身構えたトゥルーサーだったが、次の瞬間彼は宙を舞っていた。

油断したつもりなどない。

だが彼はいつの間にか足を鞭で絡め取られ、そのまま中空へと引っ張り上げられたのだ。

“ドスウゥンッ!”

「がはぁッ!」

そしてそのまま鞭を繰る女によって壁へと叩きつけられるトゥルーサー。

それにしてもこの女、細腕にそぐわぬ意外なほどの膂力である。

「どう? 今のはちょっと強烈だったんじゃない?」

「・・・確かに、なかなかの威力だったな。しかも全く動きが読めなかった」

ちょっと背中を痛そうに立ち上がるトゥルーサー。さすがブレない。

「・・・だが、まだまだだッ!」

そして一気に距離を詰める。女が接近戦に弱いと踏んだのだろう。

「ちぃっ!」

そしてそれは正解。すぐに距離を取ろうと後退する女。

そこでトゥルーサーが詠唱し右足で地団駄。地響きを引き起こす土属性魔術、ヒイロたちが応戦したコカトリス亜種の使ったものと同様のモノである。

屋内であればこのように相手を怯ませる程度のものだが。

そしてその地響きにより一瞬動きが止まる女。もちろんその機を逃すトゥルーサーでは無い。

肉薄した勢いそのままに右手で女の袖を掴み、引き寄せ、左のトンファで女の首元を狙う。

迫るトンファに対し思わず仰け反る女。

そしてその機を逃すまいとそのままの勢いでその足元を掬い上げ押し倒すトゥルーサー。

「くぁッ!」

ドスンと叩きつけられ、思わず声を上げる女。

殴ってはいないので、さっきの自己申告通りトゥルーサーは一応フェミニストなのかもしれない。

「さぁ、同行してもらおうか?」

首元へとトンファを押し付けそう宣言するトゥルーサー。勝負アリである。

「・・・やぁん♪ そんなところ触って、どこに同行させるつもり?」

「む・・・!?」

思わず手を緩めてしまうトゥルーサー。

流石にちょっとブレてしまったようだ。仕方ないね。

そして刹那の後に女はトゥルーサーの手から脱出を果たし、少し距離を置いた所へと移動していた。

「な・・・ッ!?」

相変わらず全くその動きを捉えることができなかったトゥルーサー。

「なぜ、抜け出せる!?」

「あら、謎は女を引き立てるモノよ?」

ワケが判らないトゥルーサーに対し、女は妖艶に微笑むだけである。

「さて、貴方とはあまり相性がよくなさそうなんで、そろそろお暇するわ」

「な・・・!? ま、待て!」

立ち去ろうとする女に対し、慌てて止めに入ろうとするトゥルーサー。

“バタァン! バタァン!”

「姉貴!」「お姉ちゃん!」

しかしそんな彼の前に、突如ロビーに入ってきた少年と少女が立ちはだかる。カインとユーノが対応していた筈の彼らである。

「ここは明け渡すわ。もちろん宝もそのままね。しつこい男は嫌われるわよ?」

そう言って立ち去る女をトゥルーサーは止めることができなかった。

正直疲れたし宝も戻ってくるならまあいいか、とも思っていたのは内緒だ。


と言うわけで3話目。

改訂するついでに後書きも書き足しているところだったり。

ところで、行間をもうちょっと開けるように改訂したんだけどどうでしょ?

もっと開いてた方がいいんだろうか・・・。

あと1話につき、1万文字ぐらいを目安に書いてるんだけど、もしかしてそれって多すぎ・・・?

確かに、携帯とかで読むとなるとかなりのボリュームのような気も・・・。


どなたかご意見頂ければ幸いです。

あと、そろそろ4話目あげます。(2011/06/08)

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