002 : 帝都にて
《第2話》
翌日、準備を終えた3人はカイン宅前に集合していた。
ちなみに、昨日の月との通信は科学者からもう一つの依頼を聞いたところでタイミングよく切れてしまった。おそらく彼が言っていたバッテリ切れなのだろう。その後いくら操作しても通信が再開することはなかった。
更に、その通信の内容は結局、大人たちへと伝えられることはなかった。
今話したとしても信じてもらえないだろうし、信じてもらえたとしても混乱を招くだけだろう、というヒイロの判断によるものだ。
但し、モンスターの出現と遺跡の崩落の件については、きちんと役所へと届け出ておいた。少し職員に事情を聞かれたが、あとは恐らく役所側で然るべき処置がされるだろう。
「にしても、師匠は相変わらずいい加減だなあ・・・」
カインが愚痴るように呟く。
「まあでも、おかげでこうして普通に出発できるじゃないか」
「まあ、そうなんだけど・・・」
実は、昨日の出来事を包み隠さず全て話した大人が一人。他ならぬカインたちの師匠、つまりはユーノの父である。彼には全てを報告したのだ。
ヒイロも最初は躊躇したが、結局ユーノが淀みなく父へと全てを話したのだ。
月との通信内容を聞いた師匠は流石に面食らったのか、そいつぁ一大事だ! と驚きを隠せなかったようだ。しかしすぐに、じゃあ行ってこいお前ら、と間髪入れずに指令を出すあたり、ホントに流石としか言いようがないだろう。
で、出発の朝である。
ちなみに、カインの両親とヒイロの母へはユーノの父が事情を大まかに説明した。
修行の一環として大事な用事を言付けた、とのこと。嘘ではない。
「さてと、じゃあまずは帝都だね!」
ユーノが元気よく確認する。
この国は帝国である。そして帝国の首都である帝都は、この街から歩いて1日半程の場所にある。
昨日の科学者からの依頼により、3人はまず帝都へと赴き、この国の首脳である“剣帝”と呼ばれる男に会わなければならないのだ。
「そうだね。まあ、そこまで急を要するほどでもないみたいだけど、少し急ぎ目で行こうか」
ヒイロが続ける。
それは昨日の科学者が言っていたことだ。簡単に言えば、すぐに戦争が始まるわけじゃないけど出来るだけ急いでくれ、とのこと。帝都へ歩いて行くぐらいの余裕はあるのだ。
「なあ、それはいいんだけど、着いてからはどうするんだ?」
カインが不安を口にする。
「すぐに剣帝さまに会いに行くけど?」
ユーノが当然でしょ? といった顔で答える。
「いやいや、そんな簡単に会えるモンじゃないでしょ。剣帝様って。」
「大丈夫だって、なんとかなるから!」
「そうそう、その辺は大丈夫だから」
カインの尤もな意見に対し、ユーノとヒイロは随分楽観的に答える。
「そういうもんなのか・・・?」
冷や汗を流しつつ、呟くカイン。
そして一路帝都へと旅立つ3人。重要な使命を背負いつつ。割と呑気に。
◆
《閑話休題》
帝都へと向かう道中。
「ところで、トキコさんは何て言ってたんだ? この件については」
カインがヒイロへと尋ねる。トキコさんとは、ヒイロの母だ。
「ああ、えーと確か、帝都には変態とかいるから、って言ってた」
「いるから何なのさ・・・。」
ヒイロの母は自称占い師である。しかもよく当たる。
そして、たまにヒイロやカインたちにこういう意味ありげなことを言ってくるのだ。
だが、息子たちへは何のつもりか、だいたい先程のような抽象的だか具体的だかよく判らない言葉で伝えてくる。含み笑いで。きっと楽しいのだろう。
「うん、僕も判らない・・・」
さしものヒイロも自身の母のことは理解しきれないようだ。ちなみに、頭も上がらない。
「相変わらず得体の知れない人だなー」
「ねえ、その変態さんってどんな種類なのかな?」
ユーノが首を傾げて疑問を口にする。
「ああ、それはね・・・」
「珍しい動物とかじゃないから! そして普通に説明しようとすんな!」
「母が言うには、なんかドSらしいよ。しかも美人」
「流すなぁッ! ってなんだそりゃ!?」
「さあ? でも、美人ならどんと来いだよネッ☆」
「ネッ☆ じゃねえよ」
「やったね!」
「ユーノも適当に返事すんな! そして、小さくガッツポーズ作るな!」
「じゃあ、カインは後ろを頼むよ!」
「私は前だね!」
「何をだよ!?」
「ナニだよ」
「うるせえ! 斬るぞ!」
「カインがいじめるー」
「よしよし。じゃあ、お兄ちゃんがあっちの草むらで慰めてあげよう♪」
「変態だー!」
「・・・もうやだこのメンバー」
カインは苦労が耐えない。
◆
その後、なんやかんやと呑気な急ぎ足で帝都に到着した3人。
帝都は別名“杜の都”とも呼ばれる森林都市だ。
その名の通り、ひとつの森と一体化した街である。
街は大きな城壁に囲まれており、その東西南北にそれぞれ4つの門(本当は大小合わせてもっとあるが殆ど閉門している)が配置してある。
南から来た3人はそのまま南門を通り抜けようと、門兵へと許可をもらいに行くところだ。
「3人です」
ヒイロが筋骨隆々とした門兵へと伝える。
「名前と出身地を記入して、武器を所持してるのなら許可証も提示してください。」
門兵が記入用紙を差し出す。
3人はそれぞれ記入し、武器の携帯許可証を提示する。
「はい、ではどうぞ」
立派な城塞都市とは言え、平和な現代であればこれだけである。
昔はもっと厳しかったらしいのだが、現在は出入も多いためこの程度なのだろう。
城門を潜り、都市内へと足を踏み入れる3人。
先述した通り、この街は“杜の都”である。
しかも、生半可な森ではない。温帯の密林と行っても過言ではないほど緑の密度が高いのだ。
鬱蒼と生い茂った巨木や蔦が街中を跋扈し鎮座し、空は巨大な広葉樹の葉に、地面は芝生や苔によって、上下左右前後360度全てを緑色に染め上げられた筋金入りの“杜の都”なのだ。
しかも面白いことに(とは言え当然なのだが)この街は帝都なだけあって非常に人口が多く、それゆえ、門を通り抜けてすぐに見えるのは生い茂る森、でも聞こえてくるのは城門前の市場の喧騒というミスマッチである。
そこかしこを木と草と葉に囲まれながらも、人々の文明が違和感なく溶け込み繁栄していると言う、世にも奇妙な光景がここ帝都には広がっているのだ。
とは言え、曲がりなりにも自身の所属する国の首都であるため、3人ともこの街へは過去に何度も足を踏み入れている。そのため足並みは慣れたものである。
生鮮の客引きや美味そうな屋台、様々な雑貨やアクセサリーなどの露天を横目にすいすいと市場の人ごみを抜け街の中心部へと向かう3人。一応先を急ぐ事態なので、こんなところで時間を取られるワケにはいかないのだ。
市場を超えた先には広場があり、そしてその広場の奥に3人の目指す“剣の城”がある。
そしてそのまま、“剣の城”へと普通に入っていく3人。と言うか特に門があるわけでもないので、入るまでもなく直進すれば城内である。
さて、この“剣の城”だが、実はとてつもなくデカい。
平面積だけでもこの街の5分の1近くを占める上に、かなり高い。
ただ高いだけでなく、階層構造になっているため、下層部の面積は各層ごとにとんでもない広さになるのだ。
しかしてその正体は、超弩級の巨木群である。
どれくらいデカいかというと、デカすぎてどこまでが根に当たるのか、どこからが茎なのか、それとも枝なのか、そんなことさえ判然としないぐらいの規格外の大きさである。
そしてこの城は、その大きさ広さのため、普通に居住域としても利用されている。
なので、城外と城内の区別というとなんだかよく判らない根っこだか茎だかの隙間を抜けたあたりという実に曖昧なものとなっている。しかも、樹木外の枝だか茎だかの部分もしっかり利用されているという曖昧さ。
そもそも、城に関わりのない庶民にとっても自由に行き来出来る場所のため、城の内外の区別などあってないようなものなのだ。
城内下層部を進む3人。
剣の城内部はそもそも樹木そのものなので基本的にあまり広くない。例えるなら坑道のような広さであり、樹木の茶色がその雰囲気を際立たせている。
ただ、ところどころに絡まり合った茎同士の隙間があり、採光や通風は悪くない。
3人が目指しているのは上層部であるため、幾つかの階段を上り一度外部へと出る3人。
上層部へは一度外へ出ないと行けない仕組みになっているのだ。
防犯上の理由らしいが、実は内部にも上層部への通路はあるらしい。
あるらしいと言うのは、そもそもこの剣の城の全貌を把握しているものがごく一部、国務上の重要人物のみだからである。
剣の城は、入ってからが長い、実は非常に攻められづらい城なのだ。
剣の城外部へと出た3人。
外もやはりぐるりと緑に覆われており、内部を登ってから外へと出たため当然ちょっとした高さなのだが、絡まり合った枝と枝とを繋ぐ形で足場が敷設され安全になっている。
内部が複雑なら外部もかなり複雑なのがこの城。
様々な方向に伸びた枝とそこに設置された幾つもの足場や建物がそれを示している。
3人はもう一度内部上層へと入るため、とにかく上へと向かう。
幾つかの階段を登り終えると、ようやく門らしきものが視界に入ってくる。
門の前はちょっとした広場ほどの大きさになっているが、門そのものはそれほど大きなものではない。
公務に携わる者が全く出入しないわけではないだろうが、そういった時間なのだろう。
門前には殆ど人が居らず、2人の衛兵が門の左右に佇んでいるだけであった。
門前広場へと出た3人。
「じゃあ行こうか」
「うん」
ヒイロが2人を促し、それに元気よく答えるユーノ。
「えっ、ちょちょっ、ちょっと待ってよ!?」
何が不満なのか、門へと向かおうとしていた2人を慌てて引き止めるカイン。
「どうしたのさ?」
「ほら早く行かなきゃ?」
そんなカインの行動に疑問符を浮かべながら問う2人。
「いやいや、入れないでしょ?! 僕ら一般人だよね?!」
思わず普段使わないような一人称で訴えてしまうカイン。
「ああ、それならユーノが何とかしてくれるよ」
「うん、大丈夫。ほら行こう!」
そう言ってすぐに門兵の元に駆け出してしまうユーノ。
「えっ? あ! ちょっと待って!」
カインも慌ててそのあとを追う。
右のやたらと横幅の広い門兵の元へと急ぎ足で駆け寄るユーノ。
その手には、いつの間に取り出したのか手紙の様なものが握られていた。
「こんにちは。お仕事ご苦労様です」
ユーノ必殺の眩しい笑顔を振り撒きながら門兵へと話しかけるユーノ。
そんなユーノに対し、すわ告白フラグか!? と門兵が少し期待したというのは致し方のないことだろう。手紙持ってるし。
「早速なんですけど、これを団長さんに渡してもらえますか?」
しかし残念。門兵の淡い期待は即刻断ち切られる。そして同時に抱く疑念。
「あああ、あんなおっさんなんかより、おお、俺の方が・・・」
「違います。そういう手紙じゃありません。団長さんに急用がありまして、この手紙を読んで頂ければ判るようになっていますので、渡してもらえますか?」
ゆっくりと追いついたヒイロが、なにやら盛大に勘違いした門兵に対し冷静にツッコミを入れつつ、ユーノの言葉に補足する。
ちなみに、カインはすぐに追いついてユーノの隣で一部始終を見ていたが、門兵の視界には入っていなかった。
「なな、なんだ違うのか・・・。じゃあ、ちょちょ、ちょっと待ってて下さい」
門兵は安心したやら残念やらといった顔でそう告げると、門の近くにある小さな建物に入って行く。おそらく詰所なのだろう。
「あの手紙、何なの? 団長さんと知り合いなの?」
一人状況が飲み込めず置いてけぼりだったカインがユーノに尋ねる。
「んー、私は会った事ないんだけどねー」
暫く先程の門兵が出てくるのをボーッと待つ3人。
門の左にいる門兵もさっきからずっとボーッとしている。
この城の警備大丈夫なのかな? とヒイロがあらぬ心配をしていると、詰所の方からガタガタガタッ! ズン! バタッ! と何やら慌ただしい音が聞こえてきた。
「どの娘だ!」
先程の音に3人が目を向けていると、そう叫びつつ詰所から先程の門兵とは別の人物が飛び出してきた。ベテランっぽいが少しくたびれた感じの門兵である。
「ほほほ、ほらあの真んなか」
「ああ、あの娘か」
「ね? かか、カワイイでしょう?」
「どうでもいいわい。たぶん奥さんに似たんだろうな」
遅れて出てきた先程の恰幅ある門兵とそんな遣り取りをしながら近づいてくるベテラン門兵。
「あー、君がユーノ君かね?」
「はい。はじめまして、ユーノ・ブルックスです。父がお世話になっておりました。」
ユーノがおっさん門兵に自己紹介する。
「ぐふぐふ、かわいい」
「お前ちょっと黙ってろ。ふむ。あの手紙は読ませてもらったよ。着いてきなさい。案内しよう」
◆
剣の城上層部。国務関係者しか入れないような場所をユーノとヒイロとカインは歩いて行く。
先頭にはさっきの草臥れたおっさんみたいなベテラン兵である。
「おい、ユーノ。さっきの手紙は何だったんだ? この人、師匠の知り合いなのか?」
カインが先程の遣り取りでの疑問を口にする。ユーノの「父がお世話に・・・」というくだりが気になったのだろう。
「うん、そうみたい。私も会うのは初めてなんだけどね」
「なんか、師匠の昔の同僚らしいよ? 手紙の内容までは開けないようにって言われてたから僕らも知らないけど」
ユーノの肯定にヒイロが付け加える。2人は当然このことを知っていたが、いつもの如くカインには黙っていたのである。
「まあ、昔の同僚と言えばそうだな・・・」
先頭のおっさんが苦笑混じりに呟く。
「私の名はミドルスだ。君らは、リュークの所の門下生らしいな?」
おっさんがユーノらに尋ねる。ちなみにリュークというのは、ユーノの父の名前である。
「ええ、そうです。すみませんでした。急に押しかけてしまったようで・・・」
「君らは手紙の中身は読んでないと言ってたな?」
「はい、そうですが?」
「いや、読んでないのならいいんだ・・・」
ヒイロがおっさんの質問に応える。だがその後の、あんな手紙急に出してくるなよな全く・・・、というおっさんの独り言はどうやら聞こえなかったらしい。
幾つかの廊下と扉を超え、幾つかの階段を上ると大きな扉の前に辿り着いた。どうやら剣帝とその臣下たちの執務室らしい。
実は来る途中、何人か国務関係者らしき人とすれ違いちょっと不審な目で見られたが、軽く会釈して何食わぬ顔で通り過ぎた。おっさんの助言でもある。ヒイロはちょっとセキュリティがどうかと思ったが気にしないことにした。
「じゃあ、ちょっと話してくるから、君らはここで待っているように」
そう3人に告げるとおっさんは扉の中へと入っていった。
残された3人は未知の国務ゾーンを見渡す。
「こんな風になってるんだねー」
「城の割には警備が・・・」
「食堂ってあるのかな?」
などとそれぞれに感想を漏らす。
この剣の城上層部、いわゆる国務ゾーンは下層部とは構造が少し違ってくる。具体的には、木の本体は単なる支えと化しており、人工物が多くなっているのだ。
もちろん、耐荷重の問題により石や金属の構造物ではなく木造のものが殆どで、廊下もフローリングに絨毯が敷き詰められているらしく、壁はログハウスのそれに近い。目の前の扉とその周囲はさすがに金属製ではあったが。
ちなみにその間、その扉の向こうでは何やらおっさんが頑張っていたのだが、3人には知る由もない。
雑談しながら待っていると、そう時間を置かずにおっさんが扉から出てくる。
「よし、入っていいらしい」
「「「失礼しまーす・・・」」」
なんか場違いな気がして緊張した面持ちで入室する3人。その言葉もあながち的外れでもない気はする。
内部には幾つかの(それほど多くはない)丈夫そうな木製の机が並べられており、その殆どは空席となっていた。おそらく臣下たちの執務机なのであろう。
「それが貴方の言っていたお客ですか?」
唯一在席していた初老の男性が立ち上がりながらおっさんへと尋ねる。
語調が少しキツく、彼を咎めているようだ。
「まあ、そう目くじら立てなさんなよ? アイツよりはマシじゃあないかい、な?」
「まったく・・・、今回だけですよ」
どうやら結構な無理を言って通してもらったらしい。妙にフランクにおっさんが初老の男性へと釈明し、初老の男性も渋々といった感じで許可したようだ。
「すみません、無理言ったみたいで・・・。あの、コール執政官ですよね?」
ヒイロが3人を代表して、コール執政官と呼ばれた初老の男へと恐縮しつつ謝罪する。
「ええ、そうです。まあ、貴方たちには罪はありませんのでいいですよ。但し、今回のようなことは特例ですので、それを肝に銘じておいてください。問題はこの手紙なので・・・」
そう言ってコール氏は苦々しげに手元に置かれた手紙を睨む。
「師匠、いったい何を書いたんだ・・・? ていうか、師匠、何者・・・?」
そう一人ごちるカイン。手紙の内容は未だにカインらには不明のままだが、彼ら一般人をここまで導くだけの効力があるようで、リュークについての謎は膨らむばかりである。
「それで、剣帝様は・・・?」
「ああ、陛下なら今は執務中なので、向こうの部屋にいますよ。貴方がユーノさんですね?」
ユーノが尋ね、コール氏が応えつつ訊き返す。
どうやら件の剣帝は彼らが入ってきたのとは別の、もう一つの扉の向こうにいるようだ。
「はい、父がお世話になっておりました」
「えっ? コール執政官とも知り合いなの師匠?!」
そしてユーノとコール氏の遣り取りに思わず驚きの声を上げるヒイロ。彼らの師匠の謎は膨らむばかりである。
「・・・ふむ、貴女はどうやら奥方似でいらっしゃるようですね。安心しました」
ユーノの応対に満足したようにそう漏らすコール氏。「いや、そうでもないでしょう・・・」というツッコミがすぐにカインとヒイロの心中に浮かんでは消えたということは、コール氏は知る由もないが。
“コンコンッ、コンコンッ”
「いいぞー」
「陛下、失礼します」
然るべきノックの後くぐもった返事が聞こえコール氏が先に入室する。
「・・・・・・えー、陛下に謁見されたいという方が来ております。お通ししますがよろしいですか? よろしいですね?」
妙な沈黙の後に陛下こと剣帝へと許可を伺うコール氏。なぜか後半キレ気味で。ドアは半開きのままなので中までは見えないが。
「あー、今ちょっと忙しいんだが・・・。どうした、フェリウス? 怒ってるのか?」
「陛下、執務は?」
「あー、ちょっとな。気分転換に」
コール氏と剣帝の遣り取りが半開きの扉越しに聞こえる。フェリウスというのはコール氏のファーストネームだろうか。フェリウスちょっとご立腹。
「もういいですから、通しますよ。こんな手紙も来ていますし・・・」
件の手紙を渡し、扉を開くコール氏。
「「「失礼しまーす・・・」」」
またもちょっと緊張の面持ちで入室する3人。
「げぇッ! リュークからかよ!」
そこには、手紙の内容に対し驚愕と辟易を顔に浮かべた剣帝がいた。何故か汗にまみれ、タオルを肩にかけた姿で。しかも一国の皇帝らしからぬラフさで。具体的に言えば、体にフィットした黒いシャツに動き易そうなカーゴっぽいパンツ、そしてそれがインされたブーツというもの。
「そのリュークの娘さんがこちらの方ですよ」
「うお! リュークの娘か!?」
フェリウスがユーノを紹介すると、どう見ても運動していたとしか思えない剣帝が驚きの表情を濃くしつつ彼女に視線を移す。
「はい、ユーノ・ブルックスです。父がお世話に・・・」
「おお、よくできた娘さんだな! あいつがオヤジとは思えねぇぜ! ハッハッハ!」
ユーノの慣れない挨拶も途中に豪快に笑う剣帝。そして例の如く「いや、だからそんなことは・・・」というツッコミをぐっと抑える後ろの2人。
「はぁ・・・。すみませんね皆さん。・・・ところで相談なんですが、剣帝様ともあろう方がこんな、やたらフランクで汗臭いおっさんだということはどうか内密に・・・」
「うおい! 何気にヒドいなフェリウス! ていうか、どうせリュークの娘だったらそれぐらい知ってるだろ!?」
「はい、お噂はかねがね。父からは『あのパワー馬鹿』と・・・」
「ちくしょう、リューク! アイツ今度会ったら叩っ斬ってやる!」
「なんか、ホントに悪いな・・・。ていうか、君らも大変だな・・・?」
ミドルスの含蓄ある慰めが、置いてけぼりの少年2人の心に、少しだけ響いた気がした。
◆
この帝国は新しい国である。建国して20年程度しか経っていない、新築と言っても差し支えないほどのものだ。ではその20年以上前は何だったのかというと、それまでこの国は、王国と呼ばれるものであった。
その王国には当時、悪逆王(そのまんまだが)という悪逆非道の国王が在位しており、その名に相応しい恐怖政治によって民衆や周辺の小国などを牛耳っていたのだ。
しかしてその暴虐の王は20年前、当時25歳という若さだった現皇帝であるアレックスと彼の仲間たちによって打ち倒され、今の帝国が建国されたというわけである。
このクーデターは後に『七日間革命』だとか『七日間戦争』という名で呼ばれるのだが、所謂クーデターであったにもかかわらず、民衆から当然のように受け入れられた。
ちなみに『七日間革命』というのは、比喩でもなんでもなく本当にほぼ7日間で勃発、終結したからである。
さて、その『七日間革命』の革命軍には、アレックスはもちろん、アレックスの妻であるリアン皇后、コール執政官と何故かまだここにいるおっさんなんかが名を連ねており、そして・・・
「そしてここにいるユーノさんのご両親、つまりリューク・ブルックスおよびティナ・ブルックス女史も主要なメンバーの一員だったのですよ。革命軍のね」
「「ええええええッ!?」」
「えへへっ」
説明を終えたコール執政官の言葉に驚愕するカインとヒイロ、そして恐らくこのことについては知っていたのだろう、なんか照れてるユーノであった。
「只者じゃないなとは前から思ってはいたけど、まさかそんな過去があったなんて・・・。ていうか、ティナさんまでも・・・」
「知らなかった! 知らなかったよ! まさかこんな身近に超有名人がいたなんて!」
カインは妙に得心しつつも、普段飄々としているヒイロですらも、各々動揺を顕に狼狽えるばかりである。
ちなみにヒイロは、リュークが何がしか国務関係者と通じているのだろうなということまではユーノとの話の中で判ってはいたのだが、まさかリューク本人がそんな有名人だとまでは想像していなかったのでその驚きも仕方がないものである。
「まあ、この事を知っているは一部の関係者だけですからね。知らなかったのも無理はありません。ユーノさんのご両親については、特に本人たちが希望したこともあって公表していないのですよ」
狼狽える野郎2人にちょっとフォローを入れるコール執政官。
「なんかね、お父さんは特に剣帝様と仲が良かったんだって。喧嘩仲間なんだってお母さんが言ってた」
「喧嘩仲間ねぇ・・・、まあそうっちゃそうかもな。仲なんか良かぁないが」
「「喧嘩!!?」」
そして追い打ちをかけるユーノと剣帝アレックス。
「け、喧嘩って・・・。おい、ユーノ、剣帝様だぞ?」
「そうだよ、この帝国最強と言われてる剣士さまなんだよ・・・?!」
「それぐらい知ってるよー!」
2人の驚きは無理もない。
皇帝アレックスの愛称である《剣帝》というのは、愛称ではあるが実力の伴ったものだ。
この一見汗臭いフランクなヒゲおやじは、一国を統べる者でありながら、20年以上無敗を誇る超一級の剣士なのだ。
というか本来、アレックス自身は政治が苦手なため実務は殆どフェリウス頼みであるところが大きい。それ故、さっきも執務をサボって筋トレしていたところを見咎められたのだ。
「ってことは、師匠、実は凄く強い!?」
「うん、たぶんねー」
「むしろ、師匠の強さの謎が少し解けた気がするよ僕は・・・。」
そして、そんな帝国最強の剣士であるアレックスと喧嘩をしていたというリュークである。
自然とその強さの評価も跳ね上がるというものだ。
事実リュークの強さは常人を遥かに越えるもので、20年前の革命軍在籍当時には《武神》などと呼ばれ恐れられていたほどである。しかし、カインらはまだその片鱗しか見たことがないのであろう。平和な現代においては致し方ないかもしれないが。
「さあ、時間が勿体ないですよ。積もる話もあるでしょうが、あなた方の今回の用件を聞かせてもらいますか?」
話がゴチャゴチャしだしたところでコール執政官が場を纏める。さすが執政官だけはある。
その言葉に顔を見合わせる3人。国防に関わる重大な情報のため、流石に言い出しづらいのだろう。ユーノはちょっと何考えてるか難しいところだけど・・・。
「えー、実はですね・・・」
どうやらアイコンタクト会議は決着、一番“画面の男”と話していたヒイロが進み出る。まあ、順当ではあるだろう。
◆
ヒイロの判り易く詳らかな説明が終わると、場は静まり返っていた。
当然であろう。“月の文明”という未知の勢力の発見というだけでも重大なことだというのに、その未知の文明が自身らに牙を向くというのだから。その衝撃たるや、この場にいる者の言葉を奪うことなど容易いものである。
「剣帝様、信じてもらえますか?」
口火を切ったのは暫く黙っていたユーノである。彼女のこういった場面における肝の据わり様は、驚嘆に価するものだ。そしてその問いかけも、おそらくこの話の最も重要な部分であろう。
何はともあれ、信じてもらわなければ始まらないのだから。
だが既に通信機は沈黙。“画面の男”と話した者もここにいる少年少女たちのみであるからして、その証明は不可能である。もちろん、ヒイロもそのことは先程の話をする上で伝えている。
「いいだろう、信じよう」
「陛下、しかし!」
ユーノの言葉に数拍だけ置き即答するアレックス。それに対し、間髪入れずフェリウスが制止の声を上げる。
「判っているさフェリウス。こんな荒唐無稽な話、信じようっていうのが無理だろうな。だが、他ならぬかつての同志の秘蔵っ子どもの話だ。信じてやろうじゃあないか。だいたい、わざわざ帝都くんだりまで足を運んで嘘を騙る理由もなかろう」
「ですが、証明は不可能です。証明できない限り、そんなあやふやな情報に我々が振り回されるわけには行きません」
少年らの話を信じようと言うアレックスの言葉には、暖かいようなそれでいて鋼のような力強さが感じられた。彼が一国の皇帝である所以は、こういった場面におけるある種のカリスマのようなもので説明が付くものなのかもしれないな、とヒイロは思わず少し場違いなことを考えてしまう。
そしてフェリウスの主張も尤もでもある。国防に携わる者として、未だ被害者の存在しない、ましてや加害者の存在すら証明し得ないような訴えのために、時間と労力を割くわけにいかないのは当然である。
「・・・証明は、出来ないこともないんです・・・」
そのため、ヒイロはおずおずと切り出す。“画面の男”からのもう一つの依頼を。
「彼は最後に僕らに重要なことを伝えました。彼自身もこの情報の不確かさには自覚があったのでしょう。『ある装置を用いてそちら(地上)へ向かおうと思っている。手段の委細は省くけれど、地上にある円環状の列島群の一つ、そこに恐らくまだ残っている筈の、ある遺跡へと。出来ればそこで僕を迎えてほしい』と彼は言っていました」
「・・・期日の指定は?」
“画面の男”の伝言を一字一句違わず紡ぎ出すヒイロの説明に対し、フェリウスが尋ねる。
「今から約20日後です」
正確には“画面の男”は「君ら(地上)にとっての3週間後に」と言っていたのだが、自分たちの帝都までの旅程は省いて返答しておく。
「環状列島の遺跡ですか・・・。そこまでの旅程でしたら間に合わないこともないですね・・・。ヒイロさん、待ち合わせしているその遺跡について、もっと詳しくは判りませんか?」
フェリウスは頭の中でここ(帝都)からそこまでの旅程を計算しながら考える。
環状列島には幾つかの遺跡が現存しているため、その絞り込みが必要になってくるだろうと。
「恐らくですが《渡月廊》との類似点が指摘されている《最果て》という遺跡で間違いないかと」
「・・・根拠は?」
「幾つかありますが、殆ど僕の類推と捉えてもらって結構です」
「ふむ・・・」
先の質問の真意としては、“画面の男”からもっと情報は聞き出せなかったか? というものだったため、ヒイロの返答に対し内心少し驚きながらも確認を取るフェリウス。
《渡月廊》の時もそうだったように、ヒイロの歴史や遺跡などに関しての知識は非常に深いのだ。
「フェリウス」
ヒイロの類推に対し更に少し考え込むフェリウスに対し、剣帝が呼びかける。
「・・・判りました。・・・では、この件に関して私と陛下で少しの間協議しようと思いますので、皆さんはあちらでお待ち下さい」
先の一言で剣帝の意図を汲み取ったのだろう。フェリウスが若者たちに退室を請う。
かくして少年たちの重大任務は、ここで一応の区切りを果たしたのであった。
2話目投稿ー。
しかし男臭い執務室だな。
フランクなおっさんばっかだし。
誤字脱字、感想指摘なんかもよろしくです。