祝福の雪
国語の授業で、短歌をもとに物語を書こうということをしました。本作は、その授業で書いた物語を改訂したものです。もとにした短歌は、【雪積もる朝は何だか嬉しくて一番乗りで歩く校庭】です。教科書に出ているもので、私が詠んだわけではありません。
短歌をもとにしているので、あまり小説にはない(と思われる)内容ですが、よければお付き合いください。
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仲冬、ドイツ北西部のハンブルクはひどく冷え込み、珍しく雪が積もった。
「起きなさいシュニット! もう朝よ。」
母のキーキー声で、シュニット少年は起き上がった。ベッドからずんぐりした体を転がし、窓のカーテンを開けた。すると彼は飛び上がった。
「なんてこった。母さん雪だよ、雪!」
彼はドアも閉めず、階段を飛び降り、ブレートヒェンのいい匂いがする部屋をねずみ花火の如くかけまわった。パジャマを投げすて服をかぶり、雑に靴下を履いて、鞄を引きずり玄関へ滑り込んだ。
「ちょっと! 朝ごはんを食べなさい!」
しかし、もうすでに少年の姿はなかった。
見慣れた玄関の先は、見知らぬ世界だった。一面の白、鋭く冷たい空気。シュニットは、少ししんみりしているのに、それでいて感じたことのない高揚感に包まれているという、妙な気分になった。
ぽこ、ぽこ、と雪を渡り、辺りを見渡した。真っ白な道と建物は、まるで美しい城のように見え、街行く人々は、その城に暮らす貴族のようだった。
角を曲がると、同級生の姿を見出した。少年は思った。そうだ、校庭はどうなっているんだろう? よし、僕が最初に確認してやる! と。彼は走り出した。といっても、例の体型と体重のせいで、他の人が早歩きするくらいの速さだったのだが。
ある十字路を通り過ぎようとしたその時、不意に誰かが彼の後ろ襟を引っ掴んだ。
「何をそんなに急いでる?」
その声に、少年は怯えた。聞き覚えがあり、さらにそれは良い思い出ではなかったからだ。
「医者に言われたか? 運動してその不健康な体を治せ、さもなくば硬いベッドで質素な飯を食う羽目になるぞ、ってな!」
そこでどっと笑いが起こった。引っ掴んできたやつの後ろに隠れていた3人が、けらけらと笑っていた。いじめっ子集団だ。毎日毎日、登下校中に追いかけ回してきて、筆箱を隠し、すれ違いざまに肩をぶつけてくる、嫌な奴らだ。シュニットは目をぱたつかせ、何度も鼻をすすった。あんまりだ! せっかく雪が積もった日に、いじめっ子集団に絡まれるなんて。今日くらい、楽しく過ごさせてくれよ!
「雪みたいに蒼白い顔しやがって。不健康はどっちだ!」
彼は半ばやけくそになり、腹の底から慣れない罵声を吐き出し、鎖で繋がれた猛獣のように体をうねらせ、逃げ出した。こうして、彼は雪積もる通学路の中必死な逃走を開始したのだ。
角を曲がり、茂みを踏み越え雪を蹴散らし、通ったことない路地裏を通り抜け、度々腕を掴まれそうになりながらも、逃げ続けた。
「逃げ足だけは速い奴め! 待て!」
路地裏を抜けて曲がった時、あるものが目に入った。学校の門だ。まっすぐ進めば、もう学校にたどり着くのだ。しかしシュニットはそのことを素直に喜べなかった。―――だめだ、直線じゃ追いつかれる。きっと僕は殴られる。いや、それじゃ済まないかもしれない。でも、でも、あいつらが先に校庭へ入るのは、もっと嫌だ!
彼は言葉にならない叫びをあげながら、いじめっ子集団も仰天するくらい加速した。
血の味がし、鼻はじんじんと冷え、心臓と脚はいつ崩壊してもおかしくない。それでも、シュニットは走った。いじめっ子集団は負けじと食らいついたが、一人また一人と雪につまずいて転び、とうとう、襟を引っ掴んだ奴だけになった。
彼らは横に並んだ。腕はお互いぶつかりそうで、足も踏んづけてしまうかもしれない。門まで残り三十メートル。もうこれ以上は速く走れない。でもいじめっ子との差は広がらない。くそ! 嫌だ嫌だ嫌だ、こいつを先に校庭に入らせるものか! なんとしてでも、僕が最初に校庭へ入るんだ――――
その時だった。左足でぐにゃりとやわらかいものを踏んづけた感触がしたかと思えば、何かに頭をがつんとぶつけ、痛々しい叫び声を聞きながら視界が地面に墜落した。
シュニットは目を開いた。――――あれ、一体何が......。
彼は目前に学校の門を見ていた。開いた門の左右の柵の間に、いじめっ子が伏せていた。頭と膝を押さえ、ああ、ああと奇妙なうめき声をあげている。
その後ろには、雪に隠れてかろうじて見える道路と、生垣があった。彼は気づいた。今自分は、門の内側、つまり校庭にいるのだと。
頭が痛んだ。手で触れてみると、たんこぶができていた。――ぶつかったのか、あいつと。
彼は飛び起きた。そしてしゃがれた声で叫んだ。
「や、やった。やったぞ! 僕が一番乗りだ!」
もはや痛みは喜びにかき消されていた。
チャイムが鳴った。しかし少年にはファンファーレのように聞こえていた。真っ白な校庭に、校舎。学校全体から祝福されているのだと、彼は思った。あいにく、あたたかな歓声とレッドカーペットはなかったが、今の彼にはむしろそっちのほうが嬉しいことだろう。
『指輪物語』の戦いの描写がとにかく気に入っていて、自分でも戦記を書きたいと思っていました。しかし、戦う理由、登場人物の兵士ゆえの個性といった設定に苦戦し、また長編を書こうとしたために、中途半端に書いた草案をいくつも没にしました。
そんな力量不足に悩んでいたとき、国語で物語を書くという単元に入りました。この単元こそが、私を変えてくれたのです。
短歌をもとに「短い」物語を書く。こんな単純な内容でしたが、私は気付かされました。「いきなり長編など書けるはずがない。まずは短編で力を底上げしなければ」と。
そうして、この「祝福の雪」に次いで書き上げた戦記が「マネヒルムの合戦」なのです。
まだまだ未熟でありますが、これからもお付き合いいただけると幸いです。




