スキル剥奪者
夕方の通学路。
俺は塾の入ったビルの前に立っていた。
塾帰りのガキどもが、リュックを背負ってぞろぞろと出てくる。
――くだらねぇ。
チートスキルなんてものがある世界で、
まだ勉強なんかしてる時点でこいつらは負け組だ。
そう思いたかった。
そう思わなきゃ、俺の居場所がなくなる。
その中に、一人だけ目に留まるガキがいた。
細身で、眼鏡。リュックの紐をきちんと揃えて、
まっすぐ前を向いて歩いている。小学生だろう。
その時だった。
「おい、チビ」
同じ塾に通っているらしい不良の中学生が、ガキの前に立ちはだかる。
肩を小突く。軽く、だが明らかに舐めた仕草で。
「調子乗ってんちゃうぞ」
ガキは何も言わない。
俯いて、唇を噛みしめるだけだ。
反撃もしない。逃げもしない。
ただ、黙って耐えている。
その姿を見て、俺の中に黒い感情が湧いた。
(コイツなら……いける)
中学生たちが去ったあと、
ガキが一人になった瞬間を狙って、俺は声をかけた。
「おい」
ガキが振り向く。
怯えた目。だが、さっきよりもずっと弱い相手を見る目。
「さっきの見てたで。弱そうやな、お前」
わざと、煽る。
わざと、近づく。
わざと、腕を掴む。
「離してください」
声は震えている。
俺は、さらに力を込めた。
「調子乗ってんのか? ガキのくせに」
ガキの胸ぐらをねじり上げて持ち上げる。
その瞬間だった。
ガキの表情が、変わった。
諦めたような、
そして決意したような、
そんな目。
「……仕方ないですね」
声は震えたままだった。
手足は震えたままだった。
次の瞬間、俺の視界が歪んだ。
腕が外され、
腹に衝撃が走り、
地面に叩きつけられる。
「がっ……!」
何が起きたのか、理解できない。
ガキが、俺を――投げた?
立ち上がろうとした瞬間、
今度は首元を締め上げられる。
細い腕のはずなのに、
異様な力。
「ごめんなさい。できれば使いたくなかったんです」
ガキは、淡々とそう言った。
「この力……一か月くらい前に、突然使えるようになりまして」
その言葉を聞いた瞬間、
俺の中で、すべてが繋がった。
――一か月前。
――スキル剥奪。
――あのインターフェース。
「……それ……それは……」
声が掠れる。
「それは……俺の……」
ガキは首を傾げた。
「あなたの?」
その瞬間 俺の中の何かが 完全に壊れた。
「これは俺のぉぉぉ!!」
「俺のなのにぃぃぃ!!」
涙が止まらない。
地面に押さえつけられながら、
俺は子供みたいに泣き叫んでいた。
奪われた。
奪われた。
俺の全てだったものを。
ガキは俺を見下ろしたまま、静かに言った。
「みじめですね」
その声には、怒りも、嘲りもなかった。
ただ、事実を述べるような、冷たい響き。
「負けることが、みじめだとは言いませんよ」
締め付ける力はそのままに、
ガキは続ける。
「でもね。喧嘩を売る理由や、負けたあとの姿勢に矜持を感じない」
「力を理不尽に振りかざしたい。弱い心が透けて見えるんです」
俺は、何も言い返せない。
泣くだけだ。
「僕はこの力を正しいことに使おうと思いますよ。自分のためなんてもってのほかです。」
少し間を置いて、ガキは言った。
「きっと塾なんか通わないでも勉強が頭に入ってきたりするんでしょうね。」
俺を解放し、
ガキは一歩下がる。
「自分の人生は自分自身で切り開くものです。こんなものが自分の軸で有って良いわけがない」
最後に、静かに言い放った。
「あなた本当に情けないですね」
夕焼けの中、
俺は砂まみれで、声も出せずに泣いていた。




