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終わらなかった百物語

作者: 仲瀬充

(くし)の歯が欠けたように店舗の並びのところどころが空き地になっている。

アーケードの天井も老朽化していて破損した隙間から青空が見える。

お盆の入りの昼下がり、そんなさびれた商店街の仏具店に中年男性が一人、少し遅れて同じく中年男性がまた一人入っていった。

「1年ぶりだな幸次郎。幸三郎は?」

「も少し遅れるってさ」

「そうか」

一昨年(おととし)小正月(こしょうがつ)こそ遅れて来ればよかったのにね」

「今さら言っても仕方ないが本当にそうだな」

「死んだ母さんの百物語をやろうなんてそもそも変だった」

「うちは仏具店だから売れ残りのロウソクがいくらでもあったんだ」

「部屋を暗くして100本のロウソクに火をつけ終わったところに幸三郎が来た」

「女正月であいつのとこもカミさんが出かけて退屈だから寄ったってことだったな。帰れと言うわけにもいかんし」

「それで3人で母さんの思い出話を始めたけど、前もって段取りも考えてたんだよね?」

「段取り?」

「酒を飲みながらやろうって練炭火鉢を出してきて、おでんの鍋を火鉢にかけたじゃない」

「……酒にはつまみがほしいからな」


「僕の大工仕事が棟梁(とうりょう)は名ばかりで大手の工務店に押されて行き詰まってたこと、兄さんはどうして知ったの?」

「喜代子さんが相談に来た」

「女房が? いつ?」

「年が明けた10日過ぎだ。出入りの小取(こど)りたちに年末の手当がまだ払えずにいると言ってな。お前が首をくくったりしないかと心配していた」

「喜代子には落ちこんでいるのを覚られないようにしていたつもりだったんだけど。でも兄さんとこも苦しかったんだよね」

「ああ。喜代子さんに相談されても手ぶらで帰すしかなかった。仏具も百円ショップで買える時代でうちも借金まみれでその晩も……。今思い出してもつらい」

「 ? 」

「晩飯のとき、お腹が空いてないと言って女房は飯を食わなかったんだ。気になって夜中に小便に立ったついでに台所の米びつをのぞいたら(から)だった。あのときほど貧乏を情けなく思ったことはない。布団に戻って目をつぶると、俺一人分の食器を洗っていた女房の背中と肩を落として帰っていった喜代子さんの後ろ姿がダブって浮かんできた」

「百物語はやっぱりそういうことだったんだ」

「甲斐性なしの俺たちがいるかぎり俺とお前のカミさんは救われないと思ってな。ただ、計算違いだったのが」

「噂をすれば何とやらだよ」


「おお、幸三郎。一昨年(おととし)の思い出話をしていたところだ。俺はお前には本当に申しわけなかったと思っている」

「いいんだよ。ここに来る前うちの店の様子を見てきたけどおかげで何とかやっていけてるみたい」

「そうは言ってもなあ」

「いいってば。分かってたんだから」

「そうなのか?」

「怖い話を一つ終えるごとにロウソクを消して100本消し終わったら本物のお化けが出るというのが百物語だよね。僕らは母さんに出てきてほしくて母さんの思い出を語ったけど、途中で変だなって感づいた」

「どうして?」

「ロウソクの炎が弱まっても部屋を閉めきったままだったから」

「気づいたのならどうして言わなかったんだ?」

「知らんふりして酒をぐいぐい飲んでる兄さんたちを見てピンときたんだ。で、僕も一蓮托生(いちれんたくしょう)でいこうって覚悟を決めた」

「何で俺たちに付き合ったんだ?」

「うちもパンが売れずに一昨年(おととし)は破産寸前だったんだよ。設備投資したローンの支払いどころか材料の仕入れのお金も底をついて」

「やれやれ、幸三郎も似たような事情をかかえていたのなら俺は気に病むことはなかったんだな、幸次郎」

「そうだよ兄さん。それに百物語は終わらなかったけど結果として母さんだけじゃなく父さんにも会えたじゃないか」

そんな話をしていると店先に人が近づく気配がしたので兄弟3人は口をつぐんだ。


「暑いな、次の営業先に行く前にここでちょっと休もう」

アーケードを歩いてきた二人の青年が仏具店の軒下で足を止めた。

一人はサマースーツの上着を脱ぎ、一人は電子タバコを吸い始めた。

「先輩、この仏具店はずっと売り物件の貼り紙がしてありますけど空き家のままですね」

「事故物件だから無理もないさ」

「何があったんですか?」

「お前は今年転勤してきたんだったな。2年前、この店の中で人が3人死んでたんだ」

「えっ、3人も! 殺人事件ですか?」

「いや、一酸化炭素だか二酸化炭素だかの中毒ということだった。閉め切った部屋で練炭火鉢を使っていたらしい。1月16日の女正月の日で男ばかり兄弟3人が集まって酒を飲んでたようだ」

「残された家族は正月から気の毒なことですね」

「けどな、3人ともけっこうな額の生命保険金が下りたって聞いたぞ。不況の中、奥さんたちは経済的には助かったろうよ」

「この店も売れれば遺族にさらにお金が入りますね」

「ちょっと厳しいな。この商店街は寂れる一方だし、おまけに去年のお盆に噂が立ったんだ。この店の中から話し声が聞こえてくるってな」


仏具店の中の兄弟3人は顔を見合わせた。

「幸次郎、幸三郎、聞いたか? まずいな。来年からお盆はここじゃなく墓に集まろう」

「そしたらこの家も買い手がついて幸太郎兄さんの奥さんは助かるね」

「そういうことだ。それじゃ引き上げようか。表の人間たちの脇を通るときに声を出すなよ」


店の軒下に立っていた青年の一人が青ざめた。

「先輩、今、店の中から話し声が聞こえませんでしたか?」

「いいや。お? ひんやりといい風が通るな。汗もひいたし、そろそろ行くか」

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